AngelRing
とある、秋の日の話。
三上智也は階段から落ちそうな女の子を助けようとして、逆に自分のほうが階段から落ちた。
「智也ー、起きてー」
ある病院の屋上で天使の私―――生前の名前は桧月彩花―――は隣で気絶している三上智也の幽体を起こしていた。
「うう…………」
「うーん、相変わらず寝起きが悪いわね」
そういう問題じゃない気もするけど。
「う……うーん……」
あ、反応があった。
「おはよう、智也。目が覚めた?」
とりあえず、智也に声をかけてみる。
ちなみに、今はもうお昼だけどその辺はあまり気にしない。
「あ、おはよう、彩花……」
まだボーっとしているみたいで普通に挨拶が返ってきた。
「……って、彩花!?」
暫く間があいた後に智也が思いっきり驚く。
まあ、普通死んだ人間が目の前にいたら驚くと思うけど。
「智也、久し振り」
楽しそうなのでごく普通に話しかけてみる。
「あぁ、久し振り。……じゃなくて、なんで彩花がいるんだ? 夢か?」
「一応現実だよ」
ある意味、夢みたいなものかもしれないけど。
「どういうことか全然解らないんだが……」
私も今のは全然説明になってないと思うけど。
何から説明しようかとちょっと迷った後話し始める。
「うーん……。智也、私の頭の上を見て」
自分の頭上を指差しながら言う。
「……天使のわっか?」
「そう。天使の証、エンジェルリング」
「……天使の証?」
「そう、証。今の私は『天使アヤカ』よ」
ちなみに、天使になると名前は片仮名で名前だけになるのがルール。
智也には片仮名か漢字かは解らないと思うけど。
「……ギャグ?」
智也は暫く沈黙した後、そんなことを言ってくれた。
「……それは、『私に天使は似合わない』という意味?」
ちょっとジト目で智也の方を見る。
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ、どういうことなのかしら?」
「え、えっと、それでなんで彩花がここにいるんだ? と言うか、オレはどうなったんだ?」
智也、誤魔化しに
「智也、自分に何があったか憶えてないの?」
私が教えてもいいんだけど、誤魔化したかわりに自分で思い出してもらうことにしよう。
「えっと、確か駅の階段で何処かの女の子が足を滑らせて、とっさに手を掴んで引き戻して……」
そこまではよかったけど、確か自分のほうが落ちて……」
本当、後先考えないで行動するんだから。
でも、考えてたら助けられないか。
「ちゃんと憶えてるみたいだね」
「ああ。……ってまさか、オレって死んだのか?」
予想通りの結論。
だから私も用意していた言葉を紡ぐ。
「大丈夫。智也はまだ生きてるよ」
「そっか。……じゃあ、オレは今どうなってるんだ?」
「簡単に言うと、幽体離脱だよ。肉体から魂が離れちゃう、アレ」
細かく言えばまた違うんだけど、今は必要じゃないので簡単に説明。
「あ、それと、意識が戻れば肉体の方に戻れるから心配しないで」
多分訊かれると思うから、先に説明。
「そっか。死んでなくてよかった……」
智也は安堵したようにそう言った。
私はそんな智也に話しておきたいことがあった。
結構話しづらいことだけど、覚悟を決めて話し始める。
「ねえ、智也」
「なんだ、彩花?」
「……私が死んだときのこと、憶えてる」
私の表情が少し曇る。
「……あぁ、もちろん」
智也の表情も少し曇る。
「智也、彼女を同じ目に合わせるかもしれなかったんだよ」
やっぱり、自分が死んだときの話をするのはちょっと辛いけど……。
「……っ」
「今度からは気をつけるように」
時間が来る前に、これだけは言っておきたかったから。
「……はい」
智也の答えを訊いて、とりあえず納得した。
「ホラ、彼女がきたよ」
「えっ!?」
私の視線の先には、こわばった顔でタクシーから降り立った、彼女の姿があった。
「軽い脳震盪ですから、心配ありません。すぐに目を覚ましますよ」
「ありがとうございました」
彼女は少しだけほっとした表情で、病室を出て行く看護師さんに頭を下げる。
私と智也は彼女の近くにいるのだけれど、当然彼女から私たちは見えない。
そして、彼女はベッドのそばに跪いて、眠ったままの智也の手を握った。
彼女の不安そうな表情と、智也のまいってるような反省しているような表情を私は順番に見ていた。
もう一度屋上に戻って話し始める。
