沖田さんがいなくなった。 世間は新しき年の訪れにうつつを抜かしているけれど、冗談じゃない。 何がめでたかろうか。 それはおれひとりだけの心情ではなく、真選組屯所、全ての部屋がしんと静まっていた。 夜は誰も酒を飲まず、飲んでも大騒ぎせず静かに鬱々と。 たったひとりの失踪が、ここまで士気に影響を与えるなど、当の本人は知らないのだろう。 どこにいるの。早く帰ってきて。 今ならまだ、シッペ1回で許すから。 姫狩り
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明けましておめでとう。 鏡の中の自分に言う。 隈の浮き出たひどい顔。昨日の去年から更にひどくなっている。 朝礼は一番隊隊長の不在で今日も始まった。 誰もがちらちらとその人間ひとり分の隙間を見ては、溜息を吐く。 副長が新年の挨拶を述べる、常とは比べ物にならない静けさに、昨日誰かが点けっぱなしにしたのだろうか、遠くのほうでテレビ番組のアナウンサーの叫び声が響いた。 誰も笑っていない。 葬式のような、新年の幕開け。 沖田さんが消えたのは、本当に突然のことだった。 クリスマスも終わり、あとは晦日が待っているだけ、という、浮かれた冬のイベント待ちのとある日。 非番だった彼女が何をしていたのかを、正確に把握している人間はいない。 いるとすればそれは沖田さん本人で、ここで手を拱いている他人じゃない。 残された隊服と愛傘、愛刀から、おそらく丸腰の私服姿での失踪。 気付いたのはおれで、夕飯の支度が整ったことを知らせに、大きな木の立つ庭に面した部屋を訪れて、放り出された、というよりは書き途中の一休みの雰囲気の1本の筆を机に残し、蛻の殻となっている沖田さんの部屋に、ちょっと嫌な予感を覚えたのだ。 こんなところで当たらなくてもいいのに、悲しいことにおれの嫌な予感は的中してしまい、昼前に食堂でみかんをもらいに来たという目撃証言から、沖田さんは消えてしまっていた。 あまりにも突然の失踪。 書き置きも犯行声明も一切なし。 手がかりといえば、平隊士の目撃証言と、部屋の机に置かれた1本の筆、そして、縁側に並んでいるはずなのになくなっている草履1足。 外に出掛けたのか。 しかし裏口はともかく、正門は見張りがいるし、何より得物である傘を持たずにどこかにでかけるなんて、あの沖田さんの行動からして不自然なことだった。 ならば、かどわかし? にしては、1週間も何の要求もないのはおかしい。 もちろん、失踪がわかって監察が密かに動いた。しかし現に手掛かりはそれだけで、沖田さんは見つかっていない。 京への急ぎの長期出張で一時的にいないのだと、副長が隊士らに伝えてもあまりにも説得力はなく。 年の瀬に我らが一番隊隊長は、忽然と姿を消してしまったのだった。 「年賀状ですよー」 例年になく不気味な静かさが横たわる屯所内を、先程郵便屋さんから受け取った年賀状の束を持って会議室へ歩く。 「仕分けするんで暇な人は手伝って下さーい」 「ここに暇な人間は誰ひとりいねぇよ」 冷たすぎる皆の視線アンド科白に負けず、おれはどさどさどさっと年賀状の束を放る。 「今年もすごい数ですねー」 「本当にな……」 げんなり、のびをしながら歩いてきたのは意外にも副長だった。 「手伝うわ。気分転換にでも」 「そうですか? 助かります」 副長のことだ、仕事が遅くなるなんてことはないのだろう。 不在の一番隊隊長の分もこなして尚、この余裕。本当に人間か? ぱた、ぱた、ぱた、会議室の一角にハガキを広げて、隊士個人に当てられたものを分けていく。まずは一番隊、二番隊、次に個人名。 「……あれ」 無言で様々な字を目で追っていくうち、気付いたことがあった。 永遠に続くかと思われるような作業中に、副長もそれに気付いたようである。 「……わざわざ郵便屋さんの仕事増やしてどうするつもりだったんだアイツ」 「無駄……って言っちゃいけませんけど、変なことには努力を惜しみませんからね……」 「いや無駄だろ。手渡しすりゃ済む話だろ。何で人の手に委ねる必要性があるよ」 おれと副長が指すものは、同じ筆跡の大量の年賀状だった。 差出人は決まってる。 只今無断欠勤記録更新中の、沖田さん。 「あーったく……手掛かりのひとつやふたつ記されてねェのか」 どうやら隊士全員に書いて投函していたらしく、裏こそ市販の印刷物だけれど、表書きは間違いなく沖田さんの筆跡だった。副長はぱたぱたと裏返して変わったことが書いてないかしらみつぶしに見て回っている。元旦に届いたことから、投函したのはいなくなる前だろう、わかっていても調べたくもなる気持ちは、わかる。 だからおれは何も咎めず、まだまだある年賀状の山を崩していった。副長宛の女性の筆跡が多いことに少しむっとする。女性に罪はないけど、おれの神経を少し逆撫でした。おれの不機嫌など女性にとって人生に何の影響も及ぼさないだろうけど。 ほぼ仕分けし終わって、いくつかの山が出来た頃、隣で作業していた副長の様子がおかしいことに気がついた。 「副長?」 何に頭を下げているのか、答えはすぐみつかった。 たくさんの達筆の中に、その山……つまり副長宛の年賀状の中にだけ見当たらない、別格の達筆。 「…………新八君。俺って嫌われてたのかな」 「それをおれに訊きますか」 ここは優越感にひたっていいのだろうか。 何を思ったのか、あの多忙な一番隊隊長は、土方さんひとりを除いて、隊士全員に年賀状を書いていたのだ。何故、土方副長だけを抜かしたのかはわからない。心底、わからない。 「……どこにいるんですかね……」 美しい筆跡で書かれたおれの名前を眺めて、今年が始まってまだ12時間も経っていないというのにもう2桁目の、深い深い溜息を吐いた。 2006/01/23 |