『錆びたナイフは切り裂きジャックの夢を見るか』 「ジャバババババ、やっと一対一になれたな、ノレフィ。お前の命も ここまで!」 「アーロソ! 俺はお前を許さない!」 「ジャバババババ、あのくだらねえ村の敵ってわけか?」 「そうだ! お前は絶対に殺してやる!」 「殺すのは俺だ! 死ねっ!」  ・アーロソ、ノレフィの首に噛み付く。  ・ノレフィ、必死にもがくが、鋭い牙がザックリと肉に食い込んで   いて、抜けない。 「くっ……」 「これが力量の差だ。判ったか。海は広いってことが。いい勉強に なったな! 死ねっ!」 「俺は……死なない!」  ・ノレフィ、アーロソの牙を掴み、思い切り引っこ抜く。  ・アーロソの牙、大量の血液とともに抜ける。  ・ノレフィ、牙をアーロソの左眼に叩き込む。目が潰れてうめく   アーロソ。赤い涙のように鮮血が溢れ出す。  ・ノレフィ、必殺のゴムゴムパンチをアーロソの首に叩き込む。  ・首がおかしな方向に曲り、倒れるアーロソ。ノレフィは馬乗りに   なり、ひたすら殴りつける。  ・原型をとどめないくらいグチャグチャになったアーロソの顔面。   ノレフィはガッツポーズで立ち上がる。 「勝ったー!!」 「ちょっと、汚田先生! なんですかこの原稿は!」  馬鹿橋編集長が電話で怒鳴り込んできたのは、脱稿を済ませた直後 だった。ボクは煙草に火をつけ、一回ゆっくりと吸った後、受話器を持ち直した。 「ああ、こんにちは、編集長」 「こんにちは、じゃないですよ! 先生、なんですか今週の原稿は!」 「あれ? きちんと郵送したはずですけどね」 「毎週きちんと締め切りを守っていただいているのには感謝します。しかし!  問題はそういうことではない!」 「どういうことでしょう?」 「しらばっくれないでください! う、う、うちは、天下の少年ジャプソですぞ!  こんな残虐な漫画を載せられますか!」 「残虐? 「ワソピース」は冒険漫画でしょう。敵と戦いもしますし、殺し合いも します」 「とりあえず、主人公が相手を殴り殺すなんて漫画は絶対駄目です! 最初に言った じゃないですか! 主人公にも敵にも、「殺す」とか「死ね」とか言わせておくだけ でいいんですよ。本当に殺す必要はない!」 「ボクはね、その方法論に飽きたんですよ」  灰皿の上で半分になっている煙草をゆっくりと持ち上げ、口の端にくわえる。 「「殺してやる!」、「死にたいらしいな!」といって一向に死なない主人公、敵 キャラ。そういったものにボクは飽きたんです。そんな世界は嘘だし、子供だ。 誰も死なないボクの漫画は、今や登場人物が多すぎて訳が判らなくなっている。 彼らを一人ずつ殺していくのが、今後の予定です」 「うぬー、まだ言いますか! と、とにかく! この内容は絶対に載せられません!  今から担当をそっちに寄越しますから、ゆ、ゆっくり話し合ってください。本当に お願いします!」 「それよりも編集長。ボクの描写はどうでしたか? アーロソの目が潰れるところ なんか最高だったでしょう?」 「し、知らん!」  叩きつけるような音とともに、通話は切断された。編集長の大声に耳が少し疲れた ようだ。指を突っ込んでぐりぐりと回す。 「おかしいなあ」  ボクは首をかしげた。 「とってもリアルでカッコイイ描写だったと思うのに。まだまだ取材が足りないのかな。 それとも、単純にボクの表現力不足なんだろうか。馴れないものを書いたせいで、 勝手が判らないのもあるかもしれない。ボクの想像力も、この雑誌のおかげでだいぶ なまってしまった。とにかく大事なのは取材だ。もうすぐ担当さんが来るし」  床に横たわるアシスタントの死体を眺めながら、ボクはナイフを取り出した。 「今度はどうやって……」  左眼をえぐり撮られた死体とナイフを見つめながら、ボクはひとつの夢を見る。 ***************************** Trauermarsch http://red.ribbon.to/~kiriko/ *****************************