禁断の丘
『禁断の丘』は都市の中心にある。 今はもう滅ぼされてしまったかつての王家が天に祈りをささげていた場所──そう、伝えられていた。 長く時を経た今でも伝説の聖王アチェをはじめとする歴代の王たちがこの場所にいる。……そういう噂は今だに途絶えていない。 だが時が経つにつれ人々の『禁断の丘』に対する崇拝の念は、消え失せてきた。 中には『禁断の丘』へ登ろうとさえ考える人物さえ出始める始末であった。 ……そして、やがてそのような考えをよしとしない人々もやがて少なくなり…… 遂に、三人の青年達がその場所へ足を踏み入れた…… ──長い間誰も足を踏み入れておらず手入れされていないはずが、丘は綺麗だった。 草が生い茂ることもなければ藪と化すこともない。ただ広い空間に花が咲き乱れているだけである。 「凄いな」 立ち止まり、呟くのはタニ。 「怖じ気付いたか」 からかうように言うのはムダ。 「……」 二人の後ろから無言でついてくるのがバンダ。 三人は列になって足を進める。 夕方、段々と空が燃え盛るような赤へと変わっていく時間であった。 「何か気味が悪いな……」 「やはり怖いのか?」 「違う!」 「……ムダ、タニ」 言い争いを始めようか、という二人の間にバンダが割って入った。 そして言う。 「何かの気配がする。ここには俺たち以外にだれかがいる」 「ひっ」 「うっ」 悲鳴にも似た声が二人から同時にあがる。 だがバンダはそれにくすり、とも笑みを返さず、真剣な表情で、 「……場所は……この先だな」 続けた。 そして二人を抜いて歩き出す。 「早く行こう、王家の宝を見つけたいんだろ」 振り返り、背負っているシャベルを揺らすと、彼はまた前を向いた。 目の前にある小高い丘を指差す。目的地はもうすぐそこなのだ。 ムダとタニはお互いに顔を見合わせ、一拍の後頷きあった。……その顔は少し恐怖で引きつっていたのだが。 バンダを先頭に、今度はムダとタニが並ぶ形になった三人は、『禁断の丘』の中央部に遂に足を踏み入れた。 祭をしていたのか、丘の頂点には石がきれいに敷き詰められていた。 「……誰もいないじゃないか、驚かせるなよ!」 ムダが言う。 回りに自分たち以外の人影が見えないことに安心したらしく、元気が戻ってきたらしい。 安心したのはタニも同じなようで、口には出さないものの表情の強張りは消えていた。 「……いや、いるよ」 「バンダ、むきになるなよ。いないって」 「……ムダ、俺は何も言っていない。こっちを見ろ」 「はぁ? ……って、え!?」 ムダとタニ、二人の視線がバンダ……の隣りに注がれた。 きらびやかな宝飾を身に着けた、ちょっと小柄の青年が微笑んでいた。 「こんにちは、『祈りの丘』へようこそ。随分久し振りのお客様だ」 青年の言葉は弾んでいて、嬉しい、という感情がはっきりと現れていた。 「私はアチェ。かつてこの国を治めていた王だ」 「アチェ……って、あの!?」 「「あの」と言われても分からないけれども、私がアチェだ」 アチェ──聖王アチェ、学校の国史で多くの時間を割いて話される人……それが目の前にいる。その事実に三人の頭は混乱する。 頭から足先まで眺める。地をしっかりと踏み締めており幽霊、というわけではなさそうだが…… 「キミたちは私たちに会いに来てくれたのかい?」 「……ええと……」 まさか宝探しに来た、なんて言えるわけがない。三人は言葉を詰まらせる。 「随分前にも訪ねてくれた人がいたけれども、あれ以来来てはいない。彼、元気にしているかな」 少し寂しそうに顔を曇らせる。それに──ムダは孤独を見た。 きっと自分たち以外にもこの場所を訪れた人は随分といたのだろう。……だが彼らはもう二度とこの場所に足を踏み入れることはなかったのかもしれない。何故かは分からないが死して尚一人この場所に佇むアチェは……寂しいのだろう。 ずっと一人で何百年という時を過ごしてきたのかもしれない。 それを思うと―― 「キミたちは、すぐにまた行ってしまうのかい?」 すがるように向けられる目。 寂しそうなその目を見て三人は──互いに顔を見合わせ、頷きあった。 「……悲しそうな顔をしないで」 とバンダ。 「そうだよ」タニが続ける。「僕たち、遊びに来るよ」 そしてムダも、 「笑った方が絶対楽しい」 その言葉にアチェは最初は驚き……そして微笑んだ。 「ありがとう……」 その夜、『禁断の丘』に笑い声が響いていたことを、人々は知らない── |
おわり
20071123
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