エピローグ -It's a brand new day-
暖かい陽射しが降り注ぐ、ある晴れた日。 「う……ん……」 そう声を出しながら、裕之は目覚めた。 目線の先には天井。だが、彼はここがどこであるか、分からなかった。 身体を起こそうとした途端、身体に激痛が走った。傷はまだ治ってはいなかった。 そんな彼を、呼ぶ人物がいた。 「裕っ、無事でよかった」 その声は横――彼が横たわるベッドの隣からかかった。 彼はその声だけで、誰かを理解した。 「……鷹彦」 注意深くゆっくりと身体を起こす。鷹彦は手を差し伸べて、彼の身体を支える。 裕之は鷹彦に目を向けた。 幼い頃からの親友でありながら、25年間会うことが出来なかった大切な友が、そこにいた。 うれしそうに顔をほころばせる鷹彦。裕之も、懐かしさで思わず笑みがこぼれた。 「ずっと会いたかった……よかった、無事でいてくれて……」 「……ごめんな、俺も、君にずっと会いたかった」 二人は肩を寄せ合う。 そこで、裕之は言った。 「……君、何日間眠っていないんだ?俺を何日間看続けてくれたんだ?」 鷹彦は、少し恥ずかしそうに頭をかいた。 「やはり裕の目はごまかせないか……。3日だよ。裕が潤さんに抱えられながら久くんたちと一緒にここにやってきたのが3日前」 「……そうか。そんなに眠っていたのか。……アイレスは随分と深い眠りを俺に与えてくれたんだな。鷹彦、ありがとう。君が看ていてくれたから安心して眠れたよ」 裕之は鷹彦の頭をそういいながらなでた。 そういえば、小さい頃もよくこの頭をなでていたな……そんな思い出が裕之の頭の中にうかびあがってきた。 あの頃はとてもいい時間だった。両親は優しくて、沢山の友人がいた。そして、鷹彦が、弟のようにいてくれた…… 懐かしい過去の記憶。 目を瞑り、それに彼は少しの間、身をゆだねた。 鷹彦もそうしているようだ。だが暫くすると、すやすやと寝息が聞こえ始める。 「……ゆっくりとお休み。その後で色々話をしよう。君の見たもの、俺の見たもの……」 肩に倒れ掛かってきた鷹彦を、裕之は自分の膝の上に寝かせた。 彼は何日も眠っていなかったのだ。きっと裕之が目覚めたことにほっとして、今までの疲れが一気に出てしまったのだろう。 そんな彼を、裕之は優しく見守った。 暫くすると、部屋の扉がゆっくりと開かれた。 「よう」 そう裕之に声をかけながら入ってきたのは信と潤であった。 彼の膝の上で眠る鷹彦を見て、二人はふっと息を漏らした。 そんな二人に、裕之は頭を下げる。 「俺は、貴方たちに赦されないことをしてしまった。だから、どうされても、構いません」 「何を言っているんだ。裕、君は私たちの大切な仲間だ。それにな、隼人は最期に私に、君を守るように、と言ったんだ」 「隼人様が……?」 「何度も言わせるな、この馬鹿。俺たちは仲間なんだぞ。誰にもこの絆は邪魔できない。いいか、分かったな?」 信はそういいながら裕之の頭を何度もつついた。 何となく、こそばゆい気持ちになる。 ああ――変わらないな。裕之はそう思った。あの頃と、全く変わらない。 懐かしい過去の記憶よりも、彼らといたわずかな時間の方がずっと楽しくて、わくわくした、彼にとって実りある時間だったのかもしれない。 ぼんやりと、彼はそう思った。 三人は、その後暫く談笑していた。――25年という長い時間を別の世界で過していた裕之であったが、その時間は、すぐに埋まっていった。 相変わらず鷹彦は眠り続けている。 その時、こんこん、とノックの音がした。 顔を上げる3人。静かに扉が開き、入ってきたのは琴音であった。 「カナリア様が、山崎様をお呼びになっております」 「分かった、行こう。……鷹彦、またね」 膝の上の鷹彦をそっとずらして、彼はベッドから降りる。 信と潤を振り返り、彼は大きく頷いた。そして、琴音の後に続いていく。 