極楽の余り風
鷹が空に舞う。 それを地上から見つめる一人の男性──光政。 その表情は柔らかく、自由に空を翔ぶ鷹を愛しそうに見つめていた。 この不毛な砂漠にも、雨雲が現れる時がある。わずかな雨、だがそれは恵みの雨。人々はその雨を待ち望んでいた。 ……そして、その雨を彼は他の人とは違う理由で待ち望んでいた。 「悠、元気にしてた?」 少し湿った砂を踏み締めながら光政は目の前の親友に尋ねる。数ヶ月ぶりの再会であった。 「ああ。君も元気そうで何よりだ」 にこり、と悠は笑って言う。 「武康様はお元気でいらっしゃいますか?」 「ああ、璃さんも雅さんも、皆変わらないよ」 風に乗って湿った空気が運ばれてくる。また少し降りそうだな……二人は砂漠の中に建つ城──とは言っても三階建ての石造りの砦のようなもので、周りには小さな街が広がっている──へ向かった。 最近の雨のお陰もあり、緑がふだんよりも一層映えている。 「北の方がやっぱ住みやすいか」 ふと、少し寂しそうに悠は尋ねた。 ……少し困ったように光政は頭を掻き、空を旋回している鷹たちを見上げながら、 「……ここでは、あの子たちは住めないから」 「そうだよなぁ、オアシスがあるといっても鷹はここには住めないもんな」 木々がなければ鷹たちは生きていくことができない……砂漠には、鷹が住む事のできるような森はない。鷹と共に暮らす事を誓う彼は、大切な友人たちと暮らす事はできなかった。 だが光政は砂漠もまた愛していた。彼は小さい頃にこの地に住んでいた祖父の元に預けられて一時期を過ごしていた。 彼はその時に悠と出会い、また武康たちと出会った。鷹使いであった父親に呼ばれ、北の木々が広がる地へ移って行った彼であったが、彼はいつでも砂漠を故郷と思っている。 ……そうこうしている間に空が暗くなってきた。二人は急いで城へと入っていく。 部屋に入ると、武康たちが笑顔で二人を迎え入れた。 「元気そうで安心したよ。君にはいつも助けられている、本当にありがとう」 「いえ……そのような勿体ないお言葉を頂けるなんて」 「雅の<視た>ものを最も速く前線に伝えてくれる君達がいなければ、ここまでうまくはいっていないさ」 その言葉に武康の両脇に立ち、彼を常に守りまた助けている璃と雅は大きく頷き、また光政は恐縮する。 そのような光政の様子に悠も思わず顔をほころばせる。 気付くとかすかにではあるが窓の外では雨が降っていた。湿った空気のにおいが鼻をつく。 鷹たちは光政の近くで羽を休めている──いつものように。 「僕はこの砂漠での生活を夢見ている……けどね、今僕は武康様のために動いている。みんなのせいじゃなくって、僕がそうしているから砂漠を離れているんだよ」 武康たちに歓待を受け、気付いたら夜も更けてきていた。酒が入ったからか、瞼が重くなってきている……まどろみながら、彼はそう口にした── その言葉に鷹たちはぴくりと反応し、顔を上げたような気がした……が、それは酔っていたからかもしれない。 「おやすみ。この雨は一晩中続くだろうから、明日は随分過ごしやすくなるよ……」 翌朝、昨日の雨は降りやみ、いつもの様に強い陽の光が砂漠を照らす。 だが昨日の雨は熱かった砂を冷まし、砂漠を這う様に吹く風もいつもよりも涼しく、気持ちがいい。 これくらいの気候ならば、鷹とともにこの砂漠にしばしばやってこれるのであるが…… 「駄目。今僕たちがやるべき事は、僕たちじゃないとできない事だから……」 鷹を撫でながらそう自分に言い聞かせる。 「大丈夫。僕には皆がいる。それに、わずかな時しか来れないからこそ味わえない事もあるからね」 砂漠に訪れるわずかな雨期。 その時を光政は心待ちにしている。 大切な人と大地に出会えるその時を。 |
終わり
20070608
キリ番4500打を踏まれましたなるとん様から、「光政」「極楽の余り風」というお題を頂きました。
リクエストを頂いてから約一ヶ月ほどかかってしまい申し訳ないです……
楽しんでいただけたら幸いです。
リクエストどうもありがとうございました!
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。