「智也、反省した?」
「……ああ」
「あんまり彼女を泣かしちゃダメだよ」
智也を泣かせた私が言うのも変だけど。
「解ってる」
それでも、智也は大きく頷いた。
「その言葉が聴けてよかった」
私は満足そうに微笑んだ。
「……そういえば、彩花?」
「何?」
「なんで、アイツの事を知ってるんだ?」
多分、彼女とのことを言っているのだろう。
「だって、私は天使だから」
「……意味解らないんだが」
「天使だから地上の様子を見に来ることもできるの。私が天使になったのも智也たちを見守るため」
智也に、唯笑ちゃん。それにみなもちゃん。ちょっとした心残りは多かったから。
見守るだけで特に何かできるわけじゃないけど、それでも私は天使になるために頑張った。
天使試験はちょっと難しかったけどね。
「ずっと見守られてたのか」
「そう。だから、今日智也がプロポーズするつもりだったのも知ってるよ」
そう。智也は指輪を買って帰る途中で階段から落ちたんだよね。
「うぐっ……」
「ダメだよ、そんな日に心配かけたりしたら」
「っ……。解ってるよ……」
智也は拗ねて向こうを向いてしまった。
私としてはもう少し智也をからかいたかったんだけど……。
「……智也、そろそろお帰りの時間だよ」
一緒にいられるタイムリミットまでは、あと少しだった。
「時間?」
拗ねていた智也がこちらを振り向きながら言う。
「そう。智也が目覚める時間。そして、私たちのお別れの時間」
私は少し微笑みながら言った。
多分、少し寂しげな笑顔だと思うけど、智也は何も言わなかった。
「そっか、もうお別れか」
智也も少し寂しそうな笑顔だった。
私と別れることが寂しいと思ってくれることが、やっぱりちょっと嬉しかった。
「もう、私に会うことがないように気をつけてね」
私に会うということは、普通は命を失うということなのだから。
「解ってるよ……」
智也は苦笑しながらそう言った。
「それじゃ、智也、バイバイ」
「じゃあな、彩花」
そんな風に、私たちは別れの挨拶を交わす。
「あ、智也」
「ん?」
「結婚式にはプレゼントをあげるね」
「……は?」
智也は何のことかか解らないって顔をしているけど、説明はしてあげない。
「じゃあ、智也。元気でね」
それが、智也へ向けた、別れの言葉。
私が智也に送る、最後の科白だった。
「うん、大丈夫みたい」
視線の先で、智也は彼女に謝って、そしてプロポーズしていた。
病室のなかにはふたりの笑顔。
今はもう心配することは無いよね。
「智也、もう彼女を悲しませちゃダメだよ」
そう呟いて、私は病室を背に飛び立った。
半年後、春に行われた智也たちの結婚式には少しだけ雪が降った。
春に降る暖かい雪。この雪を頬にうけた人は倖せになれるという。
天使の涙(エンジェル・ティアー)と呼ばれる天使からの贈り物だった。
作者(以下作)「管理人初のメモオフSS、『AngelRing』でした」
衛「後書きアシスタントの衛です。読んでいただいてありがとうございました」
作「本当に感謝です」
衛「えっと(台本確認)、今回の反省等は?」
作「今回はタイトルに迷いました。いろいろ考えたけど結局簡単につけました」
衛「それじゃ、彩花さんについては?」
作「個人的にお気に入りなので。生きている話も考えたけど今回はこういう形にしました」
衛「あと、天使について」
作「死亡した人間の幽体が天界で天使試験を受けて、合格すれば天使になれます。
普段の仕事は死者の魂を天界へ導くこと。
ほか、地上の様子を見に行ける、エンジェル・ティアーを降らせることができる、などがあります」
衛「なるほど、色々あるんだね」
作「他にもいくつかあるけど、それはまた別の機会に」
衛「最後の質問。智也さんは誰にプロポーズしたの?」
作「秘密。あえて本編でも『彼女』という言葉を使って特定できないようにしました」
衛「ナイショなんだね」
作「そういうことでご了承ください。皆さんでお好きなヒロインを当てはめてください」
衛「ご自由に決めてください」
作「では、後書き(と書いてフォローと読む)はこの辺で」
衛「読むのにかかった時間分は楽しんでいただけますように……」
作「それでは、次のSSでお会いしましょう」
(2003年10月22日掲載)
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