「君、名前を教えてくれ」 「琴音です。この城の騎士団に所属しています」 「そうか。では、あの時いた、もう一人の女性は?」 「久志さんですね。あの方も、隼人様の孫なんです。久くんの生まれる前に養子に出された、と聞いています」 「――そうだったのか……だから彼女は……」 裕之は腕を組み、そう呟いた。 彼女のこちらを睨んできた表情……それを思い出し、何故彼女がここまで自分を憎むのか、理解した。 そんな話をしているうちに、二人はおおきな扉の前に辿り着く。 二人は並んで、扉が開くのを待った。 扉がゆっくりと開かれて、その先に二人は進む。 二人と入れちがいに、何人か鎧を纏った兵士が出てくる。 裕之の前に現れたのは、高い天井の部屋。 部屋の先は少し高くなっていて、そこに豪華な椅子があった。そして、そこに一人の男が佇んでいる。 年齢は……久よりは上だろうが、若い。 そう思いながら彼がゆっくりと歩を進めていると、その男は椅子から立ち上がり、こちらに向かい歩いてきた。 そして、裕之の目の前までやってくると、いきなり頭を深く下げた。 「私の父が、貴方のご両親を己の快楽のために殺してしまったことを、亡き父に代わり、謝りたい」 ――虚を突かれた。 裕之は一瞬理解できなかったが、すぐさまその場に跪く。 だがその男は……この国の王カナリアは、彼に手を差し伸べた。 「すべて久たちから聞きました。私はあなた方の事を知らなかったのです」 「貴方は……」 「私は魔王の言うことを信じようと思う。それには沢山の苦労があるかもしれない、そこで、貴方にも手伝っていただきたい、この世界から争いを消すために」 そういって、カナリアは裕之を立ち上がらせた。 その目をじっと見て、裕之も、自分の願いをそっと、口に出した。 「<忍一族>は人間と争う気はない。人間を憎む仲間もいるが、きっと分かってくれると思う。それに、普段<魔物>と呼ばれる彼らだって、そうだ。アイレスはすべてのものが共存できる国を、作りたいと思っている」 人間を一度は憎んだ自分であるが、人間と触れ合うことによって憎む心は消えていった――だから、絶対に分かってくれる。彼はそう思っていた。 「私はそれができると思うし、それがアイレスの願いだ。貴方がその願いを実現しようとしてくださるのなら、私たちはその手伝いを全力でする」 そういうと彼はカナリアに微笑みかけた。 もとより少し女性的な、均整の取れた美しい顔立ちをしている彼である。それゆえにその微笑みはこの場にいた全員の心を揺らす。 女性だけでなく男性さえも、その頬をかすかに赤らめていた。 「山崎さん!」 壁際にいた久が駆け寄ってくる。 「――君には、なんて侘びればいいのか分からない。君は俺を恨んでも憎んでも構わない。それくらいのことをしてしまったのだからな」 「山崎さんは僕を何度も助けてくれたじゃないですか。僕は、貴方にあこがれているんです。だから、遠くに行って欲しくないんです。それに、僕はやらねばならないことを見つけましたから」 「……ありがとう」 その言葉を聞いて裕之は再び微笑んだ。今度の笑みは、久だけに向けられたものであった。 そして彼は、 「俺も、やらねばならないことが随分と出来たな。そろそろ、失礼しよう」 そう言うと、ふっと姿を消した。 久は慌てて窓際に寄る。そこから、外を眺めた。 ――その目線の先に、いた。 美しい飛龍、空が大空を舞う。その背に、彼の姿が見えた。 飛び去る飛龍を見送る久たちの中に、新たな思いがもう息づいていた。 少しづつであるが変わり始める人々のものの見方。 最初は目に見えないゆっくりとしたものであった。 だがそれは、やがて大いなる理想の実現へと近付いていった。 世界が、変わり始めた。 一つの出会いによって―― |
夢の別の名前 光と闇の追複曲編 完
20060409
20070711改訂