「鬼柳…永続魔法つまずきのガガギゴみたいな事になってるぞ」
「…心底的確なコメントありがとよ、遊星。マスターガイドのコメントすら的確たぜ…」
そんな会話が交わされたのは、廃人アパートの共有部分。いつ床が抜けるかと、いつもスリリングな歩行を強いられる場所。因みに朝だ、本日資源ゴミの日。
そんな、ある意味死活問題な時間帯。鬼柳はまだ寝ていて、クロウに寝起き架空デュエルを挑まれているくらいの時間。何故か彼は、頬を腫らしながら廊下で両膝両手をついて、クロウの部屋の前で絶望していた。タオルと歯ブラシ片手に洗面所に向かおうとしていた遊星が、うっかり挨拶よりも先に別の言葉をかけてしまっても、仕方がないというもの。
マスターガイド、辺りで全てを悟った遊星は、困ったように蹲る鬼柳の背を眺めていた。
と、一番階段に近い部屋の戸が開き、遊星と同じくタオルと歯ブラシを持ったジャックが顔を出す。因みにジャックは、洗顔フォームも持っている。
「ん?なん…鬼柳お前、orzみたいな格好をしてどうした」
「……遊星、ジャックへの携帯メールでも、orz連発すんだな…」
これまた的確だけれど、ネットの使い道はカードウィキ以上、のジャックが基本的にお目にかからない単語の羅列。知っているのは遊星が連発するからで、おかげでカード廃人アパートの住人は、2ちゃん用語ニコ用語などお手の物…などとちょっと自慢している場合ではない。
「好きな子にふられて落ち込んでいるらしいぞ」
ついさっきまで困っていたというのに、遊星は基本的に言葉を濁す事をしないから。すんなりとマスターガイド通りのコメントを、ジャックに伝えれば鬼柳の肩が更に下がった。
「ああ、永続魔法つまずきな。なるほど的を得ているな!」
瞬時にカード変換したジャックが、場にそぐわない明るい声を上げたものだから、更に。
「ヴヴ…あああぁぁぁ!!クロウごめん、俺が悪かった!!ちょっとやりすぎた、反省してる!!反省してるから出てきてくぶごふっ!!」
唐突に奇声を上げ、まるでクロウの部屋の戸に縋るように哀願しだした鬼柳は。
物凄く痛そうな衝撃音と。物凄く痛そうな、蛙が潰れたような声。そして本格的に廊下で転げ周り額を押さえる鬼柳の姿でもって、遮られる。ちゃんと服を着替えたクロウが(基本的に朝は皆揃ってスウェットだ)扉を勢いよく開けたからだ。
完全に扉にくっ付いていればこんな事はなかったのに、5センチほど空間を残して叫んだからこその大惨事。地味に一番痛い間合いだ。
鬼柳が悶絶しているというのに、クロウは一瞬たりとも視線を向けない。呆けた顔で二人を見比べるジャックと遊星に、それぞれ視線を向けて。
「ちょっと早いけど、バイト行ってくるわ」
底冷えしそうなほど低い声で言ったものだから、小刻みに頷くしかない。
「あとそのゴミ、捨てといてくれ。Gより目障り」
「…因みにそれは、黒光り?」
「ああ、黒光り」
ああ、うん…
勇気を出して問うた遊星に、クロウはあっけらかんと答えてひらと手を振り行ってしまった。いまだかつて、朝食を食べないクロウなど初めてだ…じゃない。
「凄いぞ鬼柳!黒光りするGより目障りなど、最上級嫌悪ではないか!」
シンクロ使いにとって、地味どころじゃなくいやらしい黒光りするG。全員がそのいやらしさを体験しているからこそ、ジャックは何故か上機嫌でバンバン鬼柳の叩く。
ジャック、それはとどめだ…
懸命にも声に出しては言わなかった遊星は、けれどもう遅いとも思い直し。泣き崩れる鬼柳を前に、大きな溜息をついていた。
「俺のターン、ドロー。…DNA改造手術発動、選択は昆虫。同時に虫除けバリアー発動、これで攻撃宣言が出来なくなったな、鬼柳」
