FairyGirl
栞が復学して一月ほど経って世の中はゴールデンウィーク。
そんな中、祐一と栞は二人で出かけていた。……一般的にデートと言われるやつである。
そして、一日めいいっぱい遊んだ帰り道に栞が祐一に話し掛ける。
「祐一さん」
「どうした、栞?」
「今から、あの噴水のある公園に行きませんか?」
「公園に? 今からか?」
ちなみに、そろそろ暗くなる時間である。
「はい、今からです」
「……でも、もう暗くなるぞ」
心配そうに言う祐一。
「大丈夫です。祐一さんがいますから」
「……それはそうだけど、今日じゃないとダメなのか?」
「はい。今日じゃないとダメなんです」
「そうなのか?」
「はい。……決心が鈍りますから」
何の決心だろう? と考える祐一。
「何かそんな決心しないといけないことでもあったのか?」
「はい。話しておきたい事があるんです」
……栞は真剣な顔をして言った。
「そのためにあの公園に行きたい、と」
「はい。あそこでならちゃんと話せると思うんです」
何か重要な事を話そうとしているのは祐一にも理解できた。
「……解った。じゃあ、公園に行こうか」
「はい」
そして、祐一と栞は公園にやってきた。
……ちなみに、着くまでの間は何故か二人ともに無言だった。
「……着きましたね」
「あぁ、そうだな」
公園は雪がなくなったこと以外は全然変わっていなかった。
……公園がコロコロ変わったら怖いですが(作者ツッコミ)。
二人でベンチに座って公園を眺める。
「祐一さん」
「どうした、栞?」
「訊かないんですか?」
「え? あぁ、話したくなったら話しはじめてくれ。いくらでも待つから」
「はい……」
そのまま無言になる栞。そして、10分くらい経って栞が話しはじめた。
「祐一さん、聴いてください」
「あぁ、解った。それで、話って何の話だ?」
「……私の病気についてです」
「病気? 治ったのに今更病気についての話なのか?」
祐一がそう言うと、栞は少し顔を伏せて言った。
「病気は全然治ってないんです」
「……どういうことだ?」
祐一の声が緊張していく。
「あ、心配しないでください。普通にしていればもう命にかかわる事はないですから」
「そうなのか」
栞の言葉を聞いても祐一はまだ少し緊張していた。
「祐一さん、見てほしいものがあるんです」
少し緊張した顔でそう告げて、祐一の前に立つ栞。
そしてポケットの中で何かを操作した直後……
キィィィィィン
……澄んだ、ガラスを打ち合わせるような音が聞こえた。
栞が一瞬光に包まれ、その光が収束して、そして……
「……羽?」
栞の背中に蒼い蝶の羽のようなものが現れた。
「はい、羽です。……これが私の病気の証です」
栞が話しはじめたが、祐一はボーっとしたような表情をしていた。
「……祐一さん、どうしたんですか?」
「えっ!? あぁ、綺麗だったから見とれてた……」
栞の問いかけを素で返す祐一。
「……って、俺今凄く恥ずかしいこと言わなかったか?」
「恥ずかしいです。……でも、嬉しいです」
二人しててれる祐一と栞。
「えっと……それで結局その羽は何?」
多少強引に話を戻す祐一。
「え、あ、はい。えっと、それでは話しますね」
微妙にシリアスモードに入る二人。
「この羽が私の病気の証なんです」
「病気の証?」
「はい。高機能性遺伝子障害、通称“HGS”と呼ばれる病気です」
「HGS? それが栞の病気なのか?」
「はい。HGSとは……」
HGS――――高機能性遺伝子障害。
変異性遺伝子障害と呼ばれる特殊な病気。
数万、数十万人に一人の割合でしか存在せず、非常に幼児死亡率の高い先天疾患である。
そのため、近年までその存在すらも確認されていなかった。
そして、この病気の患者の中で、20人に1人くらいの割合で超感覚的知覚―――超能力を使える者がいる。
