――その森に足を踏み入れすぐさま感じたのは皮膚を刺すような空気であった。まるで森全体がひとつの生き物として、こちらを敵とみなしているかの様な……
 思わず身震いするのは茶髪の青年、マコト。
「あー、嫌な空気」
 思わず口からこぼれる言葉は皆同じ思いだったようで、頷きが返ってきた。
 しかしここを進まなければならない。
 よし、彼は気合を入れなおし、足を進める。






 
共に行こう
-語らい
 




 村の周りに広がる森に入った人びとが何者かに襲われる事件が頻発しているのは東の大陸は王都の西に位置する緑の村グリーニング。命からがら森から逃げだしてきた人の話を聞くと、木が動いた、だとか、花が追ってきた、だとか普通では考えられないことばかりであり、人びとは魔物が絡んでいるのではないかと推論した。
 魔物退治。村の人びとには難しい問題であったが、少し前に東の国が王が魔王打倒をはかり実力者を募り、全国に送り出していた。そして幸いなことか、この村で生まれ育った戦士が一人、それに名を連ねていた。
 戦士とその仲間を村へ呼び、村長は頭を下げた。
「この村を、お守りください」



 ――さて、森を進む一行に目を戻そう。
 木々が生い茂る森は薄暗い。明かりを持った剣士、鷹彦が先頭を歩く。槍を左手に持ち油断なくあたりに目を配る戦士、グリーニングの誇り、ジュンが続く。それに一行の中心、隼の剣士とも呼ばれる隼人に続き、魔法使いマコト、そして数歩遅れてうつむきがちに進む青年が最後尾を行く。
 この青年、名前は裕之という。身体能力も技術も素晴らしい若者だ。だが一つ大きな問題を抱えていた。動きが他の皆と合わないことである。狙ってそうしているとは考えたくないのであるが……
「ほら裕、早く来いよ」
「――すいません」
 マコトに促され距離を詰めるが、すぐにまた一歩二歩と離れる。
 と、隼人が一行を止めた。
 今まで数人が並んでも問題ない幅が確保できる道を進んできたのであるが、目の前でそれが二手に分かれている。
 先を見通そうとするが、道は曲がっているようで木々も茂り、更には薄暗くここから確認することはできそうにない。ただ、両者ともまだ先がありそうであった。
「どちらに行くべきか……」
 こんな中で二手に分かれるつもりはない。
 隼人は腕を組み、考えた。
「裕之くん、君が決めてくれ」
 その言葉に全員の目が一斉に裕之を向き、驚いた彼は数歩後ずさった。
「……し、かし」
 絞り出すような小声。裕之は完全にたじろぎ、目線から逃れるように俯く。
「おいおい、別に減るもんじゃないだろ?」
 そんな弱弱しい彼の背をマコトがばしばしと叩く。これで観念したらしい。彼はそれぞれをじっと見て……鼻につくかすかなにおいに気付いた。甘い香りだ。皆は気付いていないのだろうか……
「――こちらで、お願いします」
 頷き、左を指差した。においのしなかった方向を。



