最期の刻
人々は知っていた。
地球に「明日」というものは存在しないということを。
この世界は広く、しかも平和であった。
美しい木々は風に揺れ、気持ちのよい音を立てる。
小鳥は歌を歌い、それは辺りを明るくする。
犬は元気よく地上を駆け巡り、猫はするりと歩いてゆく。
しかし人間たちの姿だけは見えず、唯その住居のあとが残るのみ。
しかし、数日前までは存在した。生活の跡がそれをものがたっている。埃の被っていない机、数日前の新聞など…
しかしそのすべてはいなくなった。
ちょうど一年前。
この地球に或る知らせが飛び込んで来た。
それはすべての人々を震撼させるものであった。
所謂、地球崩壊の知らせ、と呼ばれるものである。
巨大な星が地球に向かって飛んで来ている、それもいまだかつて無い速度で。
人々は嘆き悲しみ、しかしその一方で逃げる術を探した。
…探す、といっても方法は一つしか存在しなかった。
つまり、宇宙へにげるのである。
幸い、宇宙旅行が日常的に行われている時代であり、さらに、火星に入植しており、逃げ場はあった。
だから、巨大な星の到来が知らされたその日から、各国は宇宙船を急ピッチで作り始めた。
そしてすべての人々を地球上から脱出させ始める。
中には脱出を嫌がる人もいた。しかし、半ば無理やりに、そのような人も脱出させる。
そして、人類すべてが地球上から脱出したのが数日前であった。
予想では、今日この日に巨大な星が衝突するという。
地球のまわりの衛星は、遠く故郷を離れた地球人のために、その悲しみの映像を中継するため最後の役割を果たそうとしている。
火星に入植した人々は、食い入るようにテレビ画面を見つめ、地球の最期を見届けようとしていた。
だれの胸にも悲しみしかなかった…
愛する故郷が消え去ってしまう…
予想時刻がすぐそこまで迫って来た。
その時。
火星の赤い空に突然光が差し込まれて来た。
何だ──?
人々は叫ぶ。
その光は更に大きくなる。そして、空は暗くなっていく。
人々は絶叫した。
あれは、地球に衝突するといわれていた星ではないか…!
何もかも遅かった。
火星よりも大きな、地球程の大きさの星が火星の大気に触れ、発光しながら落ちる。
すぐにそれは火星の大地に到達した。
爆風が迸り、火が噴いた。
それからどうなったか、人々は知らない。
火星もろとも、消え去ってしまったのだから。
何も知らない地球上に残された生物たち、彼らは何も感じなかった。
いや、今までまわりにはびこっていた大きな動物が消え、寧ろ喜んでいるのかもしれない。
何をしても、最早咎めるものはいないのだから…
何故巨大な星の進路が変わってしまったのか…人々が最期の時に感じた疑問、しかし人々はその理由を知ることは永遠に不可能となってしまった。
それは簡単なことであった、しかし人々が宇宙船を作ることのみに意識を集中していたから…
突如軌道を離れた彗星に気付かなかったのだ。
その彗星が巨大な星とぶつかることにも気付かなかったのだ。
それによって巨大な星の進路がずれ、火星に進路が変わることも…
こうして、天の川銀河の端で一旦栄華を極めた人間は、絶滅した。
…了…
20060214