スタンリー・キューブリック 「博士の異常な愛情」
☆☆☆☆
正式タイトルを「博士の異常な愛情/また私はいかにして心配するのを止めて水爆を・愛する・ようになったか」というこの映画。ちなみにこれは邦題ではなく、原題の直訳だというのだから、題名からして人を食った映画である。
アメリカ空軍のリッパー将軍がある日突然、ソ連への核攻撃を命令し、戦闘機が空爆に向かうというのが出だし。
リッパー将軍は「無線を傍受されるのを防ぐため」という理由で戦闘機の無線を全て暗号でロックしてしまい、自分は空軍基地に立てこもってしまう。果たして空爆が始まるまでに暗号を解明し、戦闘機を呼び戻すことができるのか?
プロットだけを見ると、ケン・フォレットかフレデリック・フォーサイスかといったところだろうか。たった一人の軍人の発狂から世界が危機に晒される辺りのスケールの大きさはほとんどSFだ。冷戦構造の危うさを告発したと評価されているが、この荒唐無稽さといい、人を食ったタイトルといい、どうもそうした啓蒙的な要素は見出せない。キューブリックは「人間は馬鹿だ」といいたいがために、当時世界を覆っていた冷戦構造を利用しただけのような気がする。
そう、「博士の異常な愛情」を一言で言うと、「人間を馬鹿にしている」。これだ。アメリカ大統領がソ連の大統領にホットラインで危機を知らせるも、ソ連の大統領はウォッカの飲みすぎで潰れていた……などといったくだりに、キューブリックの悪意のようなものを強く感じる。
ただ、悪意が悪意のまま生で放り出されていない辺りが巧いところで、「人間は馬鹿である」と言っている傍らで、そのメッセージを巧みにプロットに取り込んでいる。「博士の異常な愛情」というと、例のミサイルのシーンが有名だが、このような脚本の巧さが際立っている。
ドクター・ストレンジラブの最後の台詞、そしてぶっとんだラストシーン。綿密に組み立てられた物語が心地よく崩壊する調べ。たまりませんな。
2003年5月27日
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