Daddy Bear(2)





 輸入車販売店のドアが開くと、店内から青年が二人、連れだって現れた。
 うち背の高いほうは、名残惜しそうに中を振り返っている。先に出て来た小柄なほうはあまり興味がないのか、さっさと歩き出した。
 小柄と言っても、連れが180cm以上はありそうながっちりしたスポーツマンタイプの長身だからそうみえるだけで、一般人の中に混じれば、充分背が高いほうだろう。顔が小さく童顔であることや服の着こなし、背の高さのわりには手足がスラリと長いことなどが少年のような風情を醸し出していたが、本職のモデルと並べば、その甘い顔立ちに似合わず、鑑賞用ではない実用的なボディの持ち主であることが見て取れる。
「やっぱ高ぇな、フェラーリは」
長身のほうが小走りに駆け寄ると、悔しそうにつぶやいた。
「こないだポルシェ見に行った時にも同じ事言ってたじゃないか、イタリア車は諦めたら?ドイツとかスウェーデン……中西ならアメ車かと思っていたのに」
「こんな狭っ苦しい国でトランザムGTAなんか乗ってもしょうがねぇよ」
「高速の制限速度が100キロしかないような国で200キロ以上出るようなスポーツカー転がすのもどうかなぁ。アウトバーンでもあるのならともかく……おっと」
 小柄なほうが慌ててコートのポケットを探り、眼鏡を取り出した。そんなところから無造作に取り出すところをみると、伊達眼鏡なのだろう。
 街路樹は紅葉を通り越し、お終いの枯れ葉が、足元を乾いた音を立てながら風に飛ばされていく。健康そうな青年たちがこんな平日の昼下がりに仕事にも行かずのんびり歩いているのはそぐわないが、彼らにしてみればやっと訪れた休日……シーズンオフである。普段の休日は次の登板に備えての調整日に過ぎないが、これからの数ヵ月は違う。
「里中、おめぇその眼鏡かけるとホントおっかしいなぁ」中西と呼ばれた大柄な青年が吹き出した。
「だからかけるんじゃないか」里中と呼ばれた小柄なほうが得意そうに微笑む。
 特徴的なつぶらな瞳や女性的ともいえるすっきりした鼻筋を台無しにするような、黒ブチの角張った眼鏡をかけている。ちょうどクラーク・ケントがしているような眼鏡。普段なら甘いとろかすような微笑みが、むしろ滑稽にみえた。
 
 里中智、中西球道。千葉ロッテマリーンズの両エースである。
 
「お前がいくら変装したって、俺は素顔のままだからな。ファンに囲まれたら一緒だろ?」中西はブルゾンのポケットに手を突っ込んだ。
「……髪型も変えようかな。ポマードで固めてさ」そう言うと里中は、前髪を七三に分けてみせる。「どうだい?これでもお口の恋人里中智か?」
 中西は背を屈めると笑った。「俺、そんなダセェ野郎と歩きたかねぇぜ」
「よし、休日の、若い女の子がもっと多い所へ出かける時はキマリだな。中西の弟ということにしてもらおう」
「よせやい、球司郎が見たら怒り出すぞ……ははは、球三郎ってことにしておくか」

 ふいに真っ赤な色合いのモミジが足元を通り過ぎていったので、うつむき加減に歩いていた里中は、思わず顔を上げた。
 日当たりのせいかあるいはそういう品種なのか、まだ紅葉の美しい木が垣根の向こうに見える。寺の境内らしい。
「あれ?フリーマーケットでもしているのかな」里中はのぞき込んだ。
「寺ならむしろ蚤の市だろう……骨董市じゃねぇの?」
「いや、ベビーバスとか置いてあるぞ……あれって野球盤じゃないか、おもちゃの。懐かしい」
「……どれどれ……おっ本当だ。見に行こうぜ」
「大丈夫かな、人が大勢いるぞ」
「じーさんばーさんばっかりだ、行こう」
 中西が境内の入り口に向かって歩き出したので、里中は慌てて後を追った。