「…慰めデュエルだろこれ、容赦ねぇ…」
「なんとでも言え。次に傀儡虫を手札から捨て、そうだな…アレクトール貰おうか」
「貰おうかっておま…」
「効果怖い伏せカード怖いゴドバ怖いガクブル…というわけで、アレクトールとスパイダースパイダーをリリースし、我が運命の光に潜みし亡者達なんちゃらかんちゃら現れよ地縛神Uru」
「おま、ちょ!なんちゃらって酷くね?!」
「口上長い。では…ウルの効果でマザースパイダーをリリースしバルバロスを頂く」
「やめて!遊星さん怖い!!」
「ガイアパワー張ってバルバ召喚したお前に言われたくない。バルバロスでジェネワ攻撃1000ダメージな、ついでダイレクトアタック3000でターンエンドだ」
「ヴヴヴヴ…ちくしょうううう!!俺のターン、ドロー!!サイクロン発動対象改造手術!伏せモンスターワンショットリリースで、出すぜ二体目アレクトール!!実は手札で腐ってた!墓地からワンショットとジェネワ除外してバルUr特殊召喚!アレクトールの効果発動対象は地縛神!トラップ発動大火葬!!」
ゼェゼェと、立ち上がる勢いでそこまでを宣言し終えた鬼柳に、遊星は何処までも静かな視線を向ける。
「……で」
「あ〜…ガイアがあるから、バルUrでUru攻撃、バルバでダイレクト3500、アレクトールでダイレクト2400、合計5900だ。通るか?」
「残念ながら、墓地に昆虫がいないときのこのデッキは可哀想な子でね。咆哮も出せなくなったしな…」
何故来ない神宣…呟きはしても、特に思うことはないのだろう。潔くありがとうございましたと頭を下げ、そして。
「そんなだから、ふられるんだ」
「残りライフ300まで削ったお前には言われたくねぇ!」
「俺はUruを出す前にライフ3000だったんだがな…最後に引いたのサイクロンだろ」
「うん、正直勝ったと思った」
かなり熾烈な皮肉を言ったというのに、鬼柳はもうさほどショックを受けていない様子。
漸く落ち着いたか…
思い、遊星はこっそり溜息をついた。いじけた家主のお守は大変なのだ、正直な話。
『クロウ、俺とデュエルしてくれ!それでもし俺が勝ったら…お前に伝えたい事がある』
そう言って、鬼柳はデュエルを申し込んだらしい。クロウは鬼柳の只ならぬ様子に何かを悟ったのだろう、ひとつ頷くと自分の全力BFデッキを手に取ったという。
そこまではいい。
問題ない、デュエリストたるもの、相手が全力で来るとわかったならば全力で返すもの。だからきっとクロウは、鬼柳がインフェルニティで挑んで来ると思っていただろう。
しかし蓋を開けてみれば。鬼柳が使ったデッキは、スキドレ墓守だった。
「…しかも聖なるあかり積んでた」
「馬鹿かお前は」
ジャックが吐き捨てたのも頷けるというもの。墓守もほぼBFと同じ闇属性、相性が死ぬほど悪い聖なるあかりを入れている時点で、完全にBFメタを視野に入れている。
手札に来た唯一の地属性墓守の司令官を温存し、確実にスキルドレインを破壊してくる相手に、まさか入っているとは思わないだろう聖なるあかりを出してみせる。墓守の司令官が手札に2枚くらいあって、聖なるあかりが魔法やトラップで破壊される前にスキルドレインか不幸を告げる黒猫が手札に来れば、闇属性相手にならまず勝てる編成だ。
明らかにBFメタ。
どんな手を使ってでも、絶対に負ける気がないその姿勢はかなりいやらしい。しおらしくデュエルを申し込んだ後なだけに、クロウの憤りは相当なものだっただろう。通常召喚も特殊召喚も出来ないというだけでイライラするうえ、ネクロバレーの効果で攻撃力2100の司令官にガンガン削られる。手札効果のカルートすら、ネクロバレーの効果で発動する事が出来ない。
