君よ花よ




 日が暮れ、辺りは漆黒の闇に包まれた。

 広大な草原をすべてくまなく探すことはまず考えて不可能だ、とレオは途方に暮れる。

 腕を組み、ただただ考えをめぐらす。

 相変わらずエッジはそのようなレオの様子を楽しそうに眺めていた。それがレオの機嫌を悪くする。

 その日は王都に戻り、一晩を過した。

 ……そして翌日、二人はまた大草原へと繰り出した。

「レオ、今日はどうするんだい?」

 うるさい、とレオはエッジに背を向ける。

 そんな様子にエッジは肩を竦めた。また暫くは様子を見てみるとするか、口元を緩め、誰にも聞こえない声でそう呟く。


 結局その日も何も収穫無く終わった。

 そして翌朝、レオはエッジの前に立ちはだかった。

「……何故お前は俺に付きまとう?」

 剣を抜き放つ。

「お前は俺を騙しているんじゃないのか?」

 その剣を構えた。

「姫様は本当に種に変えられたのか? 本当にこちらにいるのか? そもそもお前は何者で、何の目的があって姫様を襲った?」

 そして、地を蹴った。

「答えろ、エッジいっ!」

 エッジは目の色を変えて大きく飛び退く。杖を構えた。

 間合いを詰めようとエッジに飛び掛るレオ、彼に炎が襲い掛かる。

 だが彼は剣を一閃させ火を薙ぎ払った。

 彼のエッジを睨む目は、とても強い怒りが込められているようだった。それに焦ったのか、エッジは少したじろぐ。

「ま、待て、僕は本当のことを言っているんだ」

「嘘だろう、何故姫様を襲った奴が姫様を助ける俺を助けようとするんだ!」

 エッジを追って剣が幾度も振るわれる。彼の鼻先を剣先がかすった。

 剣から逃れるように彼は宙にふわりと浮き上がる。……その表情が一瞬だけ翳った。

「――すまない、レオ、僕の目的をいうことはできない。

 でも……僕のことを信じて欲しい」

「うるさい、俺の大切な姫様を――」

 そう叫びかけたレオの耳に声がした。

 その声に彼ははっ、とする。その声はエッジの耳にも届いたらしい、彼も顔を上げる。

 ――たすけて……――

 その声はレオの聞きなれた、

「姫様……!」

 姫の声であった。

 ふわり、とエッジが地に降り立つ。レオは剣を落としそこに立ち尽くしていた。

 レオの頭を優しく撫でて、エッジは微笑んだ。

「やはり君は彼女の事を愛しているんだね。

 もう大丈夫、君は彼女の元へすぐに辿りつけるよ」

 レオは静かに姫のことを想った。

 すると、耳に声が届く。

 彼女が彼を呼ぶ声が。

 その声に導かれるように、彼は駆け出した。

 彼の背を見てエッジは嬉しそうに笑う。そして彼を追いかけた。



 二人は大草原を抜け森へと足を踏み入れた。

 陽が翳ってきた、二人は森の入り口の近くに腰を下ろし朝を待つことにした。本当はレオは今すぐにでも駆けていきたかったのであるが、危ないから、とエッジが引き止めたのだ。