「これ、おもっきし打って、場外ホームラン、とかやんなかった?」中西は面白がって野球盤のレバーを押したり引いたりした。
「パチンコ玉転がして重い剛球、ってのはやったぜ。ぜんぜん飛ばねぇの……でもカーブが曲がらなくなるんだよな」
 そのブースは自宅の納戸の奥でも発掘したのだろうか、一昔前の玩具や本で一杯だった。こんなところで並べるよりも、ネットオークションのほうが高値がつくに違いない。
「それボールがないの。孫がどっかにやったみたいで」店番はおばあさんだった。「でも捨てるのも勿体無いし。孫がよう遊んどったの……母親も働いとったんで、私が面倒みてたのよ」店番よりも人と……特に孫ぐらいの年頃の人と話しがしたいらしい。「ボールないから安くしとくよ、お兄さん」
「うーん、どうしようかな……」中西は真剣な顔つきをすると腕を組んだ。
 おいおい買う気かよ、と言いかけて、里中の目が止まる。ある一角に釘づけになった。古い絵本が並べられていた。
 ボールも箱もないのに千五百円は高過ぎる、と値引き交渉している球道を尻目に、智は絵本を一冊手に取った。
 小グマと女の子が笑っている。後には母グマ、父グマが寄り添っている。
 この本には見覚えがある……そうだ、断りもなく勝手に処分してしまったあの絵本。悲しそうな母の目。本の処分など普段は母親に任せっぱなしだったに、何故あの絵本だけは自分で処分してしまったのだろう?どうして母さんはあんなに悲しそうだったのだろう……。懐かしい表紙の絵が、忘れていた昔を思い出させる。確か、父さんが死んで間もない頃だった。父さんが買ってくれた思い出の絵本だったのだろうか……。
「すみません、これ買います」里中は財布を出そうと、ズボンのポケットを探った。


「へへへ、千二百円に値引きさせてやったぜ」中西は嬉しそうに戦利品をぶら下げている。
 他にも中西の目を奪うものは、里中から見れば、かさばるくだらないものばかりだったので早々に境内を後にした。
「おい、里中、まんまの値段で買うやつがあるか……値引きさせなきゃ。そんな古本、三百円なんて高過ぎらぁ」
「お前この前、坂田と飲んだろう。大阪人が伝染ってるぞ」
「坂田先生なら五百円にまけさせたかもしれん」
「原価の三分の一かよ!あくど過ぎる」

 そろそろ茶でも飲もうぜ……中西は戦利品を眺めたいのだろう、喫茶店へ誘った。


 喫茶店に入ると、中西はメニューもろくに見ずにホットコーヒー、里中は店内を見まわし、紅茶がポットで出されるのを確認してからミルクティを注文した。
 中西は早速野球盤を取り出すと、あれこれ動かし始める。
「なんかボールの代わりになるもんないか……ティッシュでも丸めてみようかな」眺めているのに飽きた中西は、遊びたくなったらしい。
「詰まってとれなくなったらお終いだぞ。パチンコ玉でも拾ってきたら?」
「よし、お茶飲んだらパチンコ屋へ行こう」
「えっ」里中は露骨に嫌な顔をした。

