真夜中。
 裏庭の警備をする兵の耳に、自分以外の足音が届いた。
 周りを見渡すが誰もいない。
 だが、誰かがいる……
 彼の肩を誰かが叩いた。
『彼は……どこにいる……』
 耳元でささやかれた。


「ゆっ……ユウレイだぁぁっ……!!」




      Phoenix





 ──幽霊騒ぎ。
 一回ならまだしも、片手では数えられないほどの回数、騒ぎが起これば問題となる。
「……で」
 腕を組むのは、久志。
「私たちが、幽霊退治ですか」
「嫌そうな顔しないで下さいよ、久志さん」
 少し不機嫌そうな彼女の真向かいで、まあまあ、と彼女をなだめるのは琴音。
 問題となった結果は、久志と琴音の二人による探索、であった。


 夜になり、二人は裏庭に出る。
「そういえば」
 琴音が口を開く。
「かつて処刑された人達が怨念にならないようにと作られた墓地がそこにはありましたよね」
「……あるわよ」
「その怨念が出て来たのでしょうかね?」
「……怨念なんて、いるわけないわよ」
 ぴりぴりとした久志の態度を見て、思わず、
「久志さん、お化けとか嫌いですか?」
「…………」
 聞くが彼女は答えなかった。
 ……寧ろそれが答えであったか。
 琴音は内心でこんな久志はなかなか見られないとくすくす笑いながら、
「私が前にいますから」
 言うと、久志は何も言わずに彼女の後ろについた。
 さて、先程琴音が言った墓地、とは裏庭の端、城の影に隠れ一日中日の当たらない場所に建てられた小さな小屋のことである。
 この中には墳が作られ、その下には何人もの人々が並んでいる、という……

 ……と。
 キィ……
 どこかで扉の開く音がした。二人に緊張がはしる。特に久志は身体をかすかに震わせていた。
 二人は辺りの様子と気配を慎重に確認する。
 そして、眉をひそめた。
「久志さん」
「な、何よ」
「あそこの扉、さっきはきちんと閉まっていましたよね……?」
「ひっ……」
 二人はその扉……要するに、件の小屋の両開きの扉……に目を向けた。
 先ほどしっかりと確認してはいなかったのだが、今は確かに少し扉がずれている。
「……」
「……」
 無言になる二人。
 まさか本当に、といった感じだろうか。
 やがて、琴音が意を決して一歩を踏み出した。久志は腰の剣に手を伸ばす。
 目には見えないが、この空間に自分達以外の何かがいるのは確かなように思えた。
「何処にいるのよ!」
 やはり幽霊は相当嫌らしい、久志はひどく感情的になっている。
「久志さん待って……何か、聞こえる……」
 今にも剣を抜き放とうという状況の久志を押しとどめ、琴音。
 耳を澄ましてみると……風に乗って何かが聞こえる。
「……声?」
 幽霊の声だろうか。
「‘彼は、どこだ’……?」
 聞こえた言葉をつぶやく。
 そしてそれきり、幽霊の声も気配も消えてしまった。
 これは暫く様子を見なければならないかな、琴音は思う。しかし、久志の様子を見ると、彼女と一緒に行動するのは厳しい。
 誰か他に手伝ってもらおうか。琴音はそう考えはじめていた。



 そして翌日。
「まさか」
 琴音は苦笑しながら言う。
「鷹彦様がいらっしゃるとは」
「何だ、私がいてはおかしいか?」
「いえ、そういうわけでは」
 今朝、久志の代わりに調査をする人物はいないかと鷹彦に尋ねると、意外にも彼が言った言葉は「ならば私が」であった。
 幽霊とか好きなのだろうか……と、琴音は思わず首をかしげた。
 だが予想外に一番の助っ人を得られたのだ、ありがたい。琴音の表情は明るかった。


 夜、二人は件の小屋の前に立つ。
 昨晩幽霊が現れる直前かすかに戸が開いたことを伝えると、鷹彦は顔を険しくし、
「ここには鍵がかけられているはずだが……」
 腕を組んだ。
 瞬間、琴音の背にぞくりとしたものがはしる。
 扉は昨晩とは違いぴったりと閉められている。
「まあいい、待とう」
「……はい」


 ひゅうぅ……風が吹く。
 何かが出そうな風だ。
 二人は戸に注意を向けていた。
 ぴったりと閉められていた戸がかすかに開いたのは目の錯覚ではないはずだ。琴音の手に力が込められる。
 そして……
「琴音」
「……はい」
 二人の空気が変わった。


