『空から女の子が降ってくる話』  セスナ機から身を投げて、恐らく十秒ほど経った時のことだった。俺は自分の傍らにいる見知らぬ少女の姿を発見し、 ギョッとした。 「おじさん、何やってるの?」  少女の声が聞こえる。馬鹿な、そんなはずはない。だって今は――。 「ああ、ひょっとしてスカイダイビングって奴かな」  少女は合点したようにはにかんだ。俺はつられて頷く。  物凄い勢いで落下する感覚と、そこにあるべきではないものが確かに見える現象。その二つが俺の現実感を奪いかけて いることを、俺は客観的に認識する。これは幻覚だ。見てはいけない。話してもいけない。安全に着地することだけを考えろ。  少女は俺の逡巡を無視して続ける。 「人間って不思議よね。羽もないのに空なんか飛んだら危ないじゃない。でもその危なさを楽しもうとする」  美しい楽器のような声だった。声だけではない。透き通るような白い肌。他人の心をひきつける上品な微笑。話してはいけ ないと毎秒毎秒自分に言い聞かせながらも、俺はその声に耳を傾けざるを得なかった。 「あなたたちの人生もそう。もうこの地球の生態系で圧倒的な勝者になってしまったあなたたちには、もう生きる意味なんか ない。だから無理やり生きる意味を作って、自分を納得させて生きようとする。マッチポンプ。はっきり言って滑稽だわ」 「君はなんなんだ」  思わず言葉が口をついた。少女は屈託のない笑みを見せる。 「私は、人間に「生きる意味」を与えてあげる存在」 「どういうことだ?」 「今すぐ判るわ」  少女は笑みを浮かべたまま、落下する方向に顔を向けた。その表情は、好奇心や楽しさといった明るい感情に満ち満ちている。 「こんなところで人間に会えるとは思わなかった。ちょっとびっくり。でも、楽しかったわ。またね、おじさん」 「おい、どういうことだ。君は――」  俺の言葉が届く間もなく、少女は自由落下を超えた物凄いスピードで落下し始め、瞬く間に見えなくなった。  ――今のはなんだ? 幻覚にしてはリアリティがありすぎる。だが、しかし。  俺はそこで内なる言葉を断ち切る。  ――そろそろパラシュートを開かないとやばい。  出来るだけ冷静になるよう努め、胸のあたりのレバーを操作しようとした、その時だった。  地面の方が圧倒的な光で溢れ返り、次の瞬間、火山が噴火したかのような爆音が轟いた。続けてやってきた台風のような風に、 俺の体は枯葉のように吹き飛ばされる。  ――息が出来ない。  訳が判らなかった。目の前の光景に頭がついていかない。体験したことのない風圧に、呼吸が出来なかった。必死にパラシュート を開こうとするが、巧く体が動かせない。上も下も判らないまま、俺はもがき続ける。  その時、俺の視界に見慣れない光景が映った。  それは、火の海と化し燃え上がった地上の姿だった。山も建物も何もかもが真紅に燃え上がっていた。その光景のあまりの凄惨さに、 俺は慄然とした。  だが、その感情も長くは続かなかった。息苦しさも限界を超えていた。万華鏡のようにぐるぐる回る俺の視界は徐々に暗くなっていき、 やがて何も見えなくなった。 ------------------------------------------------------------ 【降臨賞】空から女の子が降ってくるオリジナルの創作小説・漫画を募集します。 条件は「空から女の子が降ってくること」です。要約すると「空から女の子が降ってくる」としか言いようのない話であれば、それ以外の点は自由です。 http://q.hatena.ne.jp/1231366704 ------------------------------------------------------------ ***************************** Trauermarsch http://red.ribbon.to/~kiriko2/ *****************************