「映画と称されて日勝ロマンポルノに連れて行かれる土井垣さん」





「何だこれ…演技ばっかりじゃないか」土井垣はスクリーンを眺めながら、憮然とした表情でつぶやいた。
「だから言ったろうが…AVとは違う。本番はねぇんだよ。あくまでも上映可能な映画なんだから。ったくさっきは約束が違うだの、早く出たいだの、ぴーぴーがーがー騒いでたくせしやがってよ…さては、すげぇの期待してたんだろ、このむっつりめ」小次郎は片眉を上げながら、愉快そうだった。
「む、むっつりだと!」
「シッ」小次郎が人差し指を口唇に押し当てた。

 
 西宮でのデーゲームの後、土井垣はチームの先輩中西大介にキタで晩飯を奢ってもらうことになった。食後、梅田地下街を歩いていると、なぜか南海ホークスの景浦安武と、犬飼小次郎に逢ってしまった。大阪球場ならミナミか新世界が相場だろうが、景浦はこの「酒の味のわかる高卒ルーキー」を気に入って、連れ歩いているようだった。
 二人とも未成年なのに中西も景浦も平気な顔で飲みに行こう、と言い出し……その後の土井垣の記憶は曖昧だった。
 とにかく気づいたら小次郎と二人きりで乗ったタクシーが、ラブホテルの前で止まっていて、土井垣は走るようにラブホ街を逃れたのであった。
 タクシーで選手宿舎に帰ろうにも、中西に奢ってもらって一緒に戻るつもりだった土井垣は手持ち不如意で…。
「オールナイトでも見ようぜ」場末の小さな映画館。正直見知らぬ街で少々心細かった土井垣には小次郎の気遣いはありがたかった。これが、俺の選手寮に泊まりにこい、だったら、おそらく野宿していただろう。
「ポルノとかだったら、観ないからな」そういった類には以前、困った思い出があったので、土井垣はきっぱりと小次郎に告げた。しかし始まってみたら。……

 
 
 裸の女優が上下に動いているのが大写しになっていたが、肝心(?)の下半身は上手くカットされていた。
 しかし、徐々にカメラは引かれ…。思わず生唾を飲んだ土井垣だったが。
「なんだ、あの花瓶は」
 カメラは手前の一輪挿しにピントを当てる。
「だからよ、映画なんだって!観客は、クライマックスには花瓶やカーテン見たがるものなんだとさ」
「ふーん。なんか、ワクワクして損した」
「ワクワクしてたのかよ、お前!」小次郎が吹き出した。
「ちゅ、中学生の時だ!…きさまだってドキドキしていただろうが、昔は」
「小学生の時はな」
 ちっ、やっぱオールナイトの古いロマンポルノなんかじゃ、さすがの土井垣でもケロリとしてやがる、と小次郎は心の中で毒づいた。
 とは言え、今日はもともと土井垣と上手い事しよう、という気はなかった。夜を明かせるなら、深夜喫茶でも玉突き場でもよかったのである。
 こうして、ハレて同じリーグ同しのプロ野球選手になったのだから、これから逢う機会はいくらでもある。1年も経てばあの無菌培養のお子様野郎も、周囲の影響で見違えるほど大人になっているだろう…ここで中西大介の顔を思い浮かべて、小次郎の顔は険しくなる。
   この世界に入るまではてっきりマイホームパパだと思っていたのに…むろん中西の家族はそう思っているようだが、色々黒いウワサを聴く。土井垣のヤツずいぶん可愛がられているようだが……妙な可愛がられ方をされているんじゃねぇだろうな?
 横を向くと、相変わらず土井垣はつまらなそうに…しかし結構じっくりとスクリーンを見つめている。お前絶対むっつりだぜ…やっぱりカラオケにでも連れ込めばよかったかな、などと小次郎が思っていた時だった。

 何故、後を振り向いたのか…何かただならぬ気配を感じたから、と言うしかない。

 何の気なしに後を振り向いた小次郎は…固まった。二つ置いた後の座席。
『うわっ…マジかよ…』

「おい、犬飼」つまらなそうにスクリーンから目を逸らすと、土井垣は小次郎に話しかける。「ロマンポルノってあんな非実用的なもんばっかりか?昔はあれで実用品だったのかぁ?おい、犬飼……?」
 犬飼小次郎は後ろを向いたまま動かない。瞳がある一点を凝視している。鼻腔が膨らみ、ぽっかり開いた口からは熱い吐息が漏れていた。
「どっか具合でも……?」つられて振り向こうとした土井垣に、
「よせ、お前には刺激が…」しかし、小次郎の牽制は間に合わなかった。
「?……!?!?!?…!!!!……………」土井垣には、言葉もない。
「驚いたろ…いや、俺もかねがねウワサには聴いてたけどよ、マジで拝めるとは思ってなかったぜ…」小次郎は真横の席で、後を向いたまま固まってしまった土井垣の背中を叩いた。「映画館の暗がりでヤっちまうカップルなんてさ…まさか本当にヤっちまわねぇよなぁ?ペッティングどまりだよな…へへへ、いい胸してるよなアノ娘…しかしケバイなぁ…ひょっとして立ちんぼか?なるほど映画館をホテル代わりに?…おい、土井垣、あんまりじろじろ見てたら、暗がりから美人局がご登場かもよ…」
 しかし小次郎がこんなに柄でもなくべらべらしゃっべっているのは、目の前の事象があまりにも思いがけなくてうろたえてしまっている証しでもあった。

