◆出会いは偶然

 私はこの一族を治める家系に産まれた。
 ……だからか、私は同年代の人と少し距離があった。
 お話はするけれども、友達とは言い切れない……そんな関係しか結ぶことができていなかった。


 兄は優しくしてくれたけれども、でも私の心は満たされない。
 だから私は勝手に屋敷を抜けだし、集落を歩き回る。それしか私には楽しみがない。
 勉強、作法、読書、修業…そればかりの生活なんて、飽きてしまったもの。


 ――ある日私はいつもよりも遠く、森の中に足を踏み入れた。木々の薫り、木漏れ日の美しさ、小鳥の囀り……なんて気持ちのいい世界だろう!
 大きく深呼吸をし、私の顔には自然と笑みが浮かんでくる。


「おい」そう声がかけられたのは、私が機嫌よく森の奥に足を進めている時であった。
 誰だろう……もしかしたら屋敷の人かしら? でもこの声は聞いたことがないし、大人の声ではないわね……
 私は辺りを見回すが、木々が遠くまで広がっているだけで人影は見えない。
「ど……どこにいるの?」
「ここだ」
 そう言いながらその声の主は地面に音もなく降り立った。
 彼の姿をじっと見つめる。年齢は私よりも少し上か……どう見ても同じ一族の者であるが、私は彼をみかけたことはなかった。
「はじめまして、私は風ノ宮木乃葉。あなたは……どなた?」
 彼は顔をしかめた。
「君、屋敷にいなくていいのかい? 早く戻った方がいいだろう」
 そしてそう言って私の問いには答えてくれない。
「あなたも<忍一族>でしょう、でも私はあなたの事を知らないわ、どうしてかしら?」
「……君、戻るよ。心配している人がたくさんいるだろう」
「ううん。皆怒るだけだから、もう慣れたわ。それより私はあなたの事が知りたいな」
「……いいから行くよ」
 彼はそう言うと私の腕を掴んで歩き出した、集落の方へ。
 彼の動きはすごく速くて、私はその動きを見る事ができなかった。……この人は、すごく力のある人なんだな、そう思いながら私は彼の横顔を見つめた。
 やはり、私の知らない人だ。でも顔立ちは綺麗だし、絶対笑ったらかわいい。
 ……そういう彼は慣れた足取りで森を進み、すぐに見慣れた集落が現れた。
「……戻ったって、つまらないの」
 戻りたくない。私はそれよりもあなたとお話がしたいな……
 私の気持ちなど知る由もない彼は、私の腕を掴んだまま茂みを抜け開けた集落に出る。
 そこには私のよく知った顔が……私を探す人の顔があった。
「木乃葉様、どこにいらしたのですか、さあ戻りますよ」
 彼はそう言ってから私をここまで引っ張ってきた男の子を見て複雑な表情を浮かべた。
 私は彼がどんな状況にいる人なのか分からないから何も訊く事ができなかった。



 その彼は私の腕を手放し、また森の奥に消えて行く……
 私が声をかける前に、その姿は消えてしまった……




◆そして関係悪化

 この悲しみは、決して癒えるものではない。
 だから彼は誰ともかかわらないように生きようとした。この屈辱をずっと心に抱き続けるために……


 ある日彼は森の中を突き進む少女を見かけた。あの先には崖があるが、彼女は何をするつもりなのか。
「目の前で身投げされても困る」仕方なく彼は声を掛けることにした。「僕のこの気配に気付かないなんて、どれほど鈍感なんだか」苦笑つきで。

 声を掛けると彼女は一方的に話し始めた、同じくらいの年だということで親近感でも湧いたのだろうか。それで彼女があの風ノ宮の家系の者だということを知らされた。
 ……これが話に聞いた箱入り娘、か。彼はそう内心で風ノ宮家を嘲笑う。
 色々話しかけてくる彼女を無視し、彼はすぐに彼女をいるべき場所に戻した。
 そして、すぐに彼女の前から消えた。それで彼女との関わりは終わる……
 はずだった。