この超能力を使える場合をのことを特別に高機能性遺伝子障害、通称HGSと呼ぶ。
「……そして、HGS患者は超能力のほかにこのような光の翼、『リアーフィン』を持つのも特徴なんです」
背中の蝶の羽を指しながら言う栞。
「だから、病気の証なワケだ」
「はい。あと、この翼は人によって形状や色が違うんですよ。そして、能力の方向性と副作用も変わってきます」
「能力の方向性? 副作用?」
栞に質問する祐一。
「はい、順番に説明しますね」
「あぁ、頼む」
そして、説明をはじめる栞。
「えっと、能力の方向性というのは言葉通りです。能力の種類、でもいいかもしれませんね」
「種類? 例えばどんなのがあるんだ?」
「念動とか、精神感応とか、透視とか、色々あるみたいですよ」
「ふーん。で、栞は何が使えるんだ?」
「私が得意なのはアポートとトランスポートです」
「アポート? トランスポート? ……聞いた事無いぞ」
首を傾げる祐一。
「……確かに、少しマイナーかもしれませんね」
少し苦笑しながらそう言う栞。
「俺はマイナーだと思うぞ。で、それはどんな能力なんだ?」
「うーん、直接見たほうが早いかもしれませんね」
「それはいいけど、身体は大丈夫なのか?」
心配そうに訊く祐一。
「よっぽどの無茶をしない限りは大丈夫ですよ。そうでもないと世の中に超能力者はいません」
「……まぁ、栞が大丈夫って言うんなら大丈夫だろう」
「そうですよ。では、ちょっとこれを持っていてください」
言いながら祐一にストールを渡す栞。そして、少し祐一から離れる。
「では、いきますよ」
手を前へ差し出す栞。そして……その手の上に祐一が持っていたはずのストールが現れる。
「え? あれ? ストール?」
何が起こったかわからずに混乱する祐一。当然、祐一の手にあったはずのストールは消えている。
「はい、祐一さんに持っていてもらったストールです」
「えっと、今何が起こったんだ?」
「チカラを使ったんです。これがアポート――――物体を引き寄せる能力です。そして……」
今度は栞の手の上にあったストールが消え、祐一の頭の上に現れる。
「これがトランスポート―――――物体を移送する能力です」
栞が説明するが、祐一は呆然としていてちゃんと聴いていないようだった。
「祐一さん、聴いてますか?」
「え、あぁ、一応……」
「ならいですけど。それで、今見せたのが私の得意技のアポートとトランスポートです」
「……と言われても、何が起こったのか全然解らなかったんだけど」
まだ少し呆然としながら言う祐一。
「そうですか。直接見せても驚かせるだけだったみたいですね」
「悪い」
「いいですよ。では、もう一度説明しますね」
「あぁ、頼む」
聴く態勢に入る祐一。
「祐一さん、テレポートは解りますか?」
「まぁ、それくらいなら。瞬間移動とかいうアレだろ」
「大体そんな感じですね。そして、アポートもトランスポートもテレポートと同じ系統の能力なんです」
「そうなのか?」
「はい。テレポートは自分自身が移動するわけですが、アポートやトランスポートは自分以外の物体を移動させます」
その言葉を聴いて祐一は気付いた。
「だからストールがあんなふうに移動したわけだ」
「はい、そういうことです。さっき言った通り、アポートは引き寄せでトランスポートは移送です」
「ふーん、なるほどね」
納得顔の祐一。
「ちなみに、アポートを使うとこんな事も出来ますよ」
栞がそう言うと、差し出された栞の手の上に財布が現れる。
「……栞、その財布ってもしかして……」
「はい、祐一さんのお財布です。あ、ちゃんと返しますよ」
言いながら栞は祐一に財布を返す。
「……しかしこれからは栞にいつのまにかお金を取られているかもしれないな」
「むー、そんなこと言う人、嫌いです。そんなことしませんよ」
頬を膨らませながら言う栞。
「はっはっは、悪い、栞」
