いつか会える日に、この話をしよう。
                
〜武康の夢


「月夜ー」
 自分を呼ぶ声に、彼は顔を上げ声の主を見やった。
「武康さん、どうかしたんですか?」
「行くぞ」
 近付いてきた武康は月夜の腕を引く。
 何が何だか分からず月夜は戸惑った声をあげた。
 すると武康は足を止め、手を離し、月夜を見やった。首をかしげるのは月夜。
「いったい何処へ行くんですか?」
 間髪入れず、
「俺の故郷へ。ティーユもつれて、な」
 それを聞いて月夜の顔は明るくなった。
 ふと、何かに気づいたように武康は月夜を見る。つま先から頭まで、丹念に。
 そして頷いた。
「君はいつも厚着で、おまけに変なものを履いているが……それじゃあ砂漠は大変だな」
「……待ってください、僕は別に厚着はしてないです。それに変なもの、じゃなくって「足袋」です」
「「タビ」が何だ。それじゃあ砂に埋もれてしまう。……全く、砂漠をなめるんじゃない」
「だって実際に見たことがないのですから。じゃあ今度は僕が武康さんを雪の降るところに連れて行ってあげます。そんな薄着で入ることを後悔させてあげますよ」
 そういいあって二人は笑った。
「……と、こんなことをしていると、嫉妬大王がまた煩いな」
「もう、ティーユさん、それを聞いたら怒りますよ」
「ふん、いいさ、負け犬なんて足元にも及ばない」
 そういった武康は大きな声で笑った。





 駱駝が砂漠を進む。
「……暑いですね」
 額の汗を拭いながら月夜は呟いた。拭っても拭っても、瀧のように汗が流れ出す。ティーユは先ほどからひいひいと言っていた。
 すると武康は楽しそうに、「だろう!」笑う。
「おい武康!」
 そんな彼の態度に思わず怒りの声をあげたのは勿論ティーユ。だが彼の怒りは暑いことだけが原因ではないようである。
「何で月夜くんは服を着替えているのに私には何も言わなかったんだ!」
 暑さのせいもあり、ティーユの顔は随分赤い。武康に近付いた。
 その武康は暑さを微塵も感じさせず、けろりとしている。それがティーユには気に食わないようであった。
 取っ組み合いを始めてしまうのではないかという状況に、思わず月夜が間に入り込んだ。
「はいやめてっ! ティーユさん、上着を脱ぎましょう。武康さんもからかうのはやめましょう!」
 二人の顔を交互に見つめ、月夜は一つ大きなため息をついた。この二人はいつもこうだ。どうも気が合わないらしい、言い争いばかりしている。
 ……疲れたような月夜を見て、武康が彼の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「もうすぐだ」
 声にティーユが顔を上げ、目を細めて行く先を見た。
 三人で馬鹿馬鹿しく話をしている間にも、それぞれを背に乗せた駱駝は目的地へと近付いていた。
 遠くに何か建物が見える。
「あれが、俺の故郷」
 ……とは言っても、もう皆手に入れた緑の大地に移り住んでしまい、今はもう廃墟と化している。
 いとおしそうに、かつては自分が根拠とした城壁を見上げる武康。
 ティーユも月夜も何も言わない。
 やがて、武康がゆっくりと口を開いた。
「作物なんて育たないこの砂漠。食糧が足りず死んでいった人たちもいた。皆が苦しんでいた。
 それを、どうにかしたかった」
 彼は無意識のうちに拳を強く握り締めていた。震えている。
「こんな場所では金を手に入れることなんて難しい。だから俺の母親は隣の国に稼ぎに行ったんだ……僅かな金を得るために……帰ってくるたびに、傷が増えていった……」
「言わなくていい」
 ティーユが彼の腕を掴み言葉を遮った。
「私達三人が、変えるんだ」
 月夜は思わずティーユを見た。
「私達は弱いけれども、三人ならやっていける。いや、部下も民も、皆で」
「そうですね! 僕も、頑張ります!」
 ティーユと月夜、二人は互いの目を見つめ、大きく頷きあった。
 武康がどんな表情をしているかは後姿からは確認できないが、ティーユの気持ちは伝わった。そう、月夜は確信した。これからはもう少し仲良くなってくれるかな、期待を抱く。
 そこで武康が振り返り……
「何か、言ったか?」
 月夜は駱駝から落ちそうになる。ティーユの落胆は月夜以上だった。
 案の定……
「き、貴様、この私がっ……」
 怒りかけたティーユだった。しかし、武康の様子がいつもと違うことに気づき思わず口をつぐんだ。

 武康は泣いていた――

 【毅然の王】とも呼ばれている武康が。今まで弱い部分を見せたことがなかった武康が、泣いていた……
「俺が剣術ばかりせずにもっと働いていれば、母さんは死なずにすんだのかなぁ……」
「武康……」
「武康さん……」
 暫く、三人は城壁を見上げていた。


 武康が踵を返した。
「ふ……少し似合わないことをしてしまったな。そろそろ帰ろうか。
 月夜、君の事は信頼している。よろしく頼むぞ」
「待て武康、私はどうした私は!」
 ん、と武康は声を荒げたティーユを見やった。
「何だ、まだいたのか負け犬」
「負け犬じゃない、何度も言わせるな!」
「あー、もういい加減にしてくださいよっ……ようやく仲良くなったかと思ったのに……」
 月夜の言葉が二人の耳に入るはずも泣く、二人の仲は元通り。
 間に月夜が入って必死に止めようとするも、エンジンのかかってしまった二人の口げんかは止められるはずもなく。
 大きくため息をつくと、彼は諦めて二人から距離をおいてぼやくように駱駝に語りかけた。
「何とかならないのかなぁ……」
 前方では相変わらずの調子の二人が、
「何て恥をかかせてくれたんだ」
「恥? お前に恥じらいの心があったとは驚きだ」
「たけやすーっ!」





「武康様?」
「……むぅ」
「武康様がこんなに嬉しそうな寝顔をするなんて」
 どうやらうたたねをしてしまっていたらしい。
 目の前で雅が嬉しそうに笑っていた。
「きっと素敵な夢だったんでしょうね」
 素敵な夢、か……
「そうだな、とてもいい、夢だったよ……」






 ……いつか、本当にこんな日が来ることを、祈ろう……


20091001

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