この後の告白など、クロウじゃなくても受けないだろう、普通。何故そんな普通の事をわからないのか、鬼柳は。
「しかしなんでまた、闇属性の墓守に聖なるあかりを入れようなどと思った。普通に天使デッキでいいじゃないか」
「ああ、いや…死ぬほど驚くだろうなと思って…」
一回出せば満足だから、あとは天罰とかのコストにしようと…
言った鬼柳は本当に馬鹿だ。確かに死ぬほど驚くだろうが、その後死ぬほど腹立たしくなると予測できなかったのだろうか。
クロウが鬼柳の顔面に拳をめり込ませるという散々な告白劇から早4日。その間、仕事以外ずっと部屋に引き篭もるクロウに、鬼柳は着々と落ち込んでいく。鬼柳が落ち込むと、朝ご飯確保のゴミ出しが不発…になるわけでもなく、逆に奥様方は心配して豪華なお裾分けをくれるけれど。毎日顔を合わせる遊星とジャックは、たまったものではない。
こうして講義のない日に遊星が鬱々とした鬼柳を構っても、決定的な打破策とはいえなかった。クロウに目の前を素通りされるだけで、直に底辺まで落ち込むのだから。
「…兎に角、今日コンビニの方にジャックが顔を出すと言っていた。だから少しは落ち着け」
「それ人選間違ってねぇか」
「お前が文句を言える立場とは思えない」
はいすみません…
小さな声で謝る鬼柳に、遊星はまた溜息をつく。そして心底面倒だとも思う、恋愛というものは。
男同士など、この際まあ気にしないとして。基本楽観的な鬼柳をここまで追い詰める感情など、他にはあまりないだろう。それを思えば怖いとすら感じる。
「ままならないな、色々と…」
呟いた遊星に、鬼柳はひとつだけ大きく頷いた。
やり方はどうあれ、告白という最大の恐怖に打ち勝つため、鬼柳はデュエルを選んだ。そのせいでふられたとしても、勇気ある行動なのだろう、きっと。
遊星と鬼柳がままならない、ままならないと呟いている時、クロウがバイトするコンビニではジャックがクロウを睨みつけていた。レジの前で。
混まない時間帯だからか、客は他にいない。同僚も奥に引っ込んでいるようで、店の中にいるのはジャックとクロウだけ。
「…2パック貰おうか」
「…おう」
それだけで通じる。箱ごとガンとカウンターに乗せられたカードを、ジャックはゆっくりと選び始めた。選ばせるのは身内特典だ。
「この箱、ノヴァはもう出てるぜ」
「もう揃えた、問題ない。欲しいのは暴君の威圧だ」
淡々と会話を続けながらも、空気は只管に重い。今にも殴り合いを始めそうな雰囲気はしかし、ジャックとクロウが揃えばよくある事だ。ただ今回は、多少クロウの分が悪いだけで。
「…言いたい事はわかっているな?」
やがて、ゆっくりと選び出された2パックが小銭と一緒にカウンターに並べられ、レシートを出す前に封を切られたパック。
「ああ、今の雰囲気最悪にしてるのは俺のせいでもある。ちゃんとどうにかするから。お前らには迷惑かけちまったな」
カードを確認する事無く、とりあえずパックを両方開ける悠然としたジャックに。告げて、クロウは一瞬だけ、顔を歪めた。まるでわだかまりを抱え、なのにどうにもできないような、そんな顔だ。
「俺だって…」
「クロウ」
続けようとした言葉は、ジャックによって遮られた。思うところがあったのだろう、慌てて顔を上げたクロウはそこで、心底うんざりした顔のジャックを見た。
「…覇魔導師と何かをトレードするか!」
…………………このやろう
「お、まえ!話全然聞いてなかっただろ!!この馬鹿!!」
「馬鹿とはなんだ!由々しき事態だろう、覇魔導師はこれで7枚目だ!!」
「あと2枚出して魔法都市デッキ3つ組め!!魔法使い族なんざいくらでも組めるだろ!!」
