夢別の何も起らない話
唯、流れる時間
そんな時間があってもいいじゃないか
ゆきのひ
「父上っ」
その言葉に彼は顔を上げる。
どうした、という感じの表情で、彼は振り向き、息子の姿を見やった。
そこには顔を赤らめ、嬉しそうに微笑む姿があった。
「慎、どうかしたのかい?それより、顔が赤い、風邪をひいたら大変だ」
その姿を見て彼は少し慌てて息子に近付き、身体に触れようとしたが、彼はする
りと身をかわすと、そのまま雪道を進み出した。
冬、雪が世界を覆う季節。
彼等の住む村は高い山の中腹にあり、そこには毎年多量の雪が降り積もる。
何も起こらない、平和な時。
二人は並んで家路へ着く。
ただゆっくりと流れるだけの時間。
彼は…裕之はその時間に身体を委ね、思わず微笑んだ。
「父上?」
「ん?」
「うれしそうな顔」
よく見ているな、そう思いながら彼は内心苦笑する。
願わくは…この子が自分のように争いに巻き込まれないように…
この愛しいわが子には苦しみを味合わせたくはない。だから…この平和が続きますように。
そう思いながら彼は応えた。
「そうかな?それより、早く帰らなくっちゃ母さんに怒られてしまうな…」
「大変!早く帰ろ!」
そう言いながら駆け出すわが子を見ながらも、彼の心は穏やかだった。
了
(20051224)