ふるさと
男は旅をしていた。
二十歳の時に、家を出て、それから早五年が経った。
最初は慣れずに困り果てる事ばかりであった。
スリにあったり、最終電車を逃してしまいホームで一晩過ごしたり…
だが次第に旅の生活に慣れ、ホームで夜を過ごす事など、気がつけばよくある事、になってしまった。
このような生活を、人は羨ましがるかもしれない。
若しくは、何でそのような事をわざわざするのか、と呆れるかもしれない。
男はそのような人々の囁きを気にもかけず、思うがままに、道を行く。
思えば遠くへ来たものだ。
男はふとそう思った。
五年という年月は、長いようで短く、また、短いようで長かった。
その間に体験した事は普通の生活では味わう事のできないもの。
とても素晴らしいものであった。
…だが、そのような男であっても、やはり故郷への想いはある。
両親は元気でやっているか…
幼馴染みは今どうしているのか…
会いたい、という感情が高まっていた。
だが、戻る事はできない。
たとえ、どんなに望んでいたとしても。
男は故郷に決して戻ってはならないのだから…
故郷の掟。
十年に一人、若者を追い出す。
それによって故郷は平穏を保つ事ができる…
何百年も続いている伝統であった。
この掟のお蔭で故郷には災害は起こらず、問題の起こらない平和な時が流れている
もしこの掟を破ってしまったら…
誰も恐ろしくてそのようなことをやろうとはしない。
男だってその掟のことはよく知っていた、だからためらわずに故郷を離れた。
…だけれども…
離れてからわかる故郷の素晴らしさ。
もう味わう事のできない親の愛情。
男は、それを思い、涙する。
そして、過去の偉人の残した言葉を呟くのだ。
「故郷は 遠きにありて思うもの そして さみしくうたうもの」
と…
…了…
20060321