最近クロウが忙しないなと思って見ていたら、ある日京介は大量の砂糖を溶かす作業を手伝わされる羽目になった。
マーサのところにいたときからの習慣(だからこそジャックと遊星はまんまと逃げ果せた)だという、10月の飴作り。ハロウィンに合わせて沢山作り、子供達に配りまくる。そしてあわよくば自分用にも保存しておこうという魂胆だ。
何事も子供優先であるクロウが、飴を少しでも残す年があったのかは、かなり疑問ではあるけれど。
作るのは焦げる寸前まで煮詰めたものと、透明に近いものの2種類。
色が違えば、ものは一緒でも小さな子供は気付かず喜ぶ。
「すげぇ得した気分になるんだよな!」
これがクロウの談。
それはTrickされている子供達ではなく、作ってる方の得だよな?お母さん
とは思っても、勿論京介は言わない。
ただ延々鍋を転がしているだけなんて単純作業、あまり性に合う方ではないから、何か話しでもしながらとは思うけれど。
実は京介、先ほどクロウを怒らせてしまったため、大変話しかけ辛い。話しかけても返答が返ってくる事はないと、わかっているからだ。
では何故怒らせたかといえば、失言以外の何物でもないから致命的。
面倒くさい、量が多すぎる、そんなことを言いながらも楽しげに飴を作る、クロウに言うべきではなかった。
奪われた祭りの何がハッピーなんだ?
もし京介に弁明の余地があるならば、多少彼にも挽回は可能だった。
京介はハロウィンを、歴史上代表的な宗教戦略のひとつだと、そう教えられていたのだから。
まだ10才にもならない頃、暫く面倒をみてくれていた大人が、そのような物言いを好んで使っていた。
京介の構想力に長けた頭を見抜いていたのだろう。自分の知識を教え込んで、何をしたかったのか…考え方の極端さに嫌気がさしさっさと逃げたので、京介は知ることがない。どうせ碌な事ではないと、それはわかっていても。
ただ一番多感な時期に受けた思想や理念は、なかなか抜けるものではない。
京介は教わっていた。
昔ある国に、古い宗教があった。昔からずっとあるから、すでにその宗教の行事は習慣化され、国に根付いていた。
その国にあるとき、新しい宗教が入ってくる。力のある、多少強引なその宗教は、神様がひとりだけなので他の宗教を心底嫌っていた。しかしその国ではあまりにも行事が根付きすぎていて、改宗は難しいものだった。
そこで行われたのが、事実の塗り替え。
行事自体をなくすことができないならば、その内容をこちらの都合がいいように置き換えてしまえ。なるべくめでたくて、華やかで、子供が喜びそうなものに…。
強引過ぎる?何故、これが戦略というものだ。細部まで計算され絶妙に使い分けられた飴と鞭。
Trick or treat!!
言い得て妙とは思わないか?
まあその時代、もし悪戯を選んだなら、即死が待っていたのは想像するに容易いがね。
こんな説明を最初にされた子供が、ハロウィンを楽しめるだろうか?
京介の中ではその頃から、ハロウィンといえば悲しむべき負の遺産。だからサテライトで、貧しいながらもハロウィンを祝う子供達を見たとき。宗教など関係なく笑う子供達を見たとき、口々に
Trick or treat!
Happy Halloween!
叫ぶ姿を見たとき、愕然とした。
『Trick or treat』はまだわかる。しかし何故『Happy Halloween』だ?翌日聖人が降りてくるからか?それは喜ぶべき事なのか?略奪された祭りなのに。
そのような疑問を長年抱き続けてきた京介だからこそ、ついうっかり雑談ついでにぽろりと本音が出てしまい。
あっ、と思った時にはもう遅い。
ポンと膨らんだ頬と少し拗ねたように座る目が、クロウの不機嫌を伝えてくる。
それからずっと2人は無言。クロウは焦がす飴を、京介は透明な飴を黙々と作った。
さほど広くない台所の、4人用にしてはやや大きいテーブルの上。数日前ジャックが買ってきたものの、美味しくなくてなかなか減らない真っ赤なリンゴをあちこち転がしながら、形成をする。
クロウは固まりやすいから、そのまま鉄板の上に流し適当な大きさにした丸い平たい飴色べっこう飴。
京介は少し緩いため、マーサから借りてきた型を使う。容赦なく全てハート型の、透き通ったべっこう飴。
形成が終われば、今度は小分け。
勿論ラッピングなんて可愛いものではない。不公平にならないように同じ枚数だけティッシュに包み、セロハンで止めた。
こうして全ての作業が終わり、使った道具もお湯に浸けてから。不機嫌な顔のまま、クロウが言った。
「ハロウィンが理解できないなら、手伝わなくてもよかったんだ」
パタンと閉まった扉を、京介は呆気にとられながら見つめていた。
クロウは言うだけ言って、さっさと子供達のところへ。
なんて言い逃げ!全部終わってから言うなんて!
これは、ちょっと怒るところだろうか。それとも呆れてみるところだろうか?
