狐   久篇




 ――こん。

 狐が鳴いた。






 ううん、と伸びをした久は辺りを見渡し、「あれ?」 と首を傾げた。

 彼の肩に腰を下ろしていたウィンも同じく首を傾げる。

 足許にいる白も不思議そうな表情で久を見上げていた。



「風景が変わったね……」

「いやちょっと待ってよ! まばたきしたら何で目の前が変わってるの!?」

「……ふぁ?」

 今起きたことに対して三者三様の反応を見せる。



 ──つい先程まで平原を歩いていた筈が、気付いたら森の中にいた。

 木々が立ち込め、少し薄暗い。

 しかし、生物がいる気配はなかった。


 困り果てる一人と二匹。

「さて」久は呟く。「どうしようか」

 そう言ったものの、どうしようもないように思えた。

 無暗に進んで自分の居場所を把握出来なくなってしまうのが怖い。

 そう思いながら久が自分の持ち物を探っていると、方位磁針があった。これで少しは安心出来る……と思ったのも束の間、

「磁場がおかしい事になってるわよ!」

「ぐるぐるしてる……」

 二匹の指摘通り、方位磁針は向くべき場所を示さず、動きを止めようとはしなかった。

 これで完全に困り果てた。

 久とウィンは顔を見合わせかぶりを振り、白はその足下できょろきょろする。

「……あれ」

 その白が、何かに気付いた。久の服を引っ張ると、草むらを指差す。

 ……途端、

 ガサガサッ。

 草むらから音を立てて何かが走り出した。

 久は白を抱え、それを追って駆け出す。



 追いかけているのだが、動物なのだろうか、なかなか姿を捉えられない。

「えいっ!」

 久の髪に振り落とされまいとしがみつきながら、ウィンが風を起こした。

 目標は目の先に見える草むら。次に前を行く何かが通り抜けるであろう場所。

 次の瞬間、草が高く舞い上がった。

「……!」

 其れを見て久は驚いて叫んだ。

「山崎さんっ!」

 そこに居たのは、紅い衣を纏った美しい男性……紛れもなく彼がよく知る裕之であった。

 静かに立上がり、こちらを振り返ってくる。

「……?」

 だが、いつもとは何か感じが違うことに久は気がついた。。

 白がくんくん、とにおいを嗅ぎ、首を捻る。

 そして久たちの目の前で、裕之はゆっくりと腰の脇差しを抜いた……

「こいつ! やっぱりお前は……!」

 それを見たウィンが即座に戦闘態勢に入る。未だに彼女は裕之を信頼していない節がある。だが、こうされてしまったならば仕方がないことである。

 裕之が地を蹴った。高く飛び上がり久を狙う。

 白は首を捻ったままだ。

 久は刀を抜いた。

 ぎんっ……

 鈍い音がした。

「やっぱりちがう」

 白が叫んだ。

「お前は山崎さんじゃない!」

 久も叫ぶ。

「おじさんはこんなケモノのにおいじゃない」

「山崎さんはそんな死んだ様な目はしていない!」

 久の刀がばちばちと音をたてた。白が裕之の姿をした何かを睨み付ける。

 久が刀を振り上げる。ウィンが久から離れ、数歩さがった白の鼻の上にふわりと降りた。彼女も状況が分かってきたらしい。

 裕之の姿をした何かは、危機を悟ったのか、逃げ出そうとする。その背に向けて久が刀を振り下ろした。




 ――ギャッ!




 次の瞬間、久の回りの風景が変わった。もともと彼らが居た平原だった。

 久が足許に目を落とすと、そこには

「狐……」

 狐が居た。

 狐は久を見上げると、身体を引きずりながら歩き出した。

「狐に騙された、ってわけね……」

 ウィンが苦笑した。見事に騙された。

「なんでこんなことしたのかな?」

 白が首を傾げる。

 さあ。ウィンは呟く。

「もしかしたら」久は目を細める。「一人で寂しかったのかな……?」




 静かに歩み去る狐の背を見つめ、久一行は狐と逆方向へ歩き出した。


おしまい




20081222
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