銀色




ものみの丘で一組の男女が並んで寝そべっていた。

「真琴、そろそろ始めるぞ」
少年―――相沢祐一は少女―――沢渡真琴にそう声をかける。
「あぅ?」
「俺たちの……結婚式だ」
そして、手に持った袋から純白のヴェールを取り出し、真琴の頭に被せる祐一。
真琴はそれが何かは解ってはいないようだったが、風に飛ばされないように手でヴェールを押さえる。

ドレスなんてとてもじゃないけど買えなくて、ヴェールだけで精一杯だった。
参列者は名雪の作った雪だるまのみ、あとは新郎新婦二人だけの結婚式。
祐一は永遠の祝詞を口ずさみ、真琴はそれに耳を傾ける。
祐一は、これで真琴の願いが成就したと信じた。

「真琴、これで俺たちは夫婦だ」
「あぅ?」
そして、祐一は真琴を抱き締める。
「真琴、ずっと一緒にいような」
「あうー」
心なしか嬉しそうな真琴。
……祐一は真琴を見た後、空を仰いで言葉を続ける。
「そう、俺も真琴も、病気と言って私服で学校へ来ていた栞も、
 魔物と闘っていると言っていた舞も、舞の親友の佐祐理さんも、
 時々寂しそうな顔をする名雪や香里も、ずっと何か探し物をしていたあゆも、
 昔妖狐に出逢って哀しい思いをした天野も、みんな倖せに、
 ……せめて、ひとつずつくらい、奇跡が起きるといいのにな」
「あうーー」
祐一の言っている事が解っているのかいないのか、そう反応する真琴。
そして、その声に反応して視線を下げる祐一。

「あれ? 光ってる?」
祐一が再び真琴の方を見たとき、ヴェールの糸の一本が光っているように見えた。
「……なんだ?」
祐一が確認しようとヴェールに手を伸ばしかけたとき、鋭い風が吹きつけ真琴からヴェールを奪う。
























そしてその瞬間――――――奇跡が起きる。
























7年間眠りつづけた少女、月宮あゆは病室で目を覚ます。
その様子を見た看護師は大急ぎで医師を呼びに行く。
「あれ? ボク……生きてるの?」

魔物と闘っていた少女、川澄舞は魔物の存在理由を思い出す。
そして、魔物を受け入れるために学校へと歩き出す。
「ずっと忘れていた……。私は“わたし”と闘っていたのか……」

弟のことを忘れられなかった少女、倉田佐祐理は弟の声を聴いた。
それは姉に感謝する言葉であった。
「ありがとう、一弥。お姉ちゃんは頑張るからね」

死と闘っていた少女、美坂栞と妹を忘れようとした少女、美坂香里は病院にいた。
入院している栞の心臓の鼓動は弱く、今にも止まりそうだった。
しかし、急に鼓動が安定し、体を起こす栞。そして、そんな栞に抱きつく香里。
「栞、大丈夫なの!?」
「……アイスクリームが、食べたいです」

水瀬家では水瀬秋子と水瀬名雪が夕食の準備をしていた。
祐一と真琴を分を含めて4人分の夕食を……。
「祐一たち、ちゃんと帰ってくるかな?」
「大丈夫よ。でも、あまり遅くなるようだと少し心配ね」

天野美汐は丘の麓にいた。そして、美汐の前には一つの人影があった。
「なぜ、あなたがここにいるの……」
人影に話しかける美汐。その顔には驚きが浮かんでいた。
人影は美汐が昔出逢った妖狐。消えたはずの存在が今美汐の目の前にいるのだった。
「解らない。でも、美汐には選択の権利があるみたいだよ」
「……何を選ぶのですか?」
「ボクが戻ってきた方がいいかどうか。今、美汐がそれを決めるんだよ」
その言葉に暫く考え込む美汐。そして、意を決して顔を上げる。
「決まった?」
「はい、決めました。私は――――――」






そして丘の上では……
「……あれは、流石に届かないな」
「あうー、せっかく祐一が真琴に買ってくれたヴェールだったのに……」
その言葉に驚き、そしてお互いに顔を見合わせる祐一と真琴。
「真琴、お前、声……」
「え? あれ? 真琴、話せるようになってるよ」
「真琴、よかった……」
そう言って思いっきり真琴を抱き締める祐一。
「あう、祐一、痛いよ……」
「悪い、真琴。でももう少しこのままでいさせてくれ」
「あぅ……」
仕方ない、といった表情で抗議をやめる真琴。
そして、そのまま暫く抱き合う二人。

「で、結局何が起こったんだ?」
とりあえず落ち着いた後、真琴に質問する祐一。
「あぅ、わかんない。ただ、ヴェールが飛ばされて、手を伸ばそうとしたときに力が湧いてきたような感じがしたの」
「ふーん。原因は解らないけど、そのおかげで元気になったわけだ」
「うん、そうみたい」
そして、少し考え込む祐一。
「ま、いいか」
「いいの?」
祐一の言葉に気が抜けそうになる真琴。
「いいの。どうせ考えても解るわけないし」
「それはそうだけど……」
「それに」
「それに?」
「……真琴が今ここにいるなら、それだけで充分だ」
顔を紅くしながらそう言う祐一。
「あうー、てれてれ」
その言葉に顔を真赤にする真琴。

「……さて、真琴」
照れ隠しのためか普段より声が少し大きくなる祐一。
「祐一、どうしたの?」
「いや、そろそろウチに帰ろうかと思ってな。あんまり遅いと心配するだろうし」
「あう、おうち?」
「そう。水瀬家にな。もちろん、真琴も一緒にな」
「あう、でも……いいの?真琴は……」
遠慮がちな真琴の言葉。それをさえぎって祐一は言う。
「真琴ももう水瀬家の一員なんだから、一緒に帰らないほうがおかしいだろ」
真琴の頭を撫でながら言う祐一。
「……うん、そうだよね。帰ろう祐一」
「おう」
そう言って歩き出す二人。



銀の糸によって少年の願いは叶い、街に奇跡が舞い降りる。
そして、銀の糸は何時か何処かでまた誰かの願いをかなえるだろう。



「真琴、ウェディングドレスも指輪もちゃんと揃えるから、もう一回結婚式しような」
「うん」








銀色でした。
奇跡を起こしたのはあゆの人形でも妖狐の力でもなく、銀色の糸。
そんなことが思い浮かんだので書いたSSです。
最初はあゆの人形に使われていることにしようと思いましたが、それだと手元に残るのでヴェールにしました。

ねこねこソフトさんの「銀色」を知らない人は少し解らない部分もあると思います。
そういう人はこの機会に買うなり借りるなりしてやってみましょう。

「銀の糸はあやめが持ってるんじゃないか」という人は、あやめの持っている糸とは別物だと思っていてください。
2本以上あっても問題はない……ハズですから。

美汐の返答はご自由に想像してください。
作者は相当悩んで、逃げました。卑怯者ですみません。

それでは、少しでも楽しんでいただけるよう願いを込めて……。

(2002年11月15日、少しだけ訂正。2004年6月25日、もうちょっと訂正)




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