出会い

「あめにもまけず、かぜにもまけず…」

突然、藤木はそう言い出した。いったいどうしたんだ、と金子は不審がる。なぜ突然『雨ニモマケズ』なんかを朗読し始めるんだ、こいつは。

そう金子が思っている時も藤木は呟き続けている。

「…そういうものに、わたしはなりたい」

そしていい終わると、満足そうに息を吐く。…金子はますます訳がわからなくなる。

「藤木ぃ?」

こいつ、全く持って本なんて読まない奴なのに、どうして朗読できるんだ、なんて言いたくなる。それを押さえて金子は尋ねた。

「テレビ」

「は?」

何なんだ、そう言われても分からないぞ、と金子は顔をしかめる。

「テレビで聞いた。そこで覚えた。…なかなか、いいもんだな」

「雨ニモマケズ、が?」金子は不思議そうに顔を歪める。金子はそこまで感動するようないいものだとは思っていなかった。

「どう足掻いてもなれそうにもないじゃんか」

「違う違う」

ちっちっ、と藤木は金子の前で指を振る。何となく勝ち誇ったような表情が一瞬混じる。

すると益々金子は顔を歪める。少し不機嫌になったのか、藤木を見る目に力が入った。

「違うんだよ、金子。リズムだ。言葉のリズムが俺好みなんだ。

…それにさ、口に出さなきゃ何も始まらないだろ。こういうものになりたい、と自分の理想を口に出せるってことって凄いじゃないか」

自分で言っていて興奮したのか、藤木の言葉には熱がこもってくる。相手を何となくそうかもしれないな、と思わせてしまうような勢いさえその言葉にはあった。

「自分の理想ってのはある程度自分を知らなきゃならないし、でもなかなかはっきりとは見えるものじゃないだろ。それがしっかりと見えているんだ。もう、凄いじゃん」

まだまだ藤木は止まらない。

「こんなに力強い言葉が言える。それを他人に伝える。…言葉って、凄いな」

そして藤木はそこでひとつ言葉をきって、

「強い言葉を伝える仕事をしたい。言葉を書きたい。…だからさ、俺、作家になる」

「………はぁ?」

金子は口をあんぐりと開き、唖然とする。どこまでこいつは突拍子のないことを考えるんだ。言いたかったがつっこむ気力すら起きせないほど唖然としてしまっていた。

そんな金子に対し藤木は真剣そのものだった。作家になる、藤木はもう一度、力強く言った。





そんな、春の日の一こまが金子の頭をよぎった。

もう十数年前のことだ。あの頃は金子も藤木も就職先を模索していた大学生だった。

だが今、金子は仕事につき、藤木は色々、書いている。

藤木の書いたものが名の知れた文学賞にノミネートされた、というニュースを聞き、金子はそんな懐かしい記憶を引っ張り出して来たのだ。

「あいつは本当に不思議な奴だ。…そんなあいつに、おめでとうの電話でもかけてやるかな」

金子はそう言いながら押し慣れた番号を打ち付ける。

その口元には、笑みがあった。





20060831
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