「むー、許しません。そんな事を言う祐一さんはこうです」
そう言って祐一の手を握る栞。
「……栞、何をする気だ?」
「もちろん、祐一さんに罰を与えるんですよ」
そのままチカラを集中する栞。そして、栞が羽をはばたかせたと思うと、ふたりの身体が宙に浮き始める。
「う……浮いてる……」
驚きながら言う祐一。
「テレキネシス―――念動力です。祐一さん一人連れて飛ぶくらい簡単です。このまま空中散歩しますか?」
対して栞は笑顔だ。
「わ……悪かったって。ちゃ……ちゃんと謝るから……」
必死に訴える祐一。高所恐怖症の祐一にとってはかなりの恐怖である。
「祐一さん、反省しましたか?」
「うん、反省した反省した。だからおろしてくれ!」
「解りました。それではおりますね」
ゆっくり地面に近付いていく二人。そして、着地。
「はぁはぁ……。し……死ぬかと思った……」
「だらしないですね、祐一さん」
命からがら、といった表情の祐一とずっと笑顔の栞
「仕方ないだろ。俺は高いところが苦手なんだから」
「でも、今2メールも浮いてませんでしたよ」
「それでも、高いところは苦手なんだよ。それに、栞がその気になってたらもっと高いところまで飛んでただろうし」
「当然です。それが嫌なら意地悪を言わなければいいんですよ」
「……前向きに善処します」
「むー。……まぁ、今回はそれで許してあげます」
少し納得の行かない表情の栞。
「そういえば、さっきはばたいてたけどその羽で飛んでるのか?」
無理矢理話を逸らそうとする祐一。
「違いますよ。あれはイメージで動かしていただけです。動かさなくても飛べますよ」
「ふーん、そういうものなんだ」
「はい、そういうものなんです」
「それで……どうですか、祐一さん?」
少し暗い顔になった栞が祐一に尋ねる。
「どうって……何が?」
「私のチカラ、気味悪かったりしませんか?」
栞は、自分が超能力をもっていることで祐一に嫌われないか心配なのである。
「栞、心配するな。そんなことで嫌いになったりはしないから」
そんな栞に笑顔で言う祐一。
そして、祐一に抱きついて泣き出す栞。
「お、おい、栞」
「よ……よかったです。祐一さんに嫌われなくて」
泣きながら続ける栞。
「私、祐一さんに嫌われないか、ずっと不安だったんです。
祐一さんのことは信じていましたけど、それでも不安は消しきれませんでした。
でも、今日嫌われてないって解ってよかったです」
「大丈夫。俺はそう簡単に栞を嫌ったりしないから」
「祐一さん……」
暫くの間祐一の胸で泣き続ける栞。
そして、そんな栞を抱き締めつづける祐一。
「祐一さん」
泣き止んだ栞が祐一に声をかける。
「栞、落ち着いたか?」
「はい、もう大丈夫です」
笑顔で応える栞。
「よし。それじゃ、帰るか」
「あ、待ってください」
「どうした、栞?」
「まだ、話してないことがあるんです」
「話してないこと?」
「はい。一番話しておきたかったことなんです」
「それなら……」
最初に話せばいいのに、と続けようとする祐一。
その言葉を遮って栞が話す。
「でも、このチカラの説明をしないと解らないと思いますし、
それに……祐一さんに嫌われないか不安もあったんです」
「そっか」
相手を信用していても、自分もこんな秘密があったら言いにくいだろう。そう納得する祐一。
「では、話しますね」
「あぁ。いくらでも聴くから、全部話してくれ」
そう言って、ベンチに座る祐一。栞もその隣に座る。
「私の身体が弱かった頃、翼はこの色ではなかったんです」
「そうなのか?」
「はい。黝い……いえ、もっと黒に近い色でした。そして、黒い翼の副作用により、私は病弱でした」
「そういえば、さっきも言っていたけど副作用ってなんなんだ?」
「簡単に説明すると、超能力を使うときにかかる身体への負担……でしょうか」
「身体への負担?」