「エクストラデッキを量産する意味がわからんわ!!」
「しらねぇよボケ!!俺は今のところ融合デッキ持ちじゃねえええええ!!」
人選は、矢張りあまり正しかったとは言えない。本当に殴り合いを始めそうになった二人に、慌てて仲裁に入った店長の苦労損だ。
けれどまた、クロウが家に帰ってから怒りに任せてデッキを掴んだ事は、一応評価出来るのではないだろうか。
結局はクロウも、勇気を出せず4日間も鬼柳を放置していたわけだから。
「鬼柳、俺とデュエルしろ!!俺が勝ったら言いたい事がある!!」
深夜1時。店が閉まったと同時に店舗に乗り込んできたクロウに、鬼柳は目を大きく見開いた。
4日もの間、目を合わせる事もなく言葉を交わす事すらなかった相手が、デュエルを申し込んでいる。しかも今回は、立会いとでもいうように遊星とジャックがいて。
何を言われるのか…
恐怖心がないわけではない。告白と同時に顔を殴られただけで、クロウからは明確な断りを与えられてはいないから。
けれど何かの切欠にはなるだろう。例え断られたとしても、諦めがつくという切欠が…あるのは正直堪えるけれど。
「…わかった」
告げて、カウンターの奥から取り出したデッキは、今度こそインフェルニティ。コイントスでクロウが先行。5枚のカードに1枚を加えたクロウは一度、大きく息を吸った。
「行くぜ…墓守の司令官を手札から捨て、デッキからネクロバレーを手札に加え、そのままフィールドにセット!!」
「へ?!」
「フィールドバリアを同時にセット!モンスターを一枚伏せてターンエンド!」
「ちょま!!墓守って…一発目からネクロバレーって!!」
「一発目からネクロバレーを出せない墓守デッキなんざ意味ねぇだろうが!最初にネタバレしてやる、俺は聖なるあかりなんざ使わないぜ、スキドレもな。俺が使うのは、結束と賄賂だ!」
人はそれを、メタと呼ぶ。
「墓守の時点でインフェルメタなのに、更に結束墓守か…」
「クロウ…監視者も3積みだろうな?」
「当然!」
「墓地蘇生をさせない、手札を捨てようとすれば監視者によって破壊される、しかもネクロバレーと結束のダブルドーピング…これは大神官の最終的な攻撃力が楽しみだ」
「インフェルニティ専用魔法トラップはほぼ紙だな。更に賄賂の発動でカードをドローさせられては手札0が困難。さて、どう切り抜ける?」
どう切り抜けるも何も…
カードウィキ様にも書いています、インフェルニティデッキにとって最悪のメタカードはネクロバレーって。
「安心しろ鬼柳、デュアルサモンも3積み、偵察者も3積み、末裔も3積みだからな!いくらでも特殊召喚して来いよ、いくらでも叩き潰してやる!そして大神官の肥やしになりやがれ!」
勝ち誇ったように宣言したクロウに、鬼柳は最早かける言葉もない。
最終的に墓守の大神官は、墓地にいる墓守と名のついたモンスター10体×200、ネクロバレーによる効果+500、結束による効果+800により合計攻撃力5300をマークし、ジャックと遊星から惜しみない拍手を受けることになる。
さて、結局どうなったかと言えば。
「告白なんて、大事な事…デッキに託しちゃいけねぇだろ。普通に告ってくれれば、俺だって普通に…普通に、受けてた!」
顔を真っ赤にしたクロウのデレで終る事になるけれど。
インフェルニティ使ってて、ここまで胃が痛かった事はない…
後にそう語るほど胃をギリギリさせている鬼柳はまだ、まさか自分の告白が受け入れられていた事など知らず。豊富なコストによって繰り出される末裔の、最初の破壊活動に恐れ戦くだけだ。
END
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