手紙






謹啓 陽春の候、貴殿ますますご健勝のことと、お喜び申し上げます。

 さて、このたび神殿をはじめとする皆様が無事に戻られた、という事を聞き、我が王が貴殿に手紙を差し上げたいと申し、このたびお手紙を送らせて頂きました。

 是非またこちらにもいらして下さい、皆で歓迎いたします。

                              敬具

                              海夢暦三年四月一日

                               ガイア



 裕之くんお久しぶりです、お元気ですか。

 先日隼人さんをはじめとする皆さんが魔王を倒し、戻ってこられたという話を耳にしました。

 その話の中には裕之くんの話は聞くことはできなかったけれども、きっと裕之くんも無事に戻ってきたことと思います。

 是非またこちらにいらして下さい、またお話ができたら嬉しいです。


 私の周りには未だに影が躍っていますが、あれ以来大きな問題は起きていません。

 これも裕之くんのお陰です。


 私たちは<忍一族>を歓迎していこうと考えています。

 そのときには是非裕之くんに協力をお願いしたいと考えています。

 どうぞ身体などこわさないようにお過ごし下さい。

                              カイム





 涙が零れる。

 彼は俺のことを忘れてはいない……まだ友だと、言っている……

 信頼する人を裏切り、一族から離れ、"敵"の元に身を寄せる俺の事を……まだ……


 裕之の肩をそっとワズンが抱いた。

「この手紙を捨てられる前に盗み、君に届けてくれた木乃葉に感謝しなければな」

「……あの箱入り娘に、借りを作ってしまったか」

 少し悔しそうに、呟いた。

「それだけ言える元気は出てきたか」

 そのような様子の裕之を見てほっとしたようにワズンは言った。

「彼女は随分と長い間この手紙を持っていたそうだぞ、お前に届ける機会をうかがっていたようだ」

「……少しは人のことを分かるようになったんだな、あいつも」

 そう言う裕之の表情は、ここしばらくの感情のない表情ではなく、嬉しそうに顔を少しほころばせた表情であった。

 隼人を手に掛けて以来<忍一族>の里の外れの場所で塞ぎこみ続けていた裕之の様子を見かねたワズンが裕之を彼らの住まう場所まで連れてきてから早数ヶ月。最近になってようやく裕之の表情も豊かになってきた。

「しかし君は木乃葉のことになると厳しいのだね」

 裕之に関ることになると途端に厳しくなる一族の上層部の目を掻い潜り、危険を冒してまで裕之へのカイムからの手紙を持って来てくれた彼女にもう少し優しく接してやってもいいのではないか、と不思議に思うワズンである。

 ワズンのその言葉に「うるさいな」と少し語気を荒げる裕之。

 その様子にワズンはぴんときた。もしかしたら、こいつは木乃葉のことを好きなのではないか……?

 そう思い始めると顔がにやけてくる。

「まあいい、私は行くよ。返事を書きたいのであれば言ってくれ。私の方で送ってあげよう」

 この表情を見られる前にさっさと退散してしまおう、ワズンは立ち上がりながら言った。

「ん」という返事のような声を耳にして、ワズンは歩き出した。

 その背中に、声がかかる。



「木乃葉にも、手紙を書く。あいつには迷惑をかけた」



 ワズンが思わず振り返り見た裕之の表情は、顔を赤らめ俯く彼の表情であった。


 お前はもう大丈夫だな、すぐに立ち直れる――






20070401


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