第十話  最期の刻



 ティーユの許に山の都の戦いの詳細な報告が伝わり、砂の国の中心へ攻め込む準備が整い、進軍命令を出した後、彼の許に予想外の報告が飛び込んできた。
「ティーユ様っ!」
「大変ですっ!」
 報告にきたのは勿論ハルとアキ。
 何だ。顔を上げるティーユに、
「月の国に攻め込んだ砂の国の軍隊が」
「壊滅的打撃を受けた模様です」
 思わずティーユは立ち上がった。「本当か!」
 一体何が起きたのだろうか。
 もしかしたら月の国には他国の情報を得る何かしらの手立てがあるのだろうか……だとしたら厄介だ。
 腕を組んで今後の月の国に対する対策を考えなければな、と思った。



     ―砂漠の戦い 砂の国―

 騏驥を遣わしギリギリのところで連れ戻した軍隊をオアシスにある砦の周りに配置する。
 ここは天然の要塞。
 砂漠に慣れない者が簡単に進めるはずはない。
 只一つ。問題があるとすれば。ここが本当の最後の砦だ、ということであった。
 椅子に座る武康。
 その隣で敵の様子を視続ける雅。
 部屋の隅にそっと立つ騏驥。
 緊迫の雰囲気である。

 敵が来る。
 この日は不運なことに風は弱く、砂で前が見えなくなることはない。
 そして敵の姿は肉眼でも遠くに見えた。
 武康たちは屋上へ上がり、指示を出す。
 北から草原を通りやってきた敵と、東から海を越えやってきた敵を。
「黒い影が、近付いてきます」
「密かに潜り込み、中を攪乱させる気か。
 ……騏驥」
 すっと武康の後ろに騏驥が跪いた。
「中に来る奴らはお前に任せる。頼むぞ」
「はい」
 騏驥は深く頭を垂れた。
 彼は静かに武康のもとを離れると、すぐさま下層部に向かう。
 黒い影……誰がそうであるか、騏驥には大体気配で分かる。
 彼は懐から短刀を取り出し袖にそっと隠した。
 砦の端、人が一人やっと通れるくらいの僅かな隙間がある。
 雅を信じれば来るとしたらこの方角。
 息を殺し物陰に隠れる。
 少しして、かすかに空気が揺れた。
 影が飛び込んでくる。
 そこに、飛び掛った。
「……お前達の一族は、間違っている」
 声を上げることなく飛び込んできた敵は崩れ落ちた。
 口の中に突っ込んだ手を抜き、拭う。
 一突きで終わっていた。
「そう。間違っている。私達を誤解している」
 短刀を引き抜き、騏驥はそのまま背を向けた。
「お前達の好きな様には、させないよ」



     ―砂漠の戦い 海の国―

 シオンは海から砂漠に入った。
 砂漠……初めて来たが、想像以上の場所であった。
 進もうにも、足を砂にとられ上手く歩けない。
 そして何よりも、暑い。
 鎧を着こんで進むには、大変である。
 人はこのようなところで生きられるのか……彼は、感心した。そして武康の凄さを感じた。
 しかし進まなければならない。
 自国のために。
 シオンは周りを率いて進みだした。


 アルダーは草原から砂漠に入った。
 不毛の地。
 砂漠を見てまずそれを感じた。
 成程、砂の国が他の地を欲しがる理由がよく分かった。
 ここは人が、いや生物が生きていくには、辛く、難しい場所だ。
 馬は砂に足をとられ進むのに苦労しているようであった。しかし大きな戦力である馬を置いていくわけにもいかない。
 目指す場所はそう遠いところではない。方位磁石を片手に一行は進み始める。


 そして。
 二つの方向から進んだ軍、両方の目に、目指す場所……砂の国の中心、オアシスを囲うように作られた石造りの砦が遂に捉えられた。
 足場の悪い中での白兵戦が始まった。
 やはり慣れていない分こちらが不利であった。しかし、それは想定の範囲内であった。
 アルダーは率いてきた大量の魔法使いを広範囲に散らし、一斉に魔法を放つよう命じた。後方から砦そのものにダメージを与える考えである。
 炎、雷、水……様々なものが兵達の頭上を越えて石造りの壁にぶつかる。
 そのたびに大きな音が鳴る。
 それは兵達の心理を揺さぶった。
 海の国の兵達にしてみれば、景気付く一方であるが、逆に砂の国の兵にしてみれば本陣が落ちてしまうのではないかと気が気ではなくなっている。
 その中へシオンたち魔法騎士団が突入した。
 彼らが剣を薙ぎ払う度に敵は後退する。
 形勢はこちらに傾きつつあった。
 そしてシオンは遂に砦の扉に辿り着いた。
 木製の扉に魔法で炎を作り出し、叩きつける。ばちばちと音が鳴り、煙が上がった。扉はあっさりと崩れ落ちた。
 砦の中は砂、といよりも土であった。外よりも遙かに歩きやすい。
 外の事はアルダーに任せ、シオンたちは中に滑り込む。
 その脇を、【彼ら】がすり抜けていった。彼らには何か目的があるようだ。知る由もないが。まあ、敵を攪乱してくれる分にはこちらとしても好都合である。
 遠くから見上げ、武康の姿を確認していたシオンはその姿があった建物を目指して駆ける。その周りに彼の腹心の部下が彼を守るようにつく。
 建物の密集する地帯では敵も広がることが出来ず、シオンたちを止めるまでには至らなかった。
 扉を蹴り破り、彼らは砦の中で一番高く、堅牢に作られた建物の中に身を投じた。敵が殺到するが、シオンに捌けないほどのものではなかった。
 一撃で敵の行動を封じるよう足や武器を持つ腕を斬り、先へ進む。
 階段を上がり、遂にシオンは武康の許へ辿り着いた。