 場末の映画館。オールナイトとはいえ古いロマンポルノぐらいしかやっていない劇場には、客はまばらだった。80人も入れば一杯になりそうな映画館だったが、おそらく10人もいなかったに違いない。
 だから大胆にも女のコの座高が男の膝の高さ分カサ上げしても、スクリーンが見えないと文句を言うものはいなかった。
 それどころか前の座席の二人は、もうロマンポルノなどそっちのけである。

『あ、やべぇ…』小次郎は頭を引き剥がすようにして、正面を向いた、断腸の思いだったが、これ以上楽しんでいたら、目の保養だけでは済まなくなる。…と言っても横にいるのは土井垣だけだし…映画館でこっそり楽しんだヤツの話しも…甘い誘惑に囚われて思わずズボンのファスナーを下しそうになった小次郎だが、映画館でこっそり楽しんでいたら、スキンヘッドのオヤジに弄ばされてしまった(そして数ヵ月後にはすっかり真性になっていたとかいう後日談つき)というウワサも思いだし…自重の方を選ぶ。

 シートに沈み込むと映画に集中する。こちらもシンクロしているかのように濡れ場。なんか音声ずれているぞ、と思ったら…『いい加減にしろよ』もう一度振り返りかけて、土井垣のことを思い出した。『あ、アイツ!』
「おい、土井垣、おい」シートの背もたれに顎をのせたまま、こちらからでもはっきりわかる激しい息遣い。慌てて正面を向かせた。
 
 土井垣は…真っ赤な顔をしてうつむいた。膝を硬く閉じ、両手を握り締め臍の下あたりを押えている。眉根を寄せた苦しそうな息遣いは、むしろ急患といった感じだった。
「おい、その…ヌきたかったらヌいてもいいぜ…向こう向いててやるから」むしろ手伝ってやりたいのが本音だったが、そんなことしたら二つ後の席のカップルの二の舞だ。
 硬く目をつむっていた土井垣は薄目を開けると、熱に浮かされたような眼差しで小次郎を見た。あの女より今のお前を見ていたほうがよっぽどヘンな気分になっちまう…そんな土井垣のほうが何倍も色っぽい、と小次郎は思う。
「だ、駄目だ」土井垣はしかし、うわ言のように言った。
「大丈夫だよ、暗いから。俺の知りあいにも映画館でヌいたヤツは結構聴くぜ。マヌケな声出したりしなきゃ、大丈夫さ」
 土井垣は躊躇したようだが。
「…駄目だ。こんな公衆の面前で…そんなこと、できない」
「…我慢できるんなら、いいけどよ」お前の今の状況なら、俺だったら間違い無くヌいてるがな。
 土井垣は再び目を閉じるとあれこれ難しいことを考えて、今しがた目撃した光景を追い払おうとした。しかし映像は見えなくなったが、逆に聴覚が鋭くなって。
 喘ぎ声と、このような困った状況。以前何処かであった同じ感覚。あれは…。
 しまったと思った時には遅かった。今でもたまに思い出してしまう…あの快感。

 土井垣が体を揺すり始めた。
「おい、無理なんだろ?意地張ってないでヤっちまえよ」俺の方までおかしくなっちまいそうだ。襲うぞ。
「出来ない、…こんなところでは」そう言いながらも押えている手が小刻みに上下していた。もう体のほうが勝手に反応し始めているらしい。
「おい…そのままイッちまったら、後々困るぞ」小次郎はぶっきらぼうに言う。
「…………」切羽詰ったような息遣いが続いて、それから。
「絶対見るなよ」
 もどかしげにカチャカチャごそごそ響いた後で、腕の上下する振動が、隣席の小次郎のところまで伝わってきた。小さな映画館の狭苦しいシート。土井垣の肘が小次郎の腕に当ったが、気づかぬぐらい夢中になっているらしい。規則的な吐息。
 見るな、と言うほうが…無理な注文だった。こっそりと盗み見る。
 真っ直ぐ正面を向いているものの、何も映っていない、何かに取りつかれたかのような眼つき。半開きの口唇。
 下半身はアンダーウェアがわりの白いTシャツの裾に隠れて見えなかった。右手がこしらえた小山が、シャツの下で小刻みに上下している。腿の上の硬く握り締められた左手。
『………』映画よりもナマ本番よりも、小次郎には刺激的だった。

 土井垣が目を閉じる。眉間に皺がよる。口は開かれたまま、顎を突き上げた。

 「!」しかし、口唇から押し殺した喘ぎが漏れそうになった瞬間、土井垣の右手はシャツの下から引きずり出された。
「勿体無いことすんなよ…もっと愉しませてやるから」
 掠れた、小次郎の声。


 ……


お終い(駄目?)



 さぁ、この後二人は、
A.そのまま最後まで続行した
B.トイレで続行した
C.ラブホまでじっと我慢の子であった
D.ロビーでもっと愉しいモグラ叩きゲームに興じた
キミはどれを選ぶか!
(某サイトさんの日記の影響ではありませんが、1979年入団の二人設定、ロマンポルノらしくレトロに…)





 

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