『ミサイル』 「この世で一番美しいものは何か知ってるかね?」 「なんでしょうか、大統領?」 「これだよ」 「……なんですかそれは。アタッシェケース?」 「核ミサイルの発射ボタンさ」 「だ、大統領! ご冗談は困ります!」 「冗談なんかじゃないさ。これをポチッと押すだけで……」 「わーっ、や、やめてください」 「人類の歴史が終わる」 「わ、判りましたから、どうかそんな無茶は」 「馬鹿だな君は。僕が本当にこんなものを使うはずはないだろう。ぼくが 死んでしまうではないか」 「私も死んでしまいます」 「そういえばそうだな。フフ、ハハハ」 「…………」 「世界を滅ぼすことの出来るミサイルの発射ボタン。こんなに美しいものが 他にあるかね? ブラックダイヤモンドだろうが、ヘリコプターから見下ろす マンハッタンの夜景だろうが、70年代のジャクリーン・ビセットだろうが、 この美しさには適わない。これを押せば、あっ! という間に世界中が死滅 するんだ。悪魔と悪夢の結晶だよ。こんなに美しいものはない」 「はあ……」 「ぼくはこれを、寝る前に30分ほど眺めてからベッドに入ることにしたのだ。 おかげで最近、体の具合がいいんだよ」 「そうですか……」 「しかし、ひとつ気に食わないことがあるのだ」 「なんでしょうか」 「こんな美しいものを、ぼくの他にも持ってる人間がいるってことだ。その気に なれば世界を滅ぼすことの出来る人間が、この世界には私を含めて7人いる。 それが気に食わなくてね」 「はぁ……」 「出来ることなら、そいつらを消してやりたいのだが、そうも行かないだろうな」 「も、もちろんです!」 「そいつらを消しても、そいつらの替わりが出てくるだけだからなあ。いっそ 戦争でも起こせればいいんだが」 「こ、この時期にそんな発言はしないでください!」 「そんなに緊張しなくてもよろしい。大丈夫だよ、すぐに仕舞うから。なに、 一度押しただけで発射などしないよ。こっちについてる機械で指紋、角膜、声紋、 その他もろもろををキチンと照合しなければ発射しない仕掛けになってるのさ」 「そ、そうなんですか。それは安心しました」 「……ところで、あの音はなんだ?」 「はぁ……む、本当だ。空のほうです。だ、大統領。もしや」 「あっ」 ***************************** Trauermarsch http://red.ribbon.to/~kiriko/ *****************************