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1-3
 香坂が席から立つと、桑原がぎろりと視線を向ける。
「なにぼんやりしてるの、さっさと片づけろよ」と、鋭い視線がいっていた。
 下泉は慌ててモニターに向かい、作業の続きを始めるが、横目でちらっと見ると、もう香坂の後ろ姿を追っていた。そう、こんな奴なのだ。男に厳しく女に甘い。そして自分にも甘い。その目はどんな小さなことも見逃さず、敵にまわすことにでもなろうものなら、抜け目なく会社に報告する。奴の前に道はあり、奴の後には屍が累々と積まれて--と、こうやってのし上がってきた男なのだ。ミスが発覚するだけで、大目玉を食らうのは火を見るよりあきらかだった。
 やり場のない怒りを、下泉はモニターに巣くっている数字にあたることにした。間違いを見つけるたびに、「よーし、よしよし。そこを動くなよ、部長みたいに殺してやるからな」と、口をもごもごしながら勢いよくキーを叩く。表面上は何を言っているかはわからない。周囲が聞けばぞっとするようなことを言っているのだが、幸い誰にも気づかれることなく今まで難は逃れている。当面の災難は桑原ではなく、目の前の数字の羅列にあるのだ。
 あれのせいだろうか。と、下泉は数年前のこと思い出していた。

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