 翌日、彼の元に数人の大人がやってきた。
 その中心には……風ノ宮家の現当主である人物がいた。
「昨日は娘が迷惑をかけた。もう二度と屋敷から無断で出さないようにする。
 それよりも、お前はいつまでこんな所にいるつもりだ。早く集落に戻れ」
 結局、いつものように戻れと言いに来たわけだ。
「……お前のためにもなるだろう、それほどの力があるのだし」
「風ノ宮家は最も強い、という神話を崩してでも?」
 そう言った彼の言葉に周りの大人たちがざわめいた。
 だが、当主だけは冷静だった。
「確かに、お前は息子よりも力がある。……だがその言い方は少々挑戦的だな」
 ええ挑戦的に言いましたから……という言葉わおさえて、「それは失礼しました」
 と返す。
 息を吐き当主はくるりと方向転換した。「行くぞ」
 そして、そのまま歩き出した……ところで叫んだ。
「木乃葉!」
 何だ、と誰もが当主の目線の先を追う。……そこにいたのは、昨日の少女風ノ宮木乃葉。
 彼女は父親がいたことに驚き、その場に立ちすくんだようであったが、彼の姿を認めると彼に呼び掛けた。
「昨日あなたの名前を訊きそびれてしまったの!」
 二度と屋敷から無断で出さないようにするという約束はすぐさま破られたようだ。彼からは当主の表情は確認できなかったが、いい表情でないことは明らかだった。
 それにも構わず彼女は尋ねてくる。「お願い、教えて」
 当主の前でそこまで邪険に扱う訳にもいかないな、と彼が思っていたところで当主は足を進め出した。
「あれほどきつく言い聞かせたのに、お前は何と言う奴だ」
 やはり当主は相当怒っているようだ。一瞬で距離を詰め、腕を振り上げた。辺りにぱん、と乾いた音が響く。
 ……それを見た彼の心の中で、何かが弾けた。
「何であんたはそう彼女を閉じ込めようとするんだよ。それで何の利点があるんだ?」彼自身なぜかは分からないが、体が勝手に動いていた。大きく前方に跳び、二人の間に割って入る。
 木乃葉を見ながら、「君も、自分の立場をわきまえた方がいいよ。僕には関わるな」


「お前……誰に口をきいているか分かっているのか!」
「知っている! あんたが僕の家系を目の敵にしているっていうことも! なのになんで僕に構ってくるんだ」
 当主は木乃葉から手を離し、かわりに彼の胸倉を掴んだ。その目は、先ほどとは少し違った色を見せていた……
「山崎……私はお前の両親のことを憎く思ったことはない。私は、もしものことがあればお前のことを頼む、と彼らから言われていたんだ」
 それは憐憫の色なのか……
「……だったら何で二人を助けてくれなかったんだ……」吐き捨てるように言うとその手を払いのけた。
「山崎くん……?」
 そのような状況下でおそるおそる声を掛けて来たのは木乃葉。
 当主が何でこんな時に、と溜め息をつく中彼は振り返った。
「…何」
「…どうもありがとう。私……山崎くんに迷惑をかけてしまったんだよね」
「……それで何」何を今更それを言ってくるんだ、まさか今まで気付いていなかったのかこの箱入り娘は。
「悪いけれども、僕にもう関わらないで欲しいんだ」
「でも、お詫びをしなければ……」
「君さ、人が迷惑だっていっているのにこれ以上迷惑をかけるつもりなのか?あんたは家で何をやっていたんだ、常識なんて持ち合わせていないのか」
「違うわ、私は色々勉強してきたわ」
「君の言う勉強は常識じゃあないだろう。謝るんだったらそういう知識を身につけてからにしてくれ、迷惑なんだ」
 まくし立ててから彼は木乃葉の姿を初めて上から下まで見やった。
 彼女は彼の言葉が相当堪えたのか、何も言わずに俯いている。肩が微かに揺れているのは涙を堪えているからか。
 ふん、と不機嫌そうに彼女から目線を逸らし、彼は風ノ宮家の当主を再び見る。
「……今回の件は申し訳なかった。無理に戻れとはもう言わないが、私が君のことを見放すことはない、とだけは言っておく。裕之、これだけは信じなさい」
 少し黙ったあと、彼は、山崎裕之は小さく頷いた。
 さあ行くぞ、と当主が周りの人と木乃葉に声を掛ける。
 それと同時に裕之も彼らとは逆方向に歩み出した。
 その彼の背に声が……罵声にも似た声が飛んできた。

「私絶対あなたにぎゃふんと言わせますから!」

 そんな言葉箱入り娘がどこで覚えたんだと言いたくもなったが、裕之は何も反応を見せずに歩みを止めない。
 どうせ口先だけだろう、そう思った。これで二度と会うことはない…






 ……という彼の期待は裏切られる。
 数年の後彼女は再び彼の前に姿を見せ…
「ちょっと裕、待ちなさいよ」
「いやまて木乃葉、何で俺に食ってかかってくるんだ」
 このように力関係も少し変わりながらも互いに信頼しあうようになる。
 だがそれはまた、別のお話し。


おわり

20071120

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