晩秋



 小次郎が2年間怪我で出場できなかったというドカプロ設定だと、最もドカベンが輝いていた、あの『土井垣・犬飼小次郎両青年監督設定』が失われることになります。
 ドカプロはパラレルと頭では理解しているものの、やっぱり私はコジドイスキーなわけで、2年間でなしに1年間にすれば丸く収まっただろうにと思ったりしております(そうなると新人王とかがわけのわからないことになるのですがね)。
 そういうわけでこの作品は『小次郎の怪我が1年間だったら』という設定のもとに書いております。





 カーテンの下がった薄暗い一室で、携帯の着信音が響いた。
 手の甲まで体毛に覆われた毛深い腕が、サイドテーブルを探る。
「はい、……犬飼です」くぐもった愛想の無い不機嫌な声だが、眠気まなこなので仕方がない。
『小次郎か?……土井垣だ』
 眠たげな機嫌の悪い眼差しが、柔らかいものになる。「おはよう、土井垣。オフになってからは初めてじゃないか……何だ?」唇に微笑みが浮かんだ。
『おはようって、今何時だと思っている!』携帯の向こうの声が責めるように響いた。
 小次郎は液晶画面の時刻を眺める。「まだ11時半だろう?休みなんだからいいだろうが……お前、日曜日にも普段通りの時刻に起きるタイプのやつだな」うつ伏せの姿勢を仰向けに戻すと、右手で腕枕をしながら携帯を耳に当てた。裸の二の腕が露わになる。「生真面目なやつめ」
『ひょっとしてオフになってから、ずっとこんな時刻に起きているのか!』声はますますきつい調子になる。
「そんなわけねぇだろが。たまたまだよ、たまたま!昨日寝たのが遅かったんだよ……朝っぱらから文句言いにかけてきたんなら、俺は切るぞ!!」小次郎は携帯に怒鳴ったが、顔つきはむしろ笑っている。
『ま、待て……』
 困った調子の声に、小次郎はますます目を細めた。
『その……今、ちょっといいか?』
「別にいいぜ。どうした?」
 
 ダイエーホークス犬飼小次郎、日本ハムファイターズ土井垣将。二人とも入団二年目の―─正確にいえば去年の八月半ばの途中入団だったので一年と数ヵ月なのだが――選手である。前年甲子園球場を青年監督対決で沸かせた二人は、プロでも人気者だった。
 ドラフト制度の整った昨今、高卒ルーキーがシーズン途中で入団などとは珍しく、特に去年は青年監督時代の記憶が新しかったこともあいまって、オフには何かとTVなどで共演させられることが多かった。
 監督時代からライバル同士とマスコミでは比べられることの多かった二人だが、その頃は新聞の同じ紙面を飾っても、住まいはそれぞれ神奈川、高知である。繁盛に顔を合わせるようになったのは、プロ野球に入団してからであった。それでも片や東京、片や福岡と距離的には更に遠ざかった二人だったが、そこは同リーグ、いつしか頻繁に連絡を取り合う仲になっていた。