 鷹彦を先頭に五人は進む。しかし周りの様子に変化はなかった、動物の気配すらない。
 森が死んでいるのではないか……とさえ思えてくる。
「……」
 突然裕之が脇の低い木々が生い茂る方向を向く。あわてて鼻に手を当てていた。
「どうした?」
 当然気付かれる。鼻をおさえる素振りにマコトはくんくんとあたりのにおいを嗅ぐ。
 裕之はうなだれた。一瞬の間をおいて拳を握り、仲間たちに目を戻す。
「……あちらから、この香りが」
 何かを諦めたような静かな声で、右手の方角を指差した。
 だが、
「香り? ジュン、どうだ?」
「……私には分からないが……」
 仲間たちの反応に裕之は固まった。
「裕は鼻がいいんだね!」
 笑顔で声をかけてくる鷹彦の前で、彼は小さくうなずくことしかできなかった。
「……皆様には……分からない……」
 裕之だけが気付いた。これが意味することは……
 立ちつくす裕之をよそに、マコトと鷹彦は腰のあたりまでの高さの木々や草をかき分け、先の様子を確かめていた。
 一方ジュンは裕之の様子の変化に気付き彼に目を向け、そして隼人は、
「裕之くん」
 彼の手をとり、優しく両手で包みこんだ。
「大丈夫、一緒に行こう」
「あ……」
 隼人の微笑みから逃れるように、裕之はうつむきがちに足を踏み出した。先を行く二人を追う。
 ……草をかき分け、枝を避け、倒木を乗り越え、一行はしばらくすると木々が円形に全く生えていない一角に足を踏み入れた。
 なぜここだけ木々が生えていないのか。差し込む陽の光を見上げ、改めてこの場に目を向ける。円形の中心に何かがあった。少し近づくとそれが小さな小さな青い花をつけたひとつの花だという事が分かる。
 ここまで近づくと、マコトたちにもかすかに甘い香りを感じることができた。
「見たことないやつだな」
「何の花ですかね?」
 青い花。
 マコトと鷹彦の横を抜け、裕之がそれに近づく。屈み、花弁を覗きこむ――途端、
[お前は何をしようとしている]
 彼の頭に声が響く。低い、怒気を含んだような声が。
[お前はなぜ人間に協力する?]
「――ッ」
 思わずその場に尻もちをつき、彼は両手で耳をふさぐ。しかし全く関係ないように声は続く。
[お前は我らの王に歯向かうのか]
「ち、ちがう、ぼくは……」
「裕!?」
 裕之の変化に仲間たちが臨戦態勢をとる。彼らに反応するかのように、小さな小さな青い花はその茎を伸ばし、太く変化し、花弁も巨大化する。茎は数本に分かれ葉とともにうねうねと動き威嚇の素振りを見せる。
「こいつが……例の魔物か!」
 その足元で裕之は動けないでいた。人の背丈よりも大きくなった青い花の陰に彼がおさまる。
「ぼくは……どうしたいんだ……」
 頭を抱え、足に顔をうずめる。
 ――どうして隼人についていくのか。仲間たち……鷹彦にすら告げることのできない思いが彼の頭をめぐる。
(恩義……鷹彦のこと……魔王のもとに行かせてはならない……でも……今僕は隼人さまを魔王の下に近づけている……)
[お前は、人間の見方になり下がった]
 冷たく低い声で宣告され身体が震える。しかし彼に「違う」と言う選択肢は存在しなかった。現にこのように魔物退治に協力してきたし、魔王の居場所を探す旅にずっと同行しているではないか。
 この花に顔はないが、見下されている感覚に彼は陥り、恐る恐る顔を上げる。目の前にまるで樹木のように太い茎と自分の顔を飲み込んできかねない大きな花弁が目に入り……弱弱しくかぶりを振った。
「逃げろ、裕!」
 ジュンと鷹彦が両側から一斉に刃を突き刺すように茎に迫る。しかし自由に動き回る枝分かれした茎や葉が武器に絡みつくように伸び逆に持っていかれそうになり後ずさりする。
 ならばとマコトは片手を天に掲げ口の中で言葉を唱える。掌に力があつまり、それは炎と化した。
 炎は一直線に花に向かう。先ほどと同じように葉が邪魔をするが、その葉を焼き尽くすように火がまとわりつく。
 しかし「よし」と思ったのは一瞬だけだった。巨大な葉はうねり、近くの木々にぶつかる。衝撃で火の粉を払おうとしているらしい。ぱちぱちと炎のはじける音が周囲に広がり始める。
「ちっ」
 これでは花共々森が燃えてしまう。マコトは舌打ちとともに火を消す作業に入った。
 しかし中心の茎を邪魔するものはなくなった。槍を回転させながら抉るようにジュンは茎を突く。……固い、貫通することは叶わず、槍を引き抜くと彼は一度距離をとった。
 距離を置いて改めて花を見やるが、ダメージを受けた様子は見られない、大地と切り離さない限り倒すことはできないのかもしれない。何とか茎を切り落とさなければ、ジュンは花の根元に目を向ける。
 そこには頭を抱えたまま動けずにいる裕之がいた。彼をどかさなければ話は進まない。
「ふたりで敵を引き付けてくれ」
 隼人が刀を鞘に戻しながら言った。仲間たちはそれで彼が何をしようとしているのか察したようだ。
 鷹彦が駆けだす。彼を止めようと動きだした茎と葉に雷が落ちた、火を始末したマコトが後方から援護したのだ。
 隼人の進路を確保するように、ジュンが槍を回しながら進む。彼を盾にするように身を落とした隼人が続く。ジュンの槍先がふたたび太いに茎接近するところで隼人が素早く横に動く。力なく座る裕之の腰に両手を回すと力任せに引っ張り上げる。状況に気付いたらしい裕之の協力もあり二人はすぐに下がる。二人を追う茎はジュンの槍がたたき落とした。
 茎と葉の伸びてくる心配のない木陰に裕之を座らせ、隼人は優しく抱きしめる。
「裕之くん、私でよかったら話してほしい。君が何を思い、苦しんでいるのか。君は大切な仲間なんだ、君にそんな表情をしてほしくない」
 耳元で語りかけた。
「隼人、様……すみません……僕……」
 まだ混乱から完全に抜け出せていない裕之はどうしたらいいのか分からず、ただかぶりを振り続ける。そんな彼の頭を優しく撫で、隼人は立ち上がる。
「ちょっと行ってくるよ」
 あの花を倒しに。
 何も言えない裕之はその背中を見ることしかできなかった。



