なぜジャネット・リーはバス・ルームで殺されなければならなかったのか
アルフレッド・ヒッチコックの「サイコ」を今ごろ見た。なんと初見です。映画好きでチューなんて言ってても所詮こんなもんです。
感想はといえば、月並みになりますが、大変面白かった。つーか、夜中に見るんじゃなかった。怖くて眠れないよう。
「この映画は結末三十分前になったら入場禁止です」
「この結末は絶対に他人に明かさないで下さい」
などなどの痛快なコピーで知られる、ヒッチコックの最高傑作ですが、実は結末は読めました。犯人登場のシーンで、「ああ、こりゃこうなってこうだな」とピーンときて、結局その通りだった。まあ、ミステリの世界では基本的なワザというか、同じような傾向の作品は幾らでもあるので。
逆にいえば、それだけのフォロワーを生んだヒッチは偉大だったということなんですが。
ただ、ネタが割れていてもこの作品は充分に楽しめます。断言します。良くある、ラストのどんでん返し一発勝負という作品ではありません。
なぜかというと、ヒッチコックの天才的なカメラ・ワークが、全編に渡って作品を盛り上げているからです。
カメラ・ワークなんて難しいことわからないよー、という人は、とりあえず見てみてください。その異常なまでに巧すぎるカメラ・ワークにドギモを抜かれること間違いありません。
例えば、第二の殺人シーン。
ここでは突如として、カメラが上からの視点になります。そして、何の前触れもなく画面に犯人が登場し、被害者を刺殺して去っていきます。
私なら、こういうシーンを撮る場合、多分被害者の視点で撮ると思います。被害者の視界に突如入ってくる犯人の姿。これはこれで怖いと思いますが、ヒッチコックはあえて上からの視点を取った。なぜか。
理由は二つあって、一つはネタバレになるので明かせないのですが、もうひとつを挙げると、それがもっとも効果的だったからです。上からの視点を取ることで、被害者の回りに空間を作り、BGMを止めて見ている人間を不安な気持ちにさせる。そこに犯人登場、BGM大音量となると、アルツハイマーの老人でもビックリします。これが天才芸というヤツです。
例えば、結末の直前、犯人が被害者の妹を殺しにくるシーン。
被害者の妹は洋館の中にいて、犯人が向こうから走ってきます。
こういうシーンを撮る場合、私ならば犯人の視点で撮っていたでしょう。犯人が被害者に近づいていることを表現するために、それがもっともよい方法であると考えていたでしょう。
ヒッチは違います。
妹が窓の外をちょっとのぞくと、その一瞬、こちらに駆けてくる犯人の姿が見える。なんとこれだけなのです。ただ、この一瞬が実に怖い。必死の形相で迫り来る犯人と、それに驚愕する妹。このシチュエーションを、コンマ数秒に収めてしまった。その手腕は紛れもなく天才です。
有名なシャワー・シーンも同様。
なぜジャネット・リーはシャワー・ルームで殺されなくてはならなかったのか。ベッド・ルームや中庭ではなぜ駄目だったのか。
ここまで読んでくれた人ならば、以下の写真を見てもらえればおわかりでしょう。
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ここにいるのが犯人です。手前がリー。
この直後に犯人がカーテンを開けて、襲ってきます。カーテンの向こうから迫り来る犯人の影。ヒッチコックは、この悪魔的な演出をなんとしても行いたかった。ドアを開けたら犯人が飛び込んでくる、というような、ありきたりの演出では満足いかなかったのです。
そのため、薄いカーテンのある部屋を選ぶ必要があった。そんな部屋は、シャワー・ルームの他にはない。
このシャワー・シーンが、映画史に残る伝説のシーンになったのには、色々と理由があります。
先程説明したスリリングさ。ドクドク流れる血が排水溝に流れてゆく生々しさ。リーがヌードシーンを演じたというスキャンダラスな要素。
そういった全ての要素があいまっての名シーンなわけですが、その着想は、いかにサスペンスを盛り上げるかに腐心し、薄いカーテンという地点から逆算して作られたということを見逃してはいけません。
何度も言いますが、ヒッチコックは正真証明の天才でした。
作品をもっとも面白くするための斬新なカメラ・ワークを次々と発想していきました。
「サイコ」は、そんな彼の真髄がたっぷりと詰め込まれた大傑作。まだ見てない人は、とにかく見れ。こんなオモチロイ映画は、めったに見られません。
■追記
ヒッチコックに関しては、ネットにもリアルにも「ヒッチ狂い」と呼ばれる人がわんさかいるので、そちらを参照してください。
ただ、「サイコ」に関しては、平気でネタバレしているサイトが幾つかありますので、とりあえず本編を見ておいたほうがいいと思います。
ちなみに私はヒッチ狂でもなんでもないです。見た映画は、「見知らぬ乗客」、「鳥」くらいなもの。
ゆえに、ヒッチ狂の人から見たら、なにを今更こんなこと言ってんだってなことになると思いますが、その点はご容赦を。
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