雨の後の晴れの空
彼は俺の姿を認めると、表情を輝かせながらこちらに駆け寄って来た。
「山崎さんっ、お元気でしたか?」
微笑みながら声をかけてくれる彼に、少し俺はたじろぐ。
まだあれから少しの時間しか経っていない。俺自身、まだ自分の中で整理出来ていないことが多かった。
なのにこの子は…、俺は息を吐き出した。
彼はすべてのことを受け入れたのだろう。
「ああ。君も、元気そうで何よりだ」
そう俺が返すと、彼は嬉しそうに笑った。
「一体何の用事でここまで?」
「いや、大したことではないんだ。鷹彦に謝ろうと思ってな」
彼は首を傾げた。
彼がアイレスとの戦いを終え、こちらに戻って来た時のことだ。鷹彦は傷ついた俺をずっと看病してくれた、なのに俺は何も礼をせずに姿を消してしまっていた。
「何か、あったんですか?」
「いや、本当に大したことではないんだ。…で、彼はいるかな」
「裕ー!」
静かな城の中を疾走してくる人影が見えた。すぐに誰だか分かる。鷹彦だ。
「久しぶり、と言えばいいのかな?」
「久しぶり、というよりは25年ぶり、って言って欲しいな」
そういうと鷹彦は笑う。すまない、と俺は頭をかきながら苦笑いする。
だって気付いたら居なくなっていたんだもん…彼は口を尖らせ少し不満げだ。
そうはいうものの、彼の表情は柔らかかった。それが彼のいいところだ。彼は本当に優しい。
「まあ、会いに来てくれたから許しましょうかねぇ。ところで、怪我は治ったの?」
彼が話を変えてくれて助かった。少し居心地の悪さを感じてしまっていたから。
「…の前に、ここでは少し目立ちすぎるね。僕の部屋に行こう。久君、君もおいでよ」
そう彼は少し離れて俺たちの姿を眺めていた久を手招く。
そういえば、と周りを軽く見回すと、遠巻きに俺たちを見つめる人の姿がちらほらいる。どうやら俺が目立ち過ぎているようだ。…当たり前か。
「すまないな」俺が言うと鷹彦は「別に大したことではないよ」と言ってほほ笑んだ。…本当に彼は優しい奴だ。
こんないい日和の午後はティータイムだ。彼はそう言うと人を呼んでお茶を持ってこさせた。
彼の部屋は城の中にあり、陽当たりがよく明るい。
俺が彼の部屋の中を見回っている間に、ティータイムの準備はできたらしい。窓際の椅子に俺たちは腰をおろした。
「裕は滅多にこういうの飲まないでしょ」
「君もこういう生活を送る前までは飲まなかっただろうに」
「僕、今でも滅多に飲みませんよ」
「それは久君が忙しいからだよ」
「…ということは、鷹彦、お前暇人ということか」
「あー、いや、そうじゃないよ!僕はきちんと仕事してるから!もう、裕は相変わらず厳しいなぁ」
「僕はただ外に出てばかりだからですよ。鷹彦さんは中でやらなければならない仕事が多いんです」
「そうそう。久君はやはりいいことを言うねぇ」
「なんだよそれ」
そんな何でもない会話をしながら、俺は何とも言えないいい気分を味わう。昔はこんなことが出来るなんて想像もしなかった。彼は別の世界に行ってしまいもう二度と話すことはないと思っていた。
「…山崎さん?」
そんな俺の気持ちを察したのか久は俺の顔を覗きこんでくる。
「…変わったな、あれ以来」少し恥ずかしかったので適当に話をはぐらかしてみる。
俺が人間達に会っても誰からも何も言われなくなったし、心なしか外を出歩く魔物の数も多くなったような気もする。
「カナリア様のお力ですよ。あの方の言葉には力がある」
「君は相当敬服しているのだな」
「ええ。あの父親とは全く違う方ですから」
鷹彦のその言葉に俺は一瞬表情を固くする。…聞きたくなかった、奴の事は。
「すまないっ、裕」すぐに気がついてくれた彼はそう言ってくれたが、俺の心にたった波はなかなか収まりそうにない。
その時、久が言った。
「怒っても、憎んでも、いいと思います。大切な人のためなら、きっと許されます」
「──久君…?」
俺も鷹彦も、息を飲んで久を見つめた。
…もしかして、久はやはり俺の事を……?
目の前が真っ暗になりそうになる。赦してもらえた、ということは俺が勝手に思っていた事だったのだろうか…?
胸が締め付けられる気がした。苦しい。目の前に隼人様と共にいた最後の瞬間の映像が浮かんだ。
嫌だ、見たくない。
「やはり俺は──」
目を閉じ頭を振り、俺は声を上げた。
それと同時に久は俺の背に額をぽん、とくっつけ、
「僕は恨んでいませんよ。だって僕、山崎さんの事大好きですから」
俺の中で、何かが弾けた。
「久君ひどいなー、僕の方が裕のこと久君以上好きなんだぞ」
「僕だって負けませんよ!」
笑いながら言い合う久と鷹彦の側で俺は呆然としていた。
そして思う。
隼人様にも、久にも、かなわない…と。
20060807
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