横山秀夫 「半落ち」
☆☆☆★
去年の話題作「半落ち」読了。
序盤〜中盤までは、「物凄い作品に出会うことが出来た」と身震いするぐらい衝撃を受けたわけですが、結末部分で完全に失速。帯には「半落ちに寄せられた感涙の嵐!」とかなんとか。うーん、泣けるかこれ? 以下雑感。
短編を読んでても思うのだが、横山秀夫のミステリって結末が偉く唐突なんである。
どの作品もそれまでの展開から予想も出来ない結末に着地するので、見方によっては「衝撃の結末!」と言えるのかもしれないけど、逆から見れば結末を予測するためのデータが不足しているとも言えるわけで。
要するに、それまでのストーリーを予想もしない地点に着地するために必要な要素が「伏線」になるわけですが、この辺の貼り方が駄目駄目。伏線の貼り方に失敗しているので、突飛な結末を突飛としか受け入れられず、その先にある「泣き」のパートまで感情移入が続かない。
具体的に失敗している例をあげると、しきりに繰り返される「梶は五十歳で自殺する気だ」という警告。登場人物たちが何故このような警告が出来るのかがさっぱりわからない。
梶の家に「人生五十年」の詩が飾ってあっただとか、「もう少し生かせてください」と供述しただとか、それらしく説明されているものの、こんな些細なことから警告を発するまでに至るか? 結果的に、この「五十歳まで生きる」というのは結末で涙を誘うための装置だったわけですが、事前の警告を受け入れるのに抵抗を覚えてしまったために返ってあざとく感じました。
ただ、褒めるべきところもたくさんあります。
「殺人の事実は認めたのに、なぜ自首するまでの2日間の空白について口を閉ざすのか?」
といった魅力的な謎の提出は相変わらずお見事。この些細な謎で読者を引っ張っていく力も凄いし、何より謎 → 解決というフローの内部だけで物語を構築してしまう手腕は凄すぎる。結果的に私は出来上がった物語に満足は出来なかったものの、この物語構造の美しさにはため息をついた。現在の作家でも随一でしょう。
登場人物6人の視点で入れ替わり立ち代り物語が語られるという構成も素晴らしい。
同様のミステリに宮部みゆきの「長い長い殺人」などがありますが、完全にこちらのほうが上。登場人物のキャラも全員際立っていて、これなら人生経験の豊富な中年・壮年の方も満足できるのでは。
横山秀夫のポテンシャルの高さと、弱点とを両方最高レベルで味わえる、「大いなる失敗作」と言っていいと思います。伏線のセンスが身に付けば凄い作品をものにする可能性高し。次作に期待。
2003年11月17日
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