『この前のドラフトのことなんだが……』なんとなく歯切れの悪い土井垣である。
「大したもんだな、お前の母校は。五人か?ドラフト史上初だろ、一校からそんなに指名されたのは。山田、岩鬼、殿馬、里中、微笑だったな。うちは武蔵と犬神、たったの二人だ。……勝てないわけだぜ、まったく。しかしよう、あのハッパ野郎とチームメイトなんざ、人生ってのはわからんもんだな」白い天井を見上げながら、監督時代を懐かしく思い出した小次郎だった。
『うちの一位指名は不知火だった。……知っているか?白新高校、不知火守』
「外れ一位のことだな。最速160q男だそうじゃねぇか。マジかい?……本当だとしたら凄いやつだな、その不知火って男は」しかしその気軽な口調からは、小次郎が本気にしていないのは確かだった。関東では超高校級投手とその名を轟かせている不知火だが、甲子園出場を果たした事のない彼を、遠く高知にいた小次郎が良く知るはずもない。
『最速160qは俺も良くは知らん……今年の夏の地区予選での記録らしいからな。ただ、俺が監督だった頃も……』と言いかけて、土井垣は言いよどんだ。『いや、やつのことを良く知らんきさまに話しても仕方のないことだった。……すまん、妙な電話をして、別に大したことじゃない。昨晩遅かったのに起こしてすまなかった……おやすみ』
「まぁ待て」土井垣の声で起こされたのは、本音を言えば嬉しかった。実を言えばこちらから電話をするつもりだったのだ。「セと違って打撃はお呼びじゃねぇから、多少ネタバレなこと話しても大丈夫だぜ。伊東さんにこっそり耳打ちしたところで、人づての話しと実際じゃぁ全然違うもんだからよ。まぁお前がいくら隠したって、キャンプ情報やらなんやらで結構バレちまうもんさ、うちの情報収集もかなり凄いんだぜ……そいつがハイジャンプ魔球でも投げるんなら話しは別かもしれんが、岩鬼なら間違いなく場外打ってくれるだろう、大回転投法でも分身魔球でも何でも来いってんだ、やつならな」
 小次郎は笑いながら冗談を言ったつもりだが、土井垣はいたって真面目に、それはなんのことだと聴き返してきた。大リーグボールみたいなもんだ、と言おうとしたが、面倒くさくなってやめた。
 しばしの沈黙の間に、土井垣は腹が決まったらしい。『バッテリーコーチから、歳も近いし、何より顔見知りだし、お前とのバッテリーも考えている、と言われてな。顔見知りと言っても、3年の最後の夏と、監督の時の秋と夏の地区予選で対戦しただけなんだが。……まぁ顔見知りと言えば顔見知りだが』奥歯に物の挟まったような雰囲気が漂う。
「なんだよ……滅多打ちにでもしてやったのか、お前の高校最後の年に」明訓に一度も勝てずに、甲子園出場を逃した男。小次郎にはその程度の認識しかなかった。「そんなやつとバッテリーを組むのは不安だろうな」
『いや、逆さ』溜息のような声が漏れた。『完全に押えられたよ……完敗だった。勝てたのは山田のおかげと言っていい。四番失格だったな、あの試合は。一年二年と馬鹿みたいに地区予選でホームランを量産できたのはピッチャーがヘボだったからだというのが身に染みたよ……。あいつと同学年だったら、俺はプロには入れなかったかもしれん』
 勝気な土井垣には珍しい物言いだった。
「新人王取っといて何をいいやがる……そんなに凄いやつなのか?」小次郎の目つきが鋭くなる。あいつがそんなにも買っているピッチャー……小次郎は不知火守という未知の男になにやら胸騒ぎめいたものを感じ、思わず携帯を強く握り締めた。
『ああ、ピッチャーで四番を打っていた男、うち以外の試合はほとんどパーフェクトだったようなやつだ。やつが投げて、やつが打って勝ちあがってくるのが白新だったよ。……しかも山田を押えた男、だからな』土井垣は言いきった。
「ワンマンチームのエースか……山田を押えただと?でも、負けたんだろうが。甲子園に出てくるのはいつもお前たちだったじゃねぇか」反論するように小次郎。土井垣の言葉には心酔しているような感がある。なにやら不愉快だった。
『監督最後の夏なんかマジでやばかったんだぜ。山田がいいようにあしらわれちまってな。運良く勝てたようなもんさ。……やつらの三年最後の対決は不知火が山田に力負けしたらしいが、俺は良くは知らん。……俺にとっては監督時代の最後に出合った、不敵なやつの印象が強くてな』
「ライバル登場ってわけか……」小次郎は小声でつぶやくと、ベッドの中で上半身を起こした。空調が暑過ぎたようで寝苦しく、肌着を脱いでしまっていたので、胸毛の生えた厚い胸板と、逞しく盛りあがった肩が露わになった。「だったらお前も万々歳だろうが、そんなやつが入団するんならよ」
『まぁそうなんだが。本当に、実に見事なピッチングフォームでな、あいつこそはまさにピッチャーをやるために産まれてきたような男だった』
 ノロケるためにわざわざ電話してきたのかよ……小次郎が嫌味を言おうとした時だった。
『性格もまさにピッチャーでな。唯我独尊というか、……クソ生意気というか。俺のことなんかテンでバカにしていたな、やつが一年のときは』なんとなく自嘲的な響きがある。『山田とは中学の時からの知り合いらしい。あいつは常に山田を追っていたんだ。……俺なんか、眼中になしさ。監督時代は尚更な。今のあいつが俺のことを覚えているかも怪しいもんだ』
「……そいつの前ではいいとこなしだったんなら、忘れられているほうがいいんじゃないか」
『そうだな。……なまじヘンに覚えられているほうが、嫌だな』どういう姿勢で電話しているのか知らないが、体の向きでも変えたのか少しくぐもった声になった。どちらかと言えば単刀直入な言い方を好む根の単純な土井垣だが、今はやけに回りくどい。
「どうした、そいつが苦手なのか?」らしくもねぇ。いつものお前は何処へ行っちまったんだよ。
『いや、苦手も何もよく知らんのだ……』
 左手が疲れてきたので、小次郎は右手に携帯を持ち替えた。
「お前にしちゃずいぶん弱気じゃないか……ビビってんのかよ」きっと土井垣はムキになって反論して、いつもの元気なやつに戻るだろう、そう期待したのだが。
『ビビってんのかもしれん。不知火も、山田を追っていたピッチャーだから。……里中みたいに』また姿勢を変えたから、それとも気持ちのせいか……その声は妙に弱々しく聞えた。
「おい、どうしたんだよ、そいつにとっちゃ、山田は敵チームじゃないか!……山田に比べられるのを怖がってんのか、ひょっとして」
 
