ひつじ




忘れられない人がいる。
それは随分と昔の事なのに。
夜、ベッドに潜り込む。
電気を消す。
暫くはごろごろと寝返りをうつ、でも眠れない。


(眠れない、眠くない)


こんな時、いつも持ち出すのは携帯電話。
メールボックスを開き、一番下までスクロール。
保護をかけてある数か月前のメール。
それを、開く。



「また逢えるよね」



その一言だけのメール。
終わったはずの恋なのに。
ずっと昔のメールなのに。
何度も読み返す自分がいる。
その最後のメールを消す事ができない自分がいる。


(眠らなくっちゃ)


大きく深呼吸。
そうだ、羊を数えよう、そうすればきっと眠れる…
眠って忘れよう。


(羊が一匹…羊が二匹…)


心の中でつぶやく。
瞳を閉じて眠ろうとする。
すると、瞼に写るあるものの姿…
…それは、あの人の後ろ姿。
どうしても忘れる事ができないあの人。


(…いつか、あなたの事を忘れられる日が来るというの?)
(いけない、眠らなくっちゃ)
(羊が十匹…)
(今どこで何をしているの…?)
(羊が…)



翌朝。
結局白々と明けてゆく朝日を眠れないままに迎えてしまった。
忘れたいと思うほど、逆にあの人の姿が浮かんできてしまう。
思いが募るばかり。


(今は駄目だけれども、でもいつかあなたの事を忘れられる日が来ると思うの)


それはいつになるかはわからない。
今は無理だけれどもいつか、きっと。


お酒の力を借りなくても、薬の力を借りなくても、普通に眠れるようになるから。


(大丈夫…私は大丈夫…!)


決めた。
鼓動が高まる。
愛を誓ったメール。
それを、震える指でボタンを押し…
消した。
鼓動がさらに高く、早まる。



(20051128)


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