     ―砂漠の戦い 砂の国―

 武康は壁に立てかけてあった大剣を掴んだ。
 敵がこの建物の中にまで入ってきた事は分かっている。
 彼の左右には雅と騏驥。
 共に戦ってきた部下がいた。
「……武康様。砂嵐が間も無くきます」
 雅が囁いた。
「駱駝の準備もできています」
 騏驥も言う。
 武康は頷いた。
「丁度奴らも来たようだ。最後にひと暴れしてやるとするか」
 大剣を担ぎ、肩に乗せて武康。
 雅も剣を抜き、騏驥も短刀を両手に持った。
 同時に扉が開かれ、数人の男達が姿を見せる。
 雅の情報によると、【魔法】を剣にまつわりつかせ属性をもつ攻撃をしてくる、ということであった。
 だが、そんな事武康には関係ない。
 敵が魔法を唱え始める前に一振り……一閃。
 その勢いに敵が怯んだ。
 そこに騏驥が突っ込む。両手の短刀を器用に扱い、敵の急所を的確に狙った。まず一人が倒れる。
 しかし、
「武康様、後ろッ」
 雅の叫びが上がった。
 窓の外から新たな敵が迫ってきた――【黒い影】だ。
 武康の壁になるべく雅が立ちはだかる。
「馬鹿!」
 武康が雅の腕を掴み引っ張った。
 お前では無理だ。彼は黒い影に向かった。
 お前は【その時】を待て。あと僅かなんだろう。
 彼は剣を振るう。
 【黒い影】も刀を振りおろした。
「武康様、きます……!」
 そして少しの後、雅が言った。
 同時に武康と騏驥が動く。
 武康は剣を持ったまま雅の腕を掴むと、敵の攻撃を逃れ窓の外に飛び出した。
 追おうとする敵らに騏驥が立ちはだかる。
「少し眠っていなさい」
 言いながら騏驥は右手の掌を前に出した。
「……眠りなさい」
 もう一度言う。
 すると、がたん、音がした。
 敵たちが皆手にしていた武器を落とし、がくりと床に膝をついたのだ。
 騏驥はそれを確認することなく、二人を追って窓から飛び出た。
 そのときにはもう砦は砂嵐に飲まれていた。砂嵐を経験するのは初めてなのであろう敵たちは、只騒ぎ、呆然とし、戦闘どころではなくなっているようだ。当然だろう。
 その中で目的を持って動くのは彼だけであった。
 人々の間をすり抜けるように駆け抜け、砦の入り口近くにいた駱駝に乗ると、そのまま砦を離れた。
 そして予てから約束していた場所……とは言っても目印があるわけではない……へ向かう。そこには武康と雅が待っているはずである。
 騏驥は砂嵐の中移動する。
「騏驥!」
 案の定声がかかった。
 武康と雅が一頭の駱駝に乗ってこちらに近付いてくる。
「……武康様!?」
 武康の様子が少しおかしかった。
 慌てて近付く。
「斬られましたか……」
「……はやく離れるぞ……」
 肩から腹部への傷を布で押さえながら、武康は言う。
 だが二人の目にはどう見ても進むのは無理に思えた。
 しかし、駱駝のわき腹を蹴ると、命令を受けた駱駝は動き出した。
 滴り落ちる血。それを拭えるものはこの場にはなく、血は彼の足を伝って地に落ちる。
「雅、先を【視ろ】……!」
「……武康様はいなくなりませんよね? ずっと一緒にいてくれますよね……?」
「おれは……死なん……けっして……!」
 雅の瞳から涙が零れだした。
「武康様……武康さまぁっ……」


 

 ……そしてこの後、武康たちの姿を見たものは、誰ひとりいなかった……



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20090918

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