少し考えて、それから。京介は苦笑を漏らした。
基本的にクロウの言動は、こちらが好意的に考えてやれるくらいの心意気で受け止めること。突き放すように話すとき、声を荒げることなく棘を含むときは、8割くらい素直じゃないだけの強がり。
「一緒に作れて楽しかったのに!くらいか」
呟いて。京介は楽しげにクツクツ笑いながら、テーブルに転がるリンゴを手に取った。
上から下まで真っ赤なリンゴ。見るからに美味しそうなのに、食べたら固くて掴みどころがなくて、甘みも少ないそれ。
「…美味しく食ってやろうじゃねえの?」
クロウがアジトに帰ってくると、台所でジャックと遊星がひどく神妙な顔で何かを食べていた。
部屋に漂うのは、バターと砂糖の混じった、それでもまろやかな匂い。
「何食ってるんだ?」
変な匂いではない、寧ろ美味しそうだ。にも拘らず、クロウは少し緊張した。ジャックと遊星が料理をすると、あらゆる意味で芸術的なものが出来上がる。
クロウの警戒を感じたのか、遊星が皿を持ち上げ中を見せてくれた。
見た目は…というか、多分、フレンチトースト。トースト1枚を9等分くらいに切り分け、牛乳と卵と砂糖を混ぜたものに暫く漬け込み、バターで焼く。
こういうちょっと手の込んだ物を作るのは、京介だ。
簡単だけど面倒で、普段はやらないようなこと。それを突然の思い付きで作るので、滅多に味わえるものではないけれど。
「今回は凄いぞ、あのリンゴを使ってる」
「あのリンゴと言うな!」
遊星の説明にジャックを無視しよく見れば、確かにあのリンゴ。うっすらとピンクに染まったリンゴが入っている。ちゃんと煮込まれ、一緒に焼かれたようだ。
「何だこれ?鬼柳随分気合入れたな」
「ああ…味も美味しい」
「ひとつを除けば、珍しく完璧なのだがな」
ジャックの言うひとつは、普段料理をするクロウから見れば一目瞭然だ。京介はなぜか、リンゴの皮を剥いていなかった。
「大丈夫だ、そんなに皮が厚くないから、言うほど気にはならない。クロウの分は冷蔵庫に入っている、焼くか?」
問うた遊星に、クロウは暫く考えて見せて。それから今気づいたというように、少しぎこちなく部屋を見渡す。
「…鬼柳は?」
帰ってきたときから、京介がいないことには気付いていたけれど。
「お前が帰ってくる少し前に、奇声を上げながら何処かに走って行ったぞ」
「ティッシュじゃ満足できねぇ!…と言っていた」
奇声を上げながら、満足できないと、走っていった?
「お前を探しに行ったと思ったのだがな。途中で会わなかったところをみると、行き違いになったか別の目的か…」
「あいつ俺が何処に行ったか知ってるから、行き違いじゃないと思うぜ?」
京介はクロウが子供達のところに飴を配りに行ったことを知っている。少し前にいなくなったのならば、行き違いは考えにくい。となると、何か別の目的で外出したと考える方が妥当だ。
途端にクロウは、不安に駆られた。先ほどの自分の態度のどれを省みたところで、正当な態度だとは言いがたかったからだ。
滅多に料理などしない京介が作った、リンゴ入りのフレンチトースト。もしこれが仲直りのきっかけ(そもそも喧嘩したわけではないけれど)になるのならば、さっさと食べるのは気が引ける。
「…少し鬼柳待ってみるわ」
告げれば、ジャックと遊星は頷き、また神妙な顔で皿に向き直った。
彼らは思いの他、フレンチトーストがお気に召したらしい。変なところで似た者同士だ。
京介はジャックと遊星が神妙に食事を終え、それぞれ何処かに消えたすぐ後戻ってきた。
「あれ?早かったなクロウ」
少し驚いた顔をする京介の表情に、先ほどのことを懸念する色はない。しかしクロウは、まともに顔を見られなかった。
今思い出しても、なんて捨て台詞!
本当はそのとき、京介の顔を見ればよかった。京介は悪戯っぽく笑うだけで、クロウを責める素振りひとつなかったのだから。
「クロウ」
だから、名前を呼ばれても顔を上げることができなくて。
でも。
「得した気分、もうちょっと味わおうぜ」
言われた言葉と、からんと涼しげに響いた音。
顔を上げればそこには、少し得意そうな顔の京介と、彼の手に乗る小ぶりのガラス瓶。中には…
「…飴?」
先ほど作ったハート型のべっこう飴に似たものが、ガラス瓶の中に数枚。似たもの…そう思った理由は、色。
その飴は透き通ったピンク。赤に近いその色は、何処までも透明で清々しいと思うほど。
「いい出来だろ?」
京介がそう言ったから、きっと手作り。でもどうやってその色を…思ったところで、クロウは理解した。
フレンチトーストと共に焼いたリンゴに、皮が残っていた意味。
「皮付きリンゴを煮た砂糖水で…?」
「思った以上に色が出て驚いてるんだけどな、発想としてはいい線だろ。まあ、あまり日持ちしなそうだけど」
確実にリンゴ汁混ざってるから
それでも満足なのだろう、京介は視線までビンを上げ、ニッと笑った。
「考えてみれば宗教なんて、神話だけになろうが原型すら留めなくたって、俺ら関係ねぇもんな。ノッたもん勝ち理論でいいんだよな。今は10月、星なんか見えない夜空しかないここでも、アストレアの天秤は公平だ」
京介の言いたいことの半分も、クロウにはわからなかったけれど。
要するに、ハロウィンにノッたということだ。それがわかれば、もう十分。
「Trick or treat?」
京介と同じくニッと笑って問いかける。答えはもうわかっていたけれど。
思ったとおり京介は笑う。笑いながら近づいてきて
「I’m scared !」
大げさに叫んで。恭しくガラス瓶をクロウの手に渡すと、くしゃくしゃと少し乱暴に、頭を撫でてきた。
END
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