『The World is Mine』  満月の夜に、俺は彼を待っていた。土管に腰を下ろして。肌寒い秋の夜。 俺は少し体を揺すった。  東京都練馬区月見台すすきヶ原3丁目14番16号。ありていに言えば、 俺たちが空き地と呼んでいる小さな広場。時計を見る。時刻は深夜2時5分を 回ったところだった。少しだけ進んだ時計の秒針がきっかり2の文字を踏んだ ところで、足音が聞こえた。 「おうい、お待たせ」  シュルシュルという耳障りな足音を立てながら、彼は向かってくる。その 表情はにこやかだった。 「どうしたんだい、こんな夜中に呼び出して」 「聞いて欲しい話があるんだ」 「どうしたんだよ、そんな深刻な顔して」  俺は唐突に言った。 「お前が欲しいんだ」  言葉に出した瞬間、彼の好意的な表情が目に見えて固まった。 「どうしたんだよ、突然」 「俺はお前が欲しい」 「ぼくにそのケはないよ」  団子のような手を小刻みに揺らしながら、彼は首を振った。俺は少し笑った。 「そういう意味じゃない。大体、男同士って前に、ロボットと人間の間に 好いた惚れたなんて成立しないだろ?」 「22世紀では、ロボットと人間が結婚するケースも」 「俺はお前の力が欲しいんだ」  彼の話を遮って、俺は言った。 「お前が来る前、この街の中心は俺だった。誰もが俺の言うことを聞いたし、 逆らえる人間なんて誰もいなかった。でも、お前は一足飛びに俺を追い越して いったんだ。亀を追い抜く兎みたいに。いや、元々立っている次元が違うの かもしれない。どっちにしても、俺はそれが我慢ならない」 「おいおい……」 「お前の力が欲しいんだ。お前の持つ圧倒的なパワーが」 「嫌だ。ぼくが君のところに行ったら、きっと君は駄目になる」 「うんざりだ。俺の方がもっと巧くお前の道具を使う自信がある。そう、 ひょっとしたら街どころか、この国、いや、世界だって」 「それ以上いったらダメだよ。ぼくは君を軽蔑したくない」  決然とした口調だった。俺は真綿のように柔らかく言った。 「俺がこういう人間だということは判ってると思ってたけどな」 「君はそんな人間じゃない。思いやりがあって、友情に熱くて」 「全部俺のためにやったことだ」  その言葉が、壁を崩してしまったようだった。彼の無機質な瞳の奥に、諦観と 絶望の色が混ざったのを、俺は敏感に感じ取った。 「実に残念だ。実に」  彼はきびすを帰し、家路へつこうとした。あの弱虫の家に。俺はそれが我慢 ならなかった。こいつは俺のものだ。俺のものでなければいけない。  俺は土管の中から、金属バットを取り出した。  すすきヶ原の公園には大きな池がある。どれくらい大きいかというと、かつて 彼の妹がネス湖から恐竜を連れてこれたほどの。当分は見つかるまい。  これは何の犯罪になるのだろう? 器物損壊? 不法投棄? まさか殺人には ならないだろう。ニマニマしながら、俺は彼の重たい体を引きずって行った。 重りをつける必要はなさそうだ。  憑き物が落ちたような気分だ。今日はぐっすり眠れる気がする。水音を立てない ように。俺は静かに彼の体を池に下ろした。  池に沈める直前、彼の腹からポケットを外すことを忘れなかった。  13歩歩いたところで振り返る。それが、彼を見る最後の機会になった。あれだけ 殴ったというのに、池に沈んでいく彼の頭はやっぱり丸かった。 --------------------------------------------------- 「こっそり月見雑文祭」出展作品 ルール 秋や月見などを多少絡める。 縛り 1、始まり:満月の夜に 2、文中に『すすき』『うさぎ』『団子』をいれること。(言葉の前に何をつけても可) 3、掛詞又は(文中に)月見に関した語の同音異義語を入れること。   「月=尽き=憑き」など 4、締め:やっぱり丸かった。(語尾は変えられても結構です) --------------------------------------------------- ***************************** Trauermarsch http://red.ribbon.to/~kiriko/ *****************************