 キィ……


 鍵がかけられているはずの戸が動いた。かすかに。
 二人は身構える。
 やはり姿は見えない。だが、何かがそこにいる。
『彼は……何処にいる』
「まただ、また同じことを言っている」
「彼、とは誰のことだ?」
 幽霊(かどうかは正解には分からないが)は誰かを求めて墓から出てきている。
 それは分かっているのだが。
「恨みがあるならば、自分を殺した人物……?」
「つまり王だと?」
 彼女には目を向けず、鷹彦は静かに尋ねる。
「分かりませんが……。でも、そうだったとしてもなぜ今になって……?」
 分からないことだらけである。
 そうしているうちに幽霊は一歩一歩こちらに近付いて来る。
 今までの状況からすると、幽霊は尋ね人のことを聞くだけで特に何もしてこない。
 ……それが少し不気味でもある。そろそろ何か別の動きを起こすのだろうか。
 幽霊の動きが止まった。
『おまえは……』
 そして、消えた。
 あっけにとられる二人。
「おまえ、とは、鷹彦様のこと……?」
 しばらくしてから琴音は彼を見やった。
 しかし鷹彦も分からないらしい、腕を組んでいる。
「私を知っている……?」
 謎を解く鍵が現れたのだろうか。
 鷹彦は腕を組んだまま黙りこくっている。必死に記憶を手繰っているように見えた。
 幽霊……鷹彦はどこかで会ったことがあるのだろうか。


 次の晩、二人はまた裏庭にいた。
 幽霊が出て来るのを待つ。
「何か思い当たることはありましたか?」
 琴音が尋ねると、鷹彦はかぶりを振る。
 一日記憶を辿っても、探し出すことはできなかったようである。
「残念ながら」
 琴音は少し肩を落とした。折角何か掴めるかと思ったのだが、彼女の希望する問題解決にはそう簡単に至らないようである。
「すまないな。……琴音」
「はい」
 二人の目が例の戸に向けられた。
 そちらに向き直る。
 静かに扉が開いた。どうやら今日も幽霊はやってくるようだ。
 ……今日は何と言ってくるのだろうか、この幽霊は。
 流石に三日連続で幽霊に会うと、慣れてくるようである。彼女は最早緊張しなくなっていた。久志もいれば彼女の幽霊嫌いも直ったかな、なんてどうでもいいことを頭の隅で考えたりしていた。
 だがやはり鷹彦はいつでも気を抜くということはしないようだ。隣から伝わるぴりぴりした空気を感じ、彼女は反省すると共に気合を入れなおした。
 鷹彦は幽霊を見つめている。幽霊も鷹彦を見ていた。
「あなたは、どなたですか?」
『私だ……鷹彦……』
「……!」
 その声に、鷹彦の目が見開かれた。
「そうか……そうか!」
 弾ける様に駆け出す鷹彦。
 慌てて琴音が追いかける。彼女には何がなんだか分からなかった。
 ただ、幽霊の正体か幽霊の探す人物がぴんときたのだろう。
 この不可解な事件は急に解決へと進み出した。





 城を騒がせていた幽霊事件、その解決の見通しが立った。
 明るくなる前からその話題はすぐに城を飛び回り、俄に城は騒がしくなる。


 昨晩鷹彦は慌てて誰かに呼び出しの手紙を書いていた。
 彼はそれが誰へのものかは教えてくれなかった。彼にしては珍しく、ひどく動揺していて、それを言う様な余裕もなかったのかもしれない。
 そしてその日の夕方、手紙を受け取った人物が城へとやってきた。その人物も、鷹彦と同じように僅かにであるが動揺しているようだった。更に急いで来たのか、息が上がっていた。
「鷹彦、一体どういうことだ?」
 彼のこんな姿はあまり見ることがない琴音は驚きながらやってきた人物を見やる。
「幽霊が探していたのは山崎さんだったのね」
 だが考えてみればそれはあり得ることだ。なぜなら彼の両親は……
「……?」
 ふと彼女は隣りに立つ久志に目を向ける。彼女の空気が変わった気がする……
 あぁ、琴音は内心嘆息する。
 久志は裕之のことをよくは思っていない。寧ろ恨んでさえいる。彼の姿を見て機嫌を悪くするのも当然かもしれない。
 そう考えを巡らしている間に久志は不機嫌そうにどこかへ行ってしまった。
 ……と、鷹彦の説明が終わったようだ。裕之はまだ信じられないような表情をしているが……
「琴音、行くぞ」
「はいっ」
 三人は例の場所へ向かった。