「はい。何カロリーのエネルギー消費でどれだけの力が生み出せるか、みたいな話です」
「なるほど。それも、人によって違うわけだ」
「はい、そして、黒い翼の能力者は、その効率が著しく悪いんです。
それどころか、何もチカラを使わなくても体力を消費する事もあるんですよ」
「で、さっき言ったようにその影響で栞は病弱だったわけだ」
「そういうことなんです」
そこで一呼吸おく栞。
「もう駄目かと思ったとき、祐一さんの顔が浮かんだんです。『祐一さんの逢いたい』と、そう願い続けました。
そうしたら、翼の色が今のこの色になったんです。
翼の色が変わると同時に、チカラも安定して重い副作用もおさまりました。
そして、今ではもう自由に動けるようになったんです」
「俺のことを想ってくれたから……」
「はい。祐一さんへの想いで、黒い翼の呪いを打ち破れたんです。
そして、祐一さんにそのお礼が言いたかったんです」
「……お礼?」
「はい。今までの長い話も結局そのためなんです」
そう言って立ち上がり、祐一の前に立つ栞。
「祐一さん、私に勇気と愛情をくれて、ありがとうございました」
頭を下げながら言う栞。
「あ、ああ。でも、俺はお礼を言われるような事はしてないけど」
「祐一さんにとってはそうでも、私にとっては充分お礼を言うような事なんです」
祐一の言葉に即座に反論する栞。
「……そっか。じゃあ、そのお礼をありがたく受け取っておくか」
「はい。受け取っちゃってください」
笑顔で会話するふたり。
「で、栞。言いたい事は全部言ったか?」
立ち上がりながら言う祐一。
「はい。もう全部言いました」
「それじゃ、今度こそ帰るか」
「はい」
そして、ふたりで公園の出口に向かって歩き出す。
「しかし、大分遅くなったな……」
腕時計を見て言う祐一。
「お姉ちゃんに怒られちゃうかもしれませんね」
少し沈んだ表情になる栞。
「ま、その時は一緒に怒られてやるよ」
「祐一さん、頼りにしてますよ」
「はいはい」
そんな会話をしながら、二人は美坂家へ歩いていくのだった。
作者(以下『作』)「というわけで、栞SS『FairyGirl』でした」
衛「でした。おなじみ(?)、後書きアシスタントの衛です」
作「……しかし、相変わらす未熟者」
衛「だよね。科白が多いし、状況説明足りない気もするし」
作「(グザッ)衛……ハッキリ言うね……」
衛「え、え〜っと……アハハ……」
作「まあ、否定できない自分に一番問題があるんだけどね」
衛「もっと頑張ろうね」
作「精進します」
衛「頑張って」
作「おう。さて、話は変わりますが、このお話は一応とらハ(2以降)とのクロスオーバーです」
衛「クロスオーバーっていうか、設定を使った、って感じだね」
作「そういうこと。なので、とらハを知らない人にとっては優しくないSSになっております」
衛「説明文もいっぱい入っちゃったしね」
作「知らない人にもなんとか読めるように、みたいな感じでね」
衛「知ってる人には、説明が多くなってるけどその辺はご愛嬌です」
作「面倒ならその辺飛ばしてください。なんて、後書きで言っても意味はないか」
衛「確かに。……そういえば、栞さんの翼についてだけど」
作「別に蝶の羽にしたのに意味はありません。なんとなく栞に似合うかな、と。色も同様」
衛「ノリだね」
作「結局ね。タイトルもノリだし。仮タイトルが『栞の病気』だったりするし」
衛「結局変えちゃったんだね」
作「さすがに変えたほうがいいと思ってね」
衛「お任せします。……えっと、もう言うことはないの?」
作「もうないかな。じゃあ、そろそろ〆ようか」
衛「はい。ここまで読んでくれてありがとうございました」
作「次回作ももっと頑張りますのでよろしくお願いします」
衛「どうか、見捨てないであげてください」
作「それでは、また次のSSで会いましょう」
(2002年11月25日掲載)
戻る