 携帯の向こうは無言で、ただ呼吸の音だけが聞えた。

「土井垣……」あの夏の甲子園では、球場でも宿舎でも、山田に対する土井垣の態度には、ポジションを取られたことに対する恨み言めいた感情は微塵も感じられなかったが。
『山田か……お前に言われて気づくとはな』土井垣の声は少しかすれていた。『俺としたことが、参った参った。……不知火でよかったよ、ひょっとしてまた山田とチームメイトだったかもしれないと思うとぞっとするぜ』話し終わる頃には、声の調子は元に戻っていた。
『すまんな。つまらん電話をしちまって。……直に山田を知っている同期がいてよかったよ。まぁ俺としてはベストを尽くすだけだ、あの高三の時みたいに。俺だけじゃない、きっと山田と同時代のキャッチャーやバッターの宿命だな、これは。……ありがとう、小次郎』
 あいつのことだからきっと携帯を耳に当てたまま頭を下げてるんだろう、と小次郎は思う。「俺は礼を言われるようなことを言った覚えはないが。ま、役にたったんなら嬉しいぜ。……土井垣よ、プロで山田の恐ろしさを知っているのは、俺たちだけと言ってもいいわけだ。ルーキー以外はな。来年はせいぜいカモにしてやろうぜ。……お前とバッテリーを組んでいたら面白かったかもしれんな」
『トレードで日ハムに来たらどうだ?』土井垣は笑っている。
「俺はホークスのエースだぞ!!……お前のほうこそ」小次郎も笑う。
『なぁ、小次郎』まだ言葉の端に笑い声をくっ付けたまま、土井垣が言った。『しかしいつの日かお前とバッテリーを組んで山田と対決したいものだな』
 トレードやFAのことなど念頭にはない。それはただ野球を愛する心が言わせた言葉だった。
「まったくだ」その気持ちは小次郎も同じだった。だから素直に土井垣に応じる。「まぁ、来シーズンが本当に楽しみだぜ。せいぜい岩鬼から情報を集めて……そんなに集まるとは思えんが……J島と山田を攻略してやろう」
『俺も不知火と研究するよ……お互い楽しみが増えたな』
 すっかり明るくなった土井垣の声に、小次郎は安心した。
「ところで土井垣よ。今日、暇か?」
『えっ……別に予定はないが』
「じゃあ今晩、俺が東京での行き付けの店、知ってるだろ?あそこで7時な」
『あ、あの店はその……まて!福岡から来るのか!!おい、小次郎』
 小次郎は携帯の電源を切った。
 慌てる土井垣を想像して笑いがこみ上げる。これでは断りきれないだろう。
 小次郎はベッドから起き上がると、窓辺に近付き、カーテンを全開にする。
 窓の外には立ち並ぶ高層ビル群。福岡の景色とはまったく違う。
 昨日渋谷でTVの収録があったんだよ……光りの眩しさに目を細めながら、小次郎は額に手をかざした。

 
 
 左肩で時限爆弾が密かに時を刻み始めていたことなど、小次郎はもちろん気づいていなかった。




 




 なんか意味不明な作品で申し訳無いです…。




 
 

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