 陽は未だ高いのだが、そこはもう既に幽霊事件の顛末を見届けたいらしい人で溢れていた。
 どこに行ったのかと思っていた久志もひょっこり姿を見せている。
「……流石にこれは……」
 この周りの状況に呆れた鷹彦は嘆息しながら関係ない人々を追い払い始めた。流石は騎士団長、あたりはすぐさま静けさを取り戻す。
「全く、こんなことで騒ぎになるのかな」
 結局ここに残ったのは鷹彦、裕之、琴音そして久、久志と数人の兵士だけであった。


 日が沈み辺りが闇に覆われ始める。
 もう少しだ。
 鷹彦も裕之も心なしかそわそわしていた。
 琴音にはこの二人がとても深い関係にあることは分かっていたが、それが具体的にどんなものかは分からなかった。
 ただ、鷹彦は裕之の両親をよく知っているのであろうことは彼の様子から想像できた。
 そして……戸が動く。
 瞬間、二人の身体がぴたりと止まった。
『炎を』
 声が聞こえる。
「はい」
 途端、裕之の身体から、炎が溢れた。
 その炎は吸い寄せられるように前方へ動き出す。
 そしてやがてその炎は形となった。人の形に。
 更に驚くべきことに炎の中から色が生まれ、炎は完全な人となった。
『この血を継ぐ者は、火の一族、とも呼ばれる。忍一族が長い時を費やし作り出した血だ』
「……父上」
 火……裕之の父は語る。
『他の家の血を打ち消すほど強い血を作り出した理由は只一つ。
 いつ来るやもしれぬこの地の危機のためだ。いつか海の遥か彼方から危機が来る。
 その時、火の力はこの地を守る力になるはずだ』
 裕之の父は裕之の目を射抜くかのようなような鋭い眼光で見つめる。……かつては恐ろしかった、しかし今では懐かしい目だ。
 その目に慣れない琴音たちは背筋をぞくりとさせる。
『本来ならば私が伝えなければならなかった火の力をよくここまで使いこなせるようになった。だが、まだまだだ。お前はまだ伸びる、裕之』
 ここで始めて裕之の父は笑顔を見せた。
「木乃葉の……風ノ宮の義父が話をしてくださったんです」
『そうか、お前はあの娘と結ばれたのか。当主は酷く嫌がっただろう?』
 くつくつ、と父は笑い声を漏らした。
 裕之も昔を思い出しながら答える。
「それはもう、酷く」
 そして彼は続いて鷹彦に向き直った。胸に手をあて、鷹彦は顔を火照らせていた。
「父さんの声を忘れてしまうなんて……恥ずかしいです」
『……全く、お前は落ち着いているんだか慌て者だかやはり分からないな。
 だが、いい剣士の顔をしている。これからも何事にも励みなさい』
 鷹彦は大きく頷いた。
『裕之、鷹彦。立派になったお前達の姿を見ることができて私は嬉しい。誇りに思う。
 そして先に逝ってしまい、すまなかった……』
「待って! 行かないでくれ!」
 泣き出しそうな声で裕之が叫んだ。未だ話したいことはたくさんある。力のこともそうだが、何よりも自分に子ができたことを、伝えたかった……
 父の身体がゆらゆらと揺めきだした。色が消えていく。
『私も行きたくはないよ。ただ、母さんを随分と長い間待たせてしまっている。母さんは寂しがり屋だからきっと心細くなっているだろう』
 母という言葉を聞き、鷹彦の目から一筋の涙が零れた。
 優しいあの人を何十年も、一人にしてしまっている。そう思うと心が痛くて仕方がない。
 ふわりと父の身体が浮かび上がった。その身体をに触れようと伸ばした裕之の手は虚しく空を切るのみ。
『二人とも、喧嘩はもうするんじゃないぞ』
「父上!」
「父さん!」
 二人の絶叫が響く。裕之の手はまだ空を向いていた。
 鷹彦は俯き、涙をそっと拭う。
「裕に力のことを伝えるために、ずっと一人でここにいたんだ……」
 そして呟くように、言った。

 
 その光景を見ていた琴音の目からも涙が零れた。隣りにいた久志は鼻をぐずぐずしながら今さっき姿を消してしまった。
 同じ場にいた誰もが、顔を涙でくしゃくしゃにしていた。



「あ……空を見て」
 琴音が天頂を指差した。
 全員の目が一斉に天を向く。
「母上の所へ、向かっている……」
 裕之はもう一度手を高く掲げた。


 空高くに、炎を纏った鳥が羽ばたいていた……


20091129
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