『レミングス』  一人の学生が言いました。 「もう駄目だこの国は! とにかく全てが駄目だ! 直接国会に行って 話をつけてくる!」  学生は頑張って仲間を集め、国会に押し掛けました。 「国会議員はいい加減にしろ!」 「この国をまともにしろ!」 「僕達のことをなんとかしろ!」  デモの人数は日に日に膨れあがり、その声は国会の中になんとか届く ぐらいまでになりました。 「うるさいわね!」  一人の主婦が言いました。  国会からちょっとだけ離れた高級住宅地に住んでいる彼女は、デモの 声が日に日にうるさくなっていくのに気づいていました。  そして彼女は、大好きなワイドショーを見るときに、テレビのヴォリュ ームを40まで上げないと聞きづらいと気づいたところで立ち上がりました。 「きっと、デモがうるさいって思ってる人は他にもいるはずだわ。大勢 集めて直接話をつけてくる!」  主婦は頑張って仲間を集め、学生の群れに押し掛けました。  しかし学生は夢中で相手をしてくれません。デモは更に膨らみました。 「オヤツがないー!」  一人の子供が言いました。  最近なんだか判らないけど、帰ってきてもいつもママがいないのです。 外からはわけのわからない声ばかりが聞こえます。  子供は学校に行って、親友のケンちゃんに相談しました。  頭のいいケンちゃんは、たちどころに質問に答えます。 「今はね、30代主婦の間でデモが流行ってるんだよ」 「デモ……?」 「要するに、大勢でどこかに押し掛けて、大声で文句を言うってことだよ」 「ボクも文句を言いたいよ! 最近家に帰ってもオヤツがないんだ!」 「そういうことなら、君もデモをしてみたらどうだい?」  子供はすっかりその気になりました。  彼は同じような不満を持った子供たちを集め、主婦の群れに押し掛けました。  しかし主婦は夢中で相手をしてくれません。デモは更に膨らみました。 「何で家に誰もいないんだ!」  一人のサラリーマンが言いました。  仕事に疲れてヘトヘトで帰ってきているのにも関わらず、家には晩酌をして くれる妻も、心を和ませてくれる子供もいません。  一日だけならまだしも、ここのところずっといないのです。  彼が寝静まるころを見計らったように、二人して帰ってくるのです。  そんな日が二週間ほど続いたところで、ついに彼は爆発しました。帰ってきた 妻と息子を捕まえ、問い詰めます。 「お前たちは私をほったらかして、一体何をやってるんだ!?」  妻と子供はしぶしぶ答えを口にしました。サラリーマンは驚いて言いました。 「デモ? 一体何のために?」 「貴方には私の不満なんかわからないのよ! だからデモをするの!」 「ボクも一緒だよ。お父さんにはボクのことなんか何もわからないのさ。だから 明日もデモに行くよ」  サラリーマンは逆上して叫びました。 「そういうことなら、お父さんもデモに行ってやる! そしてそこでお前たちに 対する不満を思いっきりぶつけてやるぞ! いいか!」  翌日、デモはサラリーマンの群れで更に膨らみました。 「それ……は……審議を……ます」  一人の国会議員がいいました。しかしその声は、議事堂の外から響いてくる 地鳴りのような怒号にかき消され、ほとんど聞こえません。 「……長官、……ん、どう……へ」 「はい、こん……です。……は、私の…………うるさい!」  ついに一人の国会議員が大声をあげました。  その声はマイクに乗っかって、国会中に流れました。 「こんな状態では、まともな審議など行えません! 審議の再開の前に、外に いる連中をなんとかしていただきたい!」 「じゃあどうすればいいんだ!」 「彼らに対してデモを行うのです!!」  かくして、国会議員の集団がデモを始めました。  ところが、みんなは自分の主張を叫ぶばかりで、全く耳を貸してくれません。 デモは更に膨らみました。  連日連夜、デモは行われました。空っぽの国会を中心に。参加している誰もが、 相手の意見など聞かずに、自分の主張だけを叫び続けました。  デモは膨張の一途をたどり、朝九時集合、十二時から十三時までが昼休み、 五時に終了と言うルールまで出来ました。人々は出来るだけ暇を作り、どんどん デモに参加しました。 「本日のデモは終了です。皆様、お疲れ様でした……。本日のデモは終了です……」  アナウンスが流れるとともに、人々は帰路につきます。 「あー、疲れた疲れた」  一人の学生が言いました。 「疲れたけど、大声で叫ぶのって楽しいわね」  一人の主婦が言いました。 「なんだか、いいことをしたって気持ちになるよ!」  一人の子供が言いました。 「仕事のストレス発散にはデモが一番!」  一人のサラリーマンがいいました。 「ところで……」  一人の国会議員が近づいてきて言いました。 「みんな、何に対して怒っていたのですかな?」  彼らは歩みを止めて、首をかしげました。  一体何に対して……? 答えが浮かんだ人はいませんでした。 「そんなこと、どうでもいいじゃないですか」  誰かが言いました。 「それもそうですな!」  他の誰かが言いました。全員が首を縦に振り、ウンウンと頷いた後、ワッハッハと 笑い声をあげました。 ***************************** Trauermarsch http://red.ribbon.to/~kiriko/ *****************************