語らい



「ふふふーん」
 この男、上機嫌であった。
 闇の街という名がついていながら明かりが差し込む昼ごろ、男は開店前のバーにためらいもせず入る。
「おやじさん、酒くれないか」
「……今日は随分と早いなァ」
 奥に佇む店主。訪ねてきた男は常連であり、遠慮もない奴であることは十分承知していた。文句を言いながらもグラスを用意し……
「いや、ここでじゃなくて、家で飲みたいんだ」
 店主はおや、と手を止める。珍しいことがあるものだ。毎晩のようにやってきては旅の女に絡む女好きのこの男が……
「いい女でもできたか」
「違うっつーに。古い友人が来るのさ」
 男は店主の興味ありげな表情をさっさとかわすと、懐から金を出し店でも上質な酒を一本受け取ると、上機嫌で店を後にする。
 いつもとは全く違う男の様子に、
「どうせ女だろォ」
 店主は笑った。

 酒瓶を手に入れた男は、まるでスキップでもしだすのではないかと思うほど上機嫌であった。
 近くの家の前にきてその足が止まる。家の前で男が待っていた。
「お招きありがとうございます、マコト様」
「裕、ジュン、よく来たなー!」
 超上機嫌の男、マコトがむかえたのは、かつての戦友である裕之とジュンであった。色々あったものの再開そして和解できたのだからじっくり話をしようじゃないか。マコトが裕之にそう呼びかけたのがきっかけだった。
 二人を家に招き入れ、洗い場からグラスと皿を取り出す。
「そーいや裕と酒を飲むのは初めてだな。最近はジュンも付き合い悪いし」
 机の上には二人が持ってきたつまみが並ぶ。
 ええと、燻製に野菜スティックと……美味しい酒が飲めそうである。
「お前の酒には付き合ってられん。今日は裕が一人だと心配だから来ただけだ」
「またまたァ。まあジュンはどうでもよくて、裕はあん時は敵意むき出しだったからなァ」
 ジュンの耳の痛い話は放っておき、出会ったころの事を思い出す。その後知ることにはなるが、様々な事情から行動をともにしたものの決して近しい存在ではなかった裕之は、マコトが毎日のように飲みに誘っても一度もついてくることはなかった。
 あれから時はあっという間に過ぎ、約25年……
 ジュンは改めて裕之を見る。一番変わったのは表情であろうか。笑顔、そしてとくに泣き顔などはかつてはまず見られなかった。それが今では。
「マコト様?」
 裕之の声にマコトに目をやると、彼の手が止まっていた。何か考え事でもしていたのだろうか。
「しかしなァ、裕、お前ずるいぞ」
「は?」
「何で外見変わらないんだよ」
 ああ、ジュンは納得しもう一度裕之に目を向けた。三人は同年代であるはずなのに、裕之は出会ったときからほとんど変化がない。若者といっても十分通じる。
「こっちはオッサンになったっつーのに。なあ」
「それは同意せざるを得ないな」
「それは種族が違うからで……怖い目で見ないでください」
 わかってはいるが、うらやましい。
「若けりゃモテモテだろ!あーうらやましい!よし、今日は裕を潰す」
 言うや否や、手を動かす。グラスに先ほどのいい酒を注ぎ、ぐびりと一口であおった。そしてもう一杯注ぎ、裕之の口にあてがい無理やり飲ましにかかる。
「今日は本気出す」「ええっ」
 流石にこれにはジュンの制止が入ったが、マコトの目は本気であった。
「だからお前と飲むのは嫌なんだ……」



 気付けばすっかり陽は落ち外は闇の街の本領発揮、であった。
 机に突っ伏し寝息を立てる裕之。顔も赤く、相当飲まされたのがよくわかる。
 方や飲ませた本人は、肉をつまみながら嬉しそうにその顔を見つめていた。
「変わったな、ホント」
 このような無防備な姿をさらけ出すことは以前では考えされなかった。いくら丸くなったとはいえ、流石にこのような姿は心を許せる人の前以外では見せられないだろう。心許せる人になれて、よかった。
「こいつがこんな風になるなんてな」
 昔は宿に泊まる時もベッドに横になるのではなく布団にくるまり壁に寄り掛かってうつむいて休んでいた、本当に寝ているかどうかもわからなかった。
「隼人が見たら喜ぶだろうなァ」
「そうだな」
 マコトとジュンは一瞬視線を合わせ、笑った。素直に。
 彼が変わった理由……折角三人が揃ったんだ。昔話でもしてみようか――



20130519
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