【叔父会話例】 ■終盤、叔父の帰還 喫茶店の二階に移り住むようになった俺たちは、いつも のように開店前の店舗の掃除に勤しんでいた。 店内に害虫でも出たら店の評判は一晩を待たずに地に堕 ちる。この業界では、毎日の掃除を欠かすような店に未 来はないのだ。 「やってるかい?」 玄関の掃除に勤しむ俺に話しかけてきたのは初老の男性 だった。逆光になっていて顔は見えないが、年季を感じ させる低音の声と、若者にはよほど似合わないであろう ストローハットを見るに、年のころは五十代程度と推測 できる。 「申し訳ありません、ただいま準備中でして」 「おやァ、俺がやっていた頃はもうとっくに開けてたん だがなあ。だらしないぞ、青年」 「は……?」 影でで見えないその口元が、少しだけニヤリと笑ったよ うな気がした。 「叔父さん!」 店内で掃き掃除をしていたはずの○○が、幽霊でも見た かのような顔をして叫んだ。 「おお、○○! ブハハ、なんだその格好!」 「叔父……さん? なのか?」 「なんだ、俺の事は覚えてたのに叔父さんの事は忘れち ゃったのか?」 「いや……、そういうわけでは」 先ほどから必死で記憶を探っている。探っているのに、 俺の記憶の書庫からは、叔父さんの姿、いや、顔だけが 抜け落ちたようにさっぱり出てこない。 「と、とにかくほら、叔父さん、ここじゃなんだから」 「ああ、じゃあお邪魔しようかな」 談笑しながら店内へと向かう二人をよそに、俺の精神は この上なく混乱している。昔、あれだけ顔を合わせたは ずの叔父さんの顔が浮かばないのだ。もしかしたら、何 か重大な記憶障害に陥ってるのではないのか。 大丈夫なのか、俺。病院に行った方が良いのか、俺。 「どうした●●、頭なんか抱えて」 ○○が心配そうにのぞきこんでくる。 「いや、言いにくいんだが……、叔父さんの顔が思い出 せないんだ」 「かお?……、はははっ、そういうことか」 「……どういう事だ?」 「叔父さんの顔を見た事がある人なんて、俺の親父と じーさんばーさんくらいしか居ないんじゃないのか?」 ふと、在りし日の情景が脳裏をよぎった。 学校帰り、○○と一緒に毎日のように入り浸っていたこ の喫茶店。俺たちを見守っていてくれていたあの叔父さ んはいつも帽子を被っていて、その顔は……。 「俺は、叔父さんの顔を見た事が、ない……?」 「なぜかいつも顔だけ暗くなっててわかんないんだよな ぁ。この世の謎だよ、これは」 「おぉーい、なーにしてるんだ、お前ら」 叔父さんが店内からこちらを呼んでいる。 室内だというのに陰になっているその顔からは、いつか 感じた叔父さんの雰囲気が漂っているような気がする。 「あぁ、言われてみれば確かに謎だ……」 「ならもう考えなくてよし! さ、叔父さんに言う事が あるだろ?」 「そうだな……、ああ、その通りだ」 俺たちは二人揃って店内に戻って、叔父さんに向けて 「お帰りなさい、おじさん」 いつかのように笑って見せた。 ――――――――――――――――――――――――― 【ヒロイン父会話例】 ■中盤、ヒロインとの口論(本編では描写しない部分) *ヒロイン視点 「げっ」 時刻は夜九時。●●と別れて喫茶店から帰ってきた俺を 迎えたのは、他ならぬ俺のオヤジだった。いくらなんで も玄関で仁王立ちはないと思う。 「遅かったな」 この人はなぜかいつも不機嫌で、口を開けば小言ばかり 言う。正直言ってあんまり話したくない。 「まあね」 手をヒラリと振って、その場を脱しようと試みるも、オ ヤジさんは何か話があるようで、 「待て、話がある」 簡潔な言葉遣いでそう言った。 「そう」 疲れてるから早く風呂に入って寝たいんだけど。 言外にそういったニュアンスを込めたつもりなのだが、 いつも通り、まったく気付いてはくれない。 「部屋に来い」 そう言って、こちらの返事を聞く事も無く歩きだす。 もちろん、途中で振り返るような事もしない、この人は、 俺が自分の言う事を絶対に聞くものだと確信しているし、 実際、俺に拒否権はない。 「店はどうだ」 部屋に入って開口一番本題を切り出してくる。簡潔な物 言いは大変結構だが、実の息子に対しても容赦なく威圧 感を与えるのはどうかと思う。 「まあ、順調なんじゃないの」 「はっきりと答えろ」 「順調順調、すごく順調」 「そうか」 「ああ」 「…………」 「…………」 無言。 この人との会話はいつもこうだ。二言程度言葉を交わせ ば、それでもう終わり。もうちょっと話す事もあるだろ うと思うのに、きっと世間話は好きじゃないんだろう。 「……、●●君はどうだ。良くやってくれているか」 オヤジと●●は性格が似てるせいか、意外と仲が良かっ たりする。 「あー、うん、すごく助かってる」 「お前と違って出来が良い子だ。大事にしろ」 「……は?」 少しだけカチンと来る。比較されたのはまだいい、ただ、 あいつに利用価値があるみたいに言われたのが、個人的 にひどく腹が立つ。 「それ、どういう意味だよ」 「彼との関係を大事にしろという意味だ」 「はっ、はは、だからさぁ、それがどういう意味かって 聞いてるんだよ」 「言った通りの意味だ。彼は逸材だから、良い関係を築 いておいて損はない」 「……〜〜っ!! クソオヤジ!! あいつはそういう んじゃないんだよ!」 「っ、……クソ、なんだと?」 「クソオヤジって言ったんだよ、このクソオヤジ! あ いつは善意で俺を助けてくれてるんだ、利用価値がある みたいに言うな!!」 「い、いや……、それはだな……ちが」 「しっ……ん〜! バーカ!」 ――――――――――――――――――――――――― 【コメント】 ○○→ヒロイン ●●→主人公 叔父会話例は、立ち絵を使わない文に挑戦。 父会話例は、ヒロイン視点での分に挑戦してみました。 ヒロインの言葉遣いが、マンガによくいる不良Aみたい な感じになってしまったのが心残りです。 ちなみに一番最後「しっ……ん〜! バーカ!」という セリフは「死んじまえ!」というセリフを飲み込んで苦 し紛れにバーカと言ってます。