 あれこれ話しているうちに注文の品が運ばれてくる。テーブルいっぱいの野球盤に、ウェイトレスの困った顔。中西は仕方なしに足元の方へと片付けた。
「お前は買ったもの見ねぇの?」砂糖とミルクを入れたコーヒーをかきまわしながら、中西が尋ねた。
「ああ。……母さんに買ったものだから。俺は、別に」何故か読みたい気がしない。それどころか本を開く事が、妙に怖い気がした。どうしてだろう?
「お前のお袋さんこんな絵本が好きなのか?」
「いや、昔家にあったんだけど……」里中は自分が捨ててしまい、母親が悲しそうにしていたことを、父親のことも絡めて中西に話した。
「ふーん、そんなことがあったのか……親父さんが買ってくれた思い出の本ならお前も好きだったんじゃないのか?」
「そうだったかも……」表紙をこんなにはっきり覚えていたのだから、中身だって覚えているはずなのに。
「見せてみろ」絵本などには興味のない中西だが、里中が幼い頃読んでいた本だと言うので気になるらしい。
 里中は袋から絵本を取り出すと、黙って中西に渡した。ティーカップに紅茶を注ぎ、ミルクを入れ静かにかきまわす。母親が紅茶好きで、コーヒーよりも飲みなれている里中であった。
「ふーん、『三匹のくま』か……子ぶたなら家にもあったな」中西はコーヒーをすすりながら、絵本を眺めている。里中は仕方がないので週刊誌でも探しに行こうと思い、席を立とうとした。
 突然中西がコーヒーを噴き出す。笑っている。「おい里中……これ、このクマさぁ……」
「何?」
「絶対似てるよ……なぁ」
「何、どれ?」
「これだよ、これ」中西が笑いながら指差しているのは父さんグマだった。お粥の鉢が空っぽで悲しそうな小クマを慰めている。
「……似てる、って何に?」
「わかんねぇのか?お前がラブラブなあいつだよ!」
「はぁ?」
「山田だよ、山田!あははは、だからお前、あんなに山田に懐いてんのか、なるほど子供の頃から見なれた顔だったわけだ」
「ラブラブってなんだよ!……第一山田は人間だぞ、クマになんか似ているわけないだろうが!」
「いやこの絵見りゃ、十中八九は似てると言うと思うがな。それにあんだけベタベタしといてラブラブじゃないって?」
「ベタベタしてるってのは不知火と土井垣さんのことだろう。小次郎さんとJ島さんとかさ」
「あの人たちは同じチーム内のバッテリーだぜ。お前の場合は敵チームだろうが!」
「元バッテリーなんだから仲がいいのは当たり前だ!」
「それにしても限度がある。瓢箪さんが嘆いてたぜ、俺はいつまでたっても里中の恋女房にはなれないのでゲスねってさ」
「うそつけ、瓢箪さんがそんなこと言うもんか!」
「知らないのはお前だけさ……」
 中西は面白そうに、里中は本気で怒りながら。二人は飲み物が冷めてしまうのも気づかずに、仲良く口喧嘩を続けた。

 外では寒空の下、落ち葉が路上でくるくると踊っている。




「……なんて言うんだぜ、中西のやつ!」里中は帰ってきても、まだプリプリ怒っていた。予定よりもずいぶん早く帰ってきた息子に驚いた加代だったが、もちろんその頃には涙の跡など何処にも残っていない、いつもの加代に戻っていた。
「山田がクマに似ているなんて!なんて失礼なことを言うんだ!!」上着を乱暴に置くと、キッチンに水を飲みに行く。
 加代は静かに絵本を眺めていた。拙いクレパス画を見た時には思い出せなかったことが次々と脳裏に浮かぶ。……懐かしい本。一体何回、智に読み聞かせたことだろう。居間のソファで、ベッドの中で。そう、確かに智の言うとおり、この絵本は親子三人で買ったものだった。あなたが二歳、あの人が珍しく長いお休みのとれたクリスマスに。あなたはすっかり人見知りしてしまって、顔も見ようとしなかった。あの人、やっきになって、『父さん』という言葉を覚えさせようとしていたわ。もう三、四日で出発という時になって、やっと『父さん』と言ったのよね。あの人はとても喜んで。あなたを膝にのせて、この本を読んであげていた時だった。……あなたはぜんぜん覚えていないみたいだけど。
「どうだい、母さん、懐かしい?」戻ってきた息子が後から顔を寄せてのぞき込む。
 ねぇ智、お父さんも私がソファであなたに授乳していると、こんなふうに肩越しにのぞき込んだものよ……加代は思わずそんなことを思った。
「どう?このクマ、山田に似てる?……似てないよなぁ」
 女の子にお粥を食べられたり椅子を壊されたりして子グマが泣いていても、いつも優しい顔の父さんグマ。目を覚ました女の子がベッドを飛び出していっても、やっぱりのんびりした顔で驚いている。
「そうねぇ……」あなたの絵を見た時には思いもよらなかったけど。……母さんも山田くんにそっくりだと思うわ。
「似てないだろ、な?」
「…………」 

 似ていると思うことも、あの幼稚園の頃に描いた絵のことも、智には秘密にしておきましょうか……加代はこっそりと微笑みを浮かべた。



END






ちょいとそこいく美少年
どうして山田を選んだの?
清く正しくカッコ良い、土井垣さんではいけないの?
嗚呼、何故何故どうして何故なのよ…

 と、常日頃疑問に思っていたことへの答えとして妄想。
ええ、土井垣さんが野球が下手だからではぜーったいありませんことよ!!

たいしたことないのですが、これも掲示板の書き込みは
ネタバレにご注意くださいませ。









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