女人が島


抜けるような青空。

降り注ぐ太陽の光。

輝く砂浜。

透明な波。

響く潮騒。



――まるで、この島は楽園のようであった。



南国の楽園。

豊かな森には様々な果実が実り、ひとたび海に入れば、そこには魚の群れが泳ぎ回る。

そこに住む人々はおおらかで、皆、美しかった。



この島の近くを、様々な船が行き交う。近くの港市国家の船も、遠く異国の船も。

だが、それらの船は、この島に立ち寄ることは、決してない。

初めてこの海域を訪れた船でさえ、この島の事は知っている。

誰も近付かない島。誰も近づけない島。




この島に上陸する事は、すなわち死を意味していた。







フロレスは目覚めた。まだ幼さが残る表情を持つ、17歳の少女だ。

温かく人間に危害を与えるような動植物がいないこの島では、誰もが木々のふもとで眠る。

身につけているのは白い一枚の布を結びつくった、まるでドレスのようなもののみ。靴は、履いていない。この島では、誰もがそのような服装をしていた。

彼女は大きく伸びをすると、立ち上がる。

太陽が登りはじめて相当時間が経ったようだ。彼女はあたりを見渡し、見つけた果実の生る木に近付くと、その実をそっともぎとって口にした。

程よい酸味の中にある甘い果汁が口の中に広がり、彼女の顔には笑顔が浮かんだ。

「美味しい」思わず呟く。

その実を食べ終わると、彼女は慣れた足取りで土を踏みしめながらとある場所へ向かった。

その場所は、この島の中心。少し高台になっている。

そこには、彼女と同じような姿をした女性が、既に何人もいた。



そこには、高さ10メートルほどの高木が群生していた。丁子である。

常に緑の葉をたたえているこの木には、蕾がたくさんある。

彼女は他の女性たちと同じように、その蕾の紅色になったものを摘み取る。

皆で摘み取った蕾を、一緒にして太陽の光が当たるところまでもって行き、それを光にさらす。

数日待てば、立派な香料になるのだ。



「フロレス、おはよう」声をかけられた。

彼女は振り返って、微笑む。「おはようございます、マドゥラさん」

「ファーラが身ごもったそうよ」

「あら、本当ですか。女の子が産まれるといいですね」

「そうね。ナンサは男児だったからね・・・」マドゥラはそう言って口を噤んだ。

フロレスはさよならと言って駆け出した。



海辺にやってきたフロレスは乾燥した丁子をちょっとだけ、齧る。

この島の住人は、誰もがこの香料を好む。

身体の内から、震えるような、心地よい感覚が湧き上がってくるのだ。



風が、吹いた。



「・・・あぁ・・・気持ちいいなぁ・・・」

海の匂いが詰まった風に吹かれる時が、彼女の一番好きな時である。

「私も早く、大人になりたい」

そう言って海の彼方を見つけた彼女の目に、ありえないものが飛び込んできた。

――船だ。

彼女はその存在に気づくと、すぐさま駆け出した。







時は大航海時代。

欧羅巴の国々が海へ飛び出した時代。

この多島海にも、たくさんの船がやって来ている。

その目的は、香辛料。そして、植民地。



欧羅巴の船がこのあたりにやってき始めたときは、多くの船がこの島の近くにやってきた――時には上陸しかけた――が、最近ではそういうことはなくなっていた。

それが、来た。

大砲を積んだ船。確実に、欧羅巴の船である。

彼女たちは、身構えた。

この島には港がないので、大型船は沖合いで船を泊め、小型船でもってこの島に近付こうとしている。

見慣れない顔かたちをする人間である。そして、醜い笑みを浮かべた人間だ――



「去れ、そうすれば危害は加えない」

中心である女性が声を張り上げた。

だが小型船は動きをやめない。風に乗って笑い声が届く。嘲笑か。

彼女は再び同じことを言った。今度は確実に嘲笑が聞こえた。女だけで何ができる、そう言いたいらしい。



残念ながら、この島には女性しかいないんだ。フロレスは彼らの無知さを知り肩をすくめた。

――知らないのか、この島のことを?

そう思っているうちに、彼らは砂浜にたどり着いた。にたにたと笑うその顔が、こちらに嫌悪感を与える。

なんて外の人間は汚いのだろう。

その時、「やってしまいなさい」

中心にいた女性のその一声で、島の住人――女性しか住まない島の住人――は男たちに飛び掛った。

口々に呪文を唱える。すると、彼女たちの手から、炎や雷や何やらが飛び出す。

「この島に上陸したからには、男であれば誰も生きて帰しはしない」

この島には男は必要ない。何百年も何千年も、男なしでこの島は生き続いてきたのだ。

この島の住人は、風でもって子どもを孕む。男が生まれれば、殺し、女が生まれれば、育てる。そうやって続いてきたこの島の住人には、不思議な力が宿っているのだ。

彼女たちはその力をこの星からの贈り物と思い、星のあるがままに生きる。

実りを楽しみ、気候に感謝し、彼女たちはいつもこの星のことを想う。

だから、ひとたび違うもの――その多くはこの星のことを想わない――が入ってくれば、全力でそれを排除する。

ただ、それだけだ。



倒れた男たちを運び、彼女たちは埋葬した。

丁子の木が群れを成しているあの小高い丘である。この丘には、今までこの島を訪れ、帰ることはなかった男たちが眠っている。

フロレスはその丘を見上げ、それからくるりと踵を返すと歩き出した。

ファーラに会いに行こう。一つ年上の彼女がついに孕んだんだ。きっとすぐに、私もこの島の住人として真に認められる時が来る――



フロレスは足取り軽く、大空を仰ぎながら歩を進めた。



20070127

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