(僕は……何がしたいんだろうか……)
 花を囲むように仲間たちが位置どる。
(人間は嫌いだ。だが……隼人様は、素晴らしい方だ……)
 邪魔な自由に動き回る茎と葉を牽制すべくマコトが魔法を放つ。弱点である火をもう一度使う事を躊躇っているようだ、雷や風、水圧で動きを止めようとしている。
(魔王のところに行かせてはいけない……でも、隼人様には進んでいただきたい……)
 隼人、鷹彦、ジュンの三人が入れ替わり立ち替わりに斬撃を繰り返す。しかし大地からエネルギーを吸収しているのか、斬っても再生されてしまう。一撃で斬り落とす以外有効な手立てはないらしい。
(隼人様には進んでほしい……)
 無尽蔵な敵の体力に対し、避けながら攻撃の隙をさぐる隼人たち。分が悪いのは明らかであった。
(進んで……ほしい……)
 仲間たちを見つめるしかできなかった裕之の指が無意識のうちに動いた。両手を合わせ素早く印を組む。そして両手を握りしめた。
(僕は……隼人様のために……)
 指の間からぴしぴしと音を立てながら氷がはみ出してくる。両手を開き、太い茎に向けた――両手から冷気が噴き出した。
「! 下がれ! マコト!」
 真っ先に気付いた隼人はマコトに呼びかける。彼にはそれで通じた。裕之のちょうど反対側に駆けると二人で花を挟むように、冷気を、氷を指先から放つ。マコトの手には氷の精霊のちからを借りるための石が忍んでいる、人間の使う魔法よりも強力な精霊魔法だ。
 負けじと身体に力を込める裕之。二方向からの冷気に青い花はどうしようもなかった。力の源である大地から動くことができない。花の強さは同時に最大の弱点でもあったのだ。その身体を流れる水が、凍りつく……
 動きか緩慢になり、やがて花はしなしなとその身体を地につける。ついには葉から茎から花弁から凍りつき、細かなひびが表面を覆い――静かに砕けていった。
 はらはらと崩れ落ちる花。それは光にさらされきらきらと輝きを見せ、やがて消えた。


「ご迷惑をおかけしました」
 頭を下げ、裕之は言う。
「全く、心配させやがって」
「どうしちゃったの、一体?」
 仲間たちの表情は柔らかい。
「……あの……」
 少し言いよどんでから、彼はその場に両膝をつき、改めて深々と頭を下げる。
「僕は<忍一族>です。黙っていて申し訳ありませんでした」
 人間と同じ姿かたちをしながら人間とはかけ離れた力をもつ種族、忍一族。それは人びとから恐れられ、また嫌われる一族であった。
 彼は今まで自分の事を仲間たちに語った事はなかった。それは恐れられる、敵視される……様々な懸念があったからであった。
(もう、一緒に行くことはできないかもしれない。でも、伝えなければ……)
 頭を上げようとしない状況に、思わずマコトの手が伸びる。くしゃくしゃ。裕之の頭を掻きむしった。
「だから何だっつの」
 その言葉に驚き顔を上げる。
「隼人はいつも言っているだろう、我々は仲間だと」
「気にしないでいいんだよ」
 隼人にとって、裕之が忍一族かどうかなど問題ではなかった。
「君は私たちの仲間だよ、何があっても。種族なんて関係ない、私たちは皆分かりあえる。……そうだろう、裕之くん?」
「隼人様……皆様……」
 差し伸べられた手を、裕之は強く握り返した。




 そうか。裕之は思った。
 隼人様ならきっと魔王と話をしてくれる。魔王との戦いを回避できる。きっと。
 ならば、行こう。そう、思った。





20131107
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