本
土曜の朝。
僕の部屋の扉を。
控えめなノックの音が響いた。
?…この音は……!
扉を開けると…
「姉上!わざわざ来てくれたんだね」
笑顔の女性が立っていた。
そう。
僕の姉上だ。
自然に僕も笑顔になる。
「おはよう、カイン。今日はマロリーの丘へ視察に行きましょう」
僕の返事は決まっていて。
「僕はもちろん構わないよ。すぐに準備するよ、姉上」
姉上が来てくれた事が嬉しくて。
直ぐに返事をして出掛ける支度を始めた。
そして二人。
マロリーの丘へ着いた途端。
聞こえて来たのは子供の泣き声だった。
「わーん!お母さーん!」
「……?」
「あら、あの子どうしたのかしら…?」
姉上が。
子供の様子を見ると…
「怪我してるみたいだわ!」
「えっ?」
泣きじゃくる子供の膝を。
姉上がハンカチで。
綺麗に泥を拭っていく。
「転んでしまったのね…」
「うわーん!!」
眉根を寄せた姉上が僕を見る。
「…困ったわ…今、お薬を持っていないのよ…」
「そうだね…あっ…?」
「カイン?」
確か以前…ジークから教わったんだっけ。
あれは……
「あっ…あった…!」
「カイン、どうしたの?」
「姉上!ちょっと待ってて!」
少し先にある丘の上。
大きな石陰に、それはあった。
「あ…これだ」
それを少し摘んで。
僕は姉上の元へ戻った。
「お待たせ!」
「どうするの?」
「この草をすり潰して傷口に塗ると…」
子供の膝に。
草を塗りハンカチで巻いていく。
「…あら?」
「これで多少は良くなるよ」
姉上は驚いた顔を見せた後。
嬉しそうに笑った。
「まあ!良かったわね、坊や」
「うん!ありがとう、お兄ちゃん!」
「どういたしまして」
こんな僕でも。
誰かの役に立てたのが…嬉しかった。
何となく。
誇らしげな気分になって。
子供の頭を撫でていると。
姉上がクスクスと笑い出した。
「…なに?」
「クスッ、カインたらお兄さんみたいね!」
「あ……」
急に恥ずかしくなって…
僕は姉上から視線を外した。
「そう…かな…?」
「ええ!それに…子供にも優しくできるのはとてもいいことだわ」
姉上の言葉が。
胸に沁みてきて…
「フフッ、そうだね」
僕のした事は。
間違っていなかったんだ…
凄く…嬉しい…!
「お姉ちゃん…」
「なあに?」
姉上の膝に抱き留められていた子供が。
赤い顔をしながら…
手に持っていた物を姉上に突き出す。
「これ…あげるっ!」
「えっ?」
それだけ言うと。
子供は駆け足で。
丘を降りて行ってしまった。
「走ったりして…大丈夫かしら、あの子?」
丘を降りる子供を。
心配げに見つめている。
「大丈夫だよ」
「でも…。さっきまで泣いていたのよ?怪我をしたのも膝だし…」
「……」
……参ったな。
何て言えば良いのか…
彼は…
姉上に抱かれているのが…恥ずかしくなったんだろう。
そして多分…
まだ幼いけれど。
彼は…姉上に。
…心を……
奪われたんだろう…な……
泣いていた時でさえ手放さず。
大事に抱きかかえていたのに…
彼の宝物だったろう、それを。
何の躊躇いも無く。
…姉上に渡して…
行ってしまえるのだから……
本当に……参ったな……
…でも。
僕が彼の立場でも。
同じ事をしただろうな……
「…はぁ……」
「? カイン?」
「あっ…何でもないよ。それより何を貰ったの?」
「そう言えば…何かしら?」
姉上の手元を覗き込むと、そこには。
一冊の本があった。
「まあ!可愛い!絵本ね」
「絵本?」
「ええ!小さい頃、よく読んだわ」
嬉しそうに姉上が絵本のページを捲っていく。
…小さい頃…か。
「…そう…なんだ」
「 …カイン……」
絵本を閉じて。
僕の手を優しく…包みこんでくれる……
「…大丈夫だよ。心配しないで?」
「………」
ダメだな…僕は。
また姉上に…心配を掛けてしまった。
小さい頃の……
記憶が無いのは…
仕方が無い事なのに…な…
「カイン。ここに座って?」
「姉上?」
僕の手を引き。
芝の上に姉上が座る。
「絵本、一緒に読みましょう?」
「あ…姉上…」
戸惑う僕に。
……優しい笑みで見つめながら……
「綺麗な装丁…あの坊や大切にしていたんでしょうね」
「そう…だね」
姉上は少し困った顔をしながら。
子供が走って行った方を振り返った。
…それでも彼は。
姉上に…渡したかったんだろう。
「あら…このお話は、まだ私も読んだ事が無いわ」
「そうなの?」
「ええ。…フフッ。カインと一緒に読めて嬉しいわ」
「姉上…」
ニッコリ笑うと。
静かに絵本を読み始めた。
その絵本は王子と姫の物語。
幾つもの冒険を経て。
王子は愛する姫の元へ辿り着く……
そんな夢と冒険が織り込まれた物語だった。
「……そして、王子と姫は。いつまでも仲良く幸せに暮らしました。…おしまい」
「…………いいな……」
「え?」
「あ…いや。…素敵なお話だね」
「そうね」
…本当に。
なんて素敵な話なんだろう。
いつまでも…愛する姫の傍に居られるなんて…
…この王子は。
なんて幸せ者なんだろう……ね。
僕も…
…姉上と
いつまでも…
一緒に居られれば良いのに……!
同じ王子なのに…
僕と彼とじゃ…
……随分、違うんだね……
「カイン?」
黙り込んだ僕を心配して。
姉上が僕に手を伸ばす。
「…姉上、遅くなる前に帰ろうか」
「ええ」
その手を取り、抱き起こす。
「きゃっ…カイン?」
強く抱きしめてから…解放した。
「………さあ、行こうか」
「…ええ」
そのまま。
姉上の手を握り。
丘を降りた。
姉上と二人…
…どこまでも…一緒に
このまま…
……居られれば良いのに……
それでも今は。
二人で居られる事に感謝しよう。
そして願わくば。
…日曜の朝も。
僕の部屋に姉上が…
…尋ねて来てくれる事を祈って。
……その小さな手を握り締めた……
甘い小話を目指したのに・・・
結局また暗ぁ〜い小話になってしまった(汗)
う〜ん・・・難しいなぁ。
大好きなカインの甘い小話を書きたいのにぃ〜
しくしく・・・(泣)
BACK