「Mr.フルスイング」血祭りレビュー
少年漫画の同人化が深刻だっていっても、いくらなんでもこりゃないっすわー。
と思いきや、意外とファンが多いらしい。白痴ですかアンタラ。
中には、「「ミスフル」は「スラダン」を超えた!」とほざいてる信者もいる模様。だから、そういうキチガイはとっとと801星に帰れっつってんだろ! てなわけで、鈴木信也「Mr.FULLSWING」。
つーか、冗談抜きに、少年ジャンプ三十年の歴史でワーストを争えるほど酷いデキだ思うんですけど。まあ、さすがに十週打ちきりとかの漫画は除くにしても。
現在では「こち亀」とともに、ジャンプクソ漫画のツートップとして大活躍。
クレスポに対するクラウディオ・ロペス! サイモンに対するガーファンクル! ウッチャンに対するナンチャン! とまあ、オクヤス先生もドビックリな感じです。どんな感じだ?
とか書いたのは昨年の年末ですが、今は「いちご」、「テニス」、「プリティガール」らとともに少年ジャンプ死の中盤を形成。端っこからベッカムさん、ジダンさん、フィーゴさん、バラックさん、ロベルト・カルロスさんと名づけることにした。スゲー布陣ですな! 死ね。
話の内容は、説明するだけでサーバーに対する嫌がらせに近いですが、しないと話が進まないのでする。プロバイダゼロの皆様、すみません。
なんか、モテないやつがとある女の子に一目ぼれして、そいつが野球部のマネージャーだったんで野球を始めるわけです。
んで、ホームランボールを校舎にぶち当てるという伝説を、何十年ぶりかに達成する、というところから物語は始まる……というもの。
なんのことはない、「スラムダンク」の劣化コピーですんで気にしないでいいです。
話の内容はそんな感じでどうということもない。眠れる天才が目覚める……という、スポーツ漫画の王道を行っているわけで、このタイプには超名作「スラムダンク」が存在するので、わかりやすいように比較検討しながら考察してみよう。
まず、身も蓋もないんだが、絵がキモイです。
というか、登場人物たち、口開きすぎです。そろいも揃って口呼吸なんでしょうか。口臭がすごそうです。
登場人物の目が全部同じ。パターンが3通りくらいしかないようなので、髪型変えたり、肌の色変えたり、バンダナかぶせてみたりと必死の書き分け。しかも根本的に絵が下手なので、人物のドアップばかりになってキッツイのなんの。
さすがに脇役はどうでもいいのか、全員同じ顔なのが涙を誘います。アアー、あだち先生!!
次に、ムリヤリ挿入されるギャグが極寒。
「スラムダンク」よろしく、随所にギャグが折りこまれるんですがつまらないを通り越して雑誌の上に寒波を巻き起こしています。
今週のだけ読んでも、
「山奥にゴリラが!」
「コンパスって、ドラゴンレーダーかよ!?」
「二人とも壊れてるー」
「バッグの中からエスパー伊藤が!」
と、4個も挿入されている上、全部つまらないというハイアベレージ。麻雀だったらハネマンツモ4連発クラスの凶悪さです。全員飛ばして嬉しいナ! 嬉しいナ! そんなに嬉しいのかお前死ね。
仕舞いには自分を面白いと思いこんでるヤツが必死にギャグを飛ばしてるような気まずさすら漂ってます。みんな引いてるっつーの。リアクションするのもウンザリしてるっつーの。空気読めよ。飯田ヨシカズ、てめーだテメー。みんなリアクションに困ってんだろうが! って、超身内ネタで攻めてみました。どうですか。知らん。
まあ、そんな中くらいの傷も幾つかあるんだが、最大の問題点はコレ。登場人物にリアリティがなさすぎ。
ちょっと読めばわかるんですが、出てくるキャラ出てくるキャラ、現実感のカケラもない連中ばかり。
男塾の敵キャラみたいな、なんともいえないビジュアルのヤツ。
ゴーグルとウォークマンで完全武装して一言も喋らないヤツ。
語尾が全部ローマ字のヤツ。
やたらガキっぽいヤツ、タメに話すのにも敬語使うヤツ……枚挙にいとまがない。
