ゆき
誰かの声が聞こえた。
それは微かな声であった。
少年は辺りを見回し、誰の姿も見えない事に驚いた。
先ほどまでは、辺りには人があふれ、話し声や行き交う人々の放つ音で辺りは騒がしかった筈なのに…
何だか、どこか違う世界に入り込んでしまったような気がした。
非常に不思議な気持ちであった。
少年は再び辺りを見回す。
目の前に丸い物体があった。
ちょっと目を離した隙に音も立てずにそれは少年の目の前に現れていた。
彼は自分が夢を見ているのではないかと思った。
だって、まわりから人は消えてしまうし、いきなり変な物が目の前に現れたのだから!
彼がその物体を見つめていると、その物体は微かに振動をはじめた。
やがて物体の一部が突如として消え去り、そこから人の姿が現れた。
途端、丸い物体は消えた。やはり出現と同じく音も立てずに…
物体から出て来た人物は少年に目をやった。その目は青く、美しかった、少年はその目に引き込まれるかのように動かない。
「ねえ君」
一体どうしたのか、とその人物は少年に尋ねた。
「その目、綺麗。君は誰?何に乗っていたの?」
その人物の優しい声に警戒感を無くした少年は続け様に尋ねた。
「私は宇宙からやってきた。色々な星を見てまわるために」
「わあ、凄い!どんな星?」
その人物の意外な答えに興味を抱いた少年は、目を輝かせて好奇心いっぱいに尋ね返した。
だが彼は微笑みながら首を横に振る。
どうやら、教えてはいけない事になっているようだ。
「君の世界は美しい?少しの時間しかないのだけれど、見ていきたいんだ」
その言葉に、少年は大きく頷いた。
どういうわけか、回りは元どおりになっていた。
辺りは活気にあふれ、人通りが多い道へと戻っていた。
だが少年にとっては先ほどまでとは全く違う世界になっていた。
隣りに並んで一緒に歩いているのは宇宙人なんだ、そのことが少年をわくわくさ
せる。
「…寒いな」
「冬だから仕方がないよ、寒いけど冬って好き」
「何故だ?活動しにくいだろう」
不思議がる彼に少年は空を指差した。
何だ、と空を見上げる彼。だがその目の先には暗い雲しか見えない。
だが、それだけではなかった。
「…?」
何かが落ちてきた。
白く、冷たい塊が。
「冷たっ…何だこれは…」
「雪、綺麗でしょっ」
「ゆき…」
暫く経つと、辺りはうっすらと白くなり始める。
寒さは一段と増し、彼は顔をしかめながら雪に見入っていた。
「きれいだ」
「でしょ!」
自分の好きなものが認められて素直に喜ぶ少年の姿に、彼の顔も思わずほころぶ
。
「味はないのだな、だが興味深い…君、ありがとう、素晴らしいものを見せても
らった」
すると、二人の周りがまた静かになった。
気付けば目の前には丸い物体が再び姿を現している。
少年ははっとなり、彼を見やると、
「もう行っちゃうの?」
寂しそうに言った。
彼も少し残念そうに頷くと、
「ごめんな、もう姿が元に戻ってしまう」
「え?」
少年がびっくりして声を上げると同時に、彼の姿が歪み始めた。
そして、だんだんと彼の本来の姿へと形を変えてゆく。
その姿は顔も胴も手足も長い巨人。そして肌の色は青かった。
少年は呆然としながらそれを見ていた。
「私は宇宙の遥か彼方からやってきた。君に出会えて、嬉しかった。もう会う事はないだろうが、私は君の事を忘れない」
丸い物体の一部が突如として消えた。そこが入口なのだろう。
彼は悲しそうに顔を歪めながら後ろへさがっていく。
少年は思わず叫んだ。
「僕、宇宙飛行士になる!なって君の星に行く!」
辺りはいつの間にか元に戻っていた。
雪はまだ降っている。やはり、辺りには活気が溢れている。
夢だったのかな?
少年は首を傾げながら歩き出す。
だが夢でないと、確信していた。この心の暖かさは、本当なのだから。
そして、宇宙飛行士になるという夢もまた、本当なのだから。
「雪、おいしそうだもんね」
家路につきながら少年は彼の呟きを思いだし、笑った。
…了…
2007年作品
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