気丈にも憂鬱を打破
仕事の邪魔をする気はさらさらない。
しかし端整な顔に皺が寄ること、ひいては眉間に皺が寄って刻まれる原因は、あたしじゃなきゃ嫌だった。さあ、どちらに妥協してもらうか。
「……終わった?」
「それなりに。どうぞ」
ひと月前だったらもう涼しくなっていたのに、今じゃまだまだ日の残り香が江戸を満たしている。入った副長室は人工的に冷やされ、少々鳥肌が立った。地球と女と主に優しくない。今日の報告書を渡す前にリモコンへ手を伸ばし、赤いボタンを迷わず押した。
「ちょ、なにすンの」
「冷やしすぎです」
ハイと書類を渡して、隊長の仕事を完遂させる。あとはもう自由だ。
副長様はまだ終わりそうにない。しゃっちょこばった文字の羅列を理解せず流し見て、難しい横顔を理解しようと見つめる。
つまらない。
その感情でいっぱいになって、妥協すべき事柄をこの時点で決めた。
ジ。
「い、……ってェな!?」
着物を着た女なら誰しも気をつかう首の裏、うなじへ唇を寄せて思い切り吸った。こんなに冷えて、肩こり促進してどうする気かしら。
「気付きました?」
「何が。何に」
「あたしがここにいるってこと」
銀髪がくすぐるうなじへ手を回して、土方さんがじっとあたしを見る。機嫌の悪さが一瞬増加し、しかしそれからは急激に減少していった。そしてだんだん、穏やかな表情になって大きく深呼吸する。
「気付いた、気付きました。どうもすンませンした」
「夕方です。気分転換、しませんか」
最後までする気はない。あのまま居たらここも冷えていたのかと思いながら舌と舌でおいかけっこする。ひく、と動く耳の裏まで熱くなるまで追いかける。捕まえる。逃がさない。
逃がさない。
2008/07/15
BGM:河辺千恵子『桜キッス』
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