 そしてその夜、エッジは呟くように言った。

「彼女はずっと君に呼びかけていた。

 君は最初自分の事だけを考えていて彼女のことを考えていなかったでしょう。でも、君は気づいた、君自身の彼女を想う気持ちと、彼女の君を想う気持ちに」

「何が……言いたいんだ……?」

「我慢しなくていいと思うんだ、僕は」

「……お前は俺の何を分かるというんだ」

 レオはそれきり何も言わなかった。

 エッジはそんなレオを見て、目を細める。本当のことを言ってあげたいのだがまだ言うことができない、悔しそうに拳を握り締めた。



 太陽が顔を出し辺りに光が満ち溢れた頃、二人は既に歩き出していた。

 姫の呼ぶ声を頼りに、レオは足を進めた。

 倒れた木々や蔦を乗り越え、どんどん森の奥へと進んでいく。

 そしてついにレオは声の元へと辿りついた。

 森の中のはずなのに、ここ一帯だけには木は生えておらず、中央に大輪の花が咲いていた。

 美しいピンク色の花が。

 それを確認するとレオは駆け出す。

「――待て、レオっ」

 エッジは腕を掴んでレオを止めた。

「あれは……あれは違う、あれは人食い花だ!」

 同時に、大輪の花の茎から蔦が飛び出してきた。

 エッジは慌てて杖を翳し、蔦を振り払う。

「じゃあ姫様はどこにっ」

「あの花の前、見えるだろう、君には」

 大輪の花に隠れて目に入らなかったが、確かにエッジが示した場所に小さな小さな花が咲いていた。レオの胸が途端に熱くなる。そうだ、あれが姫様だ――

「姫様を助けるにはあれを倒す必要があるわけか……エッジ、勿論手を貸してくれるよな?」

「――勿論」

 レオが剣を抜く。

 エッジが杖を翳す。

 二人同時に地を蹴った。

 人食い花は身体を震わせると、根を完全に地上に出し地を這うように動き出した。

 蔦が二人を捕えようと伸びてくる。だがエッジが炎を出しそれを消し、炎の中からレオが飛び出し茎を一閃する。

 だが切られてもすぐに茎は繋がり、元の姿に戻る。

「……このままじゃこっちの体力が持たなくなる。一気に全部消し去らなきゃ駄目だ」

「どうすればいいんだ?」

「焼き尽くす。そのためには彼女から離さないと危険だ、レオ……囮になってくれないか?」

 レオの答えは早かった。

「分かった。遠ざければいいんだな」

 そして彼は再び人食い花に飛び掛る、だが今回はそこまで深くは追わず、近付いては逃げることを繰り返して人食い花を誘導する。

 そして影でエッジが時を見計らっていた。杖の先が紅く輝く。

 人食い花が待ちきれずレオに飛び掛ったその瞬間、背後からエッジが巨大な炎を放った。

 それは人食い花を飲み込み、そしてレオまで迫った。

 レオは迫り来る炎を見て、剣を振り翳す。

「エッジ……お前のことを信頼した俺が馬鹿だった!」

 思わず叫ぶ。

 だがその顔には余裕があった。

 振り翳した剣に炎が纏う。エッジの放った炎が全てレオの剣に集った。

 そして彼は炎の剣を一閃させ、炎に焼かれて崩れだした人食い花の身体を完全に灰に変える。

 レオが再び地に降り立った時、そこにはもう人食い花は存在していなかった。

「凄い……さすが英雄の血を継いでいるだけある」

「うるさい、そんなことはどうでもいいだろう!

 それよりも姫様を!」

 レオは花の前に腰を下ろした。花を手で包み込み、想う。

「姫様……」

 光が満ちた。

「レオ、待っていたわ、貴方を待っていた……」

 二人は抱き合った。強く。

 その様子を見守るエッジは、やがて杖を振るった。

「レオ、よく頑張ったね。さあ戻ろう、二人のいるべき場所へ――」



 気がつくと、そこは城の中であった。

「よくぞ戻った、レオ」

 顔を上げると王と姫がレオの前に並んで立っていた。

 そして部屋の隅にはエッジの姿があった。

 状況が分からず呆然とするレオに王は微笑みかける。

「驚いただろう、すまんな。これはお前が姫にふさわしい人物かを試す試験だったのだ、詳しいことは彼が話してくれるだろう」

 そう王はエッジを指した。エッジは微笑を浮かべながら頷く。

「勿論試験は合格だ、君は彼女の夫としてふさわしい」

「……え……」

 予想もしなかった言葉にレオは言葉を失う。

 試験?

 夫……?

 そんな彼にエッジが近付いてきた。

「レオ、こちらへ。全てを話そう」

 二人は近くの個室に向かった。



「何から話そうか――そうだね、まず僕のことから話そう。

 僕は北の山に住む魔法使い、遙か昔からこの国の王に仕える魔法使いだ。滅多に都まで来ることはないし僕の存在を知る人なんてほとんどいない、だから僕がいきなり現れて驚いたんだろうね」

 そう話すエッジの表情は楽しそうであった。

「今回僕がここにやってきたのは王様が姫様の夫となり得そうな人物がいるから試験をしてくれ、と僕に話があったからなんだ」

「まさかそれが俺……?」

「多分彼女は君の事を王様に話していたんだろうね。

 何はともあれ僕は君を試したわけだ。君が彼女の声を聞き、彼女を救うことができるのか、を」

 今までのことを思い出しているのか、エッジは瞳を閉じていた。

「君は彼女の声を聞き、彼女の元へ辿りついた。最後に人食い花がいることは予想外だったけれども、君はあれも見事に倒した。

 文句のつけようがないよ」

 それを聞いて暫くレオは黙っていた。

 そしてやがて――静かにかぶりを振った。

「駄目だ」

 そう呟く。

「俺が上に立っては駄目なんだ……」

 悔しそうに、頭を振ったいた。

 エッジは寂しそうに目を細める。

「君が高級官吏に進まず騎士団に入ったのは兄の存在があったからか?」

 その言葉にレオは顔を上げた。何で知っているんだ、と言いたげな表情である。

「兄を越えることが恐ろしいんだな」

「……そうだよ。兄上に恥をかかせたくないんだ。兄上の上に俺が立ってはいけないんだ」

 周りの兄に対する態度が変わることが恐ろしい。

 そして何よりも兄が自分を恨むかもしれないことが恐ろしい。

「試験の形は彼女が決めたんだ。きっと彼女は自分を助けてくれた人だから、という外に向けた理由付けになると思ったんだろうね。

 そう、彼女は君の事を愛しているんだよ、レオ」

 レオは言葉を失い立ち尽くした。

「レオ、僕も君を応援する。

 もう我慢しなくていいんだ、困難があっても僕が君たちを助けるよ」

 エッジが優しくレオを抱きしめた。

 レオの身体は震えていた。そして、嗚咽が漏れた。



「ありがとう……ありがとう」


おわり


20080316

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