これらは全部、現実にはまずいないキャラクターです。
こういうのに魅力を感じる人もいるのかもしれない。が、自分は少なくとも魅力を感じない。彼らに会ってみたい、話してみたいとは思わない。
ひるがって、「スラムダンク」はどうだったかと考えてみる。
花道、流川、ゴリ、晴子、宮城、三井……。
ほどよくキャラクターが抑えられている。全部、我々の周囲にいそうな、どこにでもいる高校生でした。
では、彼らは漫画のキャラとして失格だったのだろうかというと、そうではない。彼らのキャラクターは、この上なく際立っていた。「スラムダンク」ほど、魅力的なキャラクターを描いた漫画など、そうはあるものではありません。
では、この差はなんなんでしょうか。
それは、登場人物の性格が、ムリヤリ与えられているのか、そうでないのか、の差だと思います。
「ミスフル」の登場人物。
これは、言ってみれば記号です。
この登場人物はこういう喋り方をする、趣味はこうである、性格はこうである、とあらかじめ作者に役割が決められており、その通りに動いています。
こういう書き方だと、登場人物はリアリティを失いやすい。
喋り方などそうそうないし、趣味にしても性格にしても、明確に区別していくとすぐに尽きてしまう。それだけに、突飛なキャラクターをどんどん生み出していかなければならない。書き分けにならない。
「ミスフル」の登場人物がリアリティがないのは、こういう理由によります。
では、「スラムダンク」はどうだったのか。
そもそも、あの漫画に出てくるキャラクターを一言で説明することなど、できるだろうか。
赤木の性格を一言で説明できるだろうか。花道は、流川は?
その作業は困難なはずです。なぜか。
それは、「スラムダンク」の登場人物が、ムリヤリ作られたものではないからです。
彼らには性格が与えられる前に、物語が与えられている。
桜木は、初心者でありながら急激な成長をし、だんだんとバスケの素晴らしさに目覚めていくという物語が。
赤木には、全国制覇を目指しつつも、チームメイトに恵まれずに苦汁を舐めつづけてきたという物語が。
彼らがどこにでもいる人物でありながら、どこまでも魅力的に書かれているのは、彼らの背後に物語が見えるから、なのです。だから、作者は彼らに無理な設定を与える必要はない。性格など、勝手に作られていくのです。
「スラムダンク」の登場人物を一言で説明できないのは、こういう理由のためです。
さて、それでは、ムリヤリ与えられた人格というのは悪いものなのか。
私は、決してそうは思わない。
「ワンピース」や「ハンター×ハンター」のようなバトルもの、ギャグ漫画、推理小説などでは、キャラクターに物語を与えないことが効果になっている作品はたくさんある。
では、野球モノのはどうなのか。
魔球、秘打のオンパレードのような、試合のインパクトだけで勝負する漫画ならば、キャラを記号で書いてもなんの問題もないだろう。
しかし、「ミスフル」が志向しているのは、「スラムダンク」的な、リアリティに基づいた野球モノなのです。球が速い、足が速い、守備が巧い、リードが巧いといった属性は与えられているが、決して異常な試合は行われない。
記号のキャラクターによって行われる、リアリティのある試合。
そんなものが成立するはずはなく、その中にクソ寒いギャグが挿入されまくり、それら一連がドヘタな絵で展開される。
「ミスフル」を読んでいて感じる気持ち悪さというのは、こういう要素が絡み合っているからなのであるのです。
しかし、今はこんなクソ漫画でも、キャラクターのインパクトで押しきることのできる時代らしく、「ミスフル」は一向に打ちきられる気配がない。
「ミスフル」の親分、「テニスの王子様」に至ってはアニメにまでなっちまった。
世の中には、軟弱な読み手のなんと多いことか。
マッタク、嘆かわしい話です。
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