「私を名前で呼ぶ女なんか腐るほどいるぞ……お前だって、今までの男は名前で呼んできたんだろ?……私のことは少尉と呼べ。呼んでくれ」
体を重ね抱き合っている時に私を少尉と呼ぶのはお前だけだ。お前だけが特別なんだ。
なぜならお前は最も信頼のおける部下であり女なのだから。ただの部下でも、ただの女でもなく。
なおも問いかけてくるのを唇で塞いだ。最初は抗っていたがすぐに大人しくなる。
「伍長……愛してる」
いつもなら、はい少尉、私もという返事が返ってくるのに、今日はすすり泣きが聞こえるだけだった。
戦争が終結し、私たちの偽装夫婦関係も終わった。停戦とは言え薄氷といわれるようなものだから、二課の任務は少しも楽にならなかったが。
そんな忙しい最中、彼女が退役を申し出た。しかも上司である私を通さず、直接人事課に申し出たのだった。
彼女からはなんの相談もなく、当然私は許さなかった。話し合いたかったが本人はすでに帰郷してしまい、人事課としか連絡を取ろうとしなかった。
事態はどんどんこじれて行き、やがて私は人事課からとんでもない話を聞いた。
彼女が、私が階級をたてに関係を強要したと訴えている、というものだった。
少尉、伍長と階級で呼び合うことを強制しておきながら、男女の関係を結んでいたと。
そういわれれば返す言葉もない。彼女は去り、私には不名誉な噂だけが残った。
……あれから三年が立つが噂は未だにささやかれているらしい。 しかし私はそのままにしている。今となってはこの風評だけが、私と伍長に残る甘いよすがだから。