「ところでお前の得意な球技は?」
「弓道?」
「球技だ」
「水泳?」
「球技だと言っているだろうが!」
ジャックは怒るのが早いと思うんだ、うん。
10月前半球技は嫌い
突きつけられた野球ボールを、京介はギンと睨みつけた。だがその時点でもう、目がシバシバする。ちょっとチカチカもする。晴天の本日、日陰でもないのに乱反射する白いボールを追うなど、どんな苦行だという話で。
「……タンマ」
涙まで出てきた。投げてすらいないのにこれでは、野球なんて絶対に無理だ。
両手で目を覆った京介に、ジャックは大きなため息を漏らす。土手で見ていた遊星は、不思議そうに首を傾げて。クロウはため息混じりに、濡らしてきたタオルを手に京介に走り寄った。
「何も夕方のこの時間に川原で野球の練習する事ないだろ。ただでさえこいつ弱視気味なんだからさぁ」
「そいつが弱視だったなど俺が知るわけがないだろう。どれほどのものか確認したかっただけで、別に練習をする気はないぞ」
本気で練習したらただの苛めだしな
京介はそんな事を思いながら、わざわざ用意してくれていた濡れタオルを両目に当てられ一息つく。夕暮れ時の真正面から突き刺さる光、キラキラと光る川面、白いボール。最悪だ、最高に最悪の状態。
「夜中にライトなしでやるなら、めちゃめちゃ強いとは思うんだけどね」
母親が亡くなるまで、その後も中学を卒業するまでずっとやってきた弓道のおかげで、何かに何かを当てる行為は得意なのだから。ついでに夜目ならば、市内一とまでは行かなくても町内一効くと自負している。別に何の自慢にもならないけれど。
兎に角この目で昼間の野球が無謀だという事を、ジャックはやっと理解してくれたらしい。結局問題は残ったまま。
「2年の野球枠、矢張りひとり足りないままか」
呻くように呟いたジャックに、京介も困惑げに首を傾げた。
新生徒会最初の行事は球技大会。項目はサッカー、野球、バレー、バスケ。学年対抗で、優勝した学年には一回分の学食割引券(無料にしたときの男子校生ほど怖いものはないので)が付く。そして優秀だと生徒会員が判断した生徒を、翌週行われる桜花の球技大会に参加させるという特典がついた。
スポーツが得意な生徒達の目の色が変わったのは言うまでもない。
球技大会当日には、桜花からチアリーダー部が派遣されてくるし。桜花の生徒会も視察にくるし。昼には桜花の代表がひとりひとりにスポーツドリンクを配布してくれる予定だし。
全体的にやる気漲った球技大会。しかし問題がひとつ、2年の人数が他の学年よりも目に見えて少ないのだ。
たまたまそういう年に当たってしまったらしく、おかげでどんなにスポーツが不得意でもレギュラーにして調整して調整して、それでも野球にひとり足りない。掛け持ちさせればいいとも思うのだが、そうなると桜花の球技大会参加権の可能性が上がるからと、1人枠に何十人もが群がる。そもそも不公平だ。
ということで白羽の矢が立ったのが京介。生徒会長ほど公の場での仕事がないことと、見た目スポーツが得意そうだという理由。体育の成績も皆を後押しした…のだが。
こんな黄色い目の時点でわかれよ、誰が見たって日光に弱い目だろ。外での球技なんて無理
クロウが呆れ声で言うほどの弱視。その原因は色素というより幼少期の環境が問題だったのだが、その辺クロウは誰に言う気もないらしい。
という理由で、問題は残ったまま。
「要するに。不公平にならないよう配慮した上で、どうにかひとりだけ確保できればいいということだな?」
今まで一切会話に参加していなかった遊星が、そのとき重々しく口を開いた。
それぞれが好き勝手頷く中、彼女はちょっと考える素振りを見せ。それからまた、重々しく頷いて。
「不公平という項目で、多少意見の食い違いが出る可能性があるが」
「もし妥協案なら、俺が反対する奴を黙らせるぞ」
「ああ、多分ジャックが黙らせる事の出来る範囲と予測する」
「お前が言うなら間違いなかろう。で、どんな妥協案だ」
「簡単だ、桜花から…」
その時点で遊星は、クロウの肩を掴んでいた。
「体育委員長を派遣しよう」
スポーツにかけては万能だからな、その辺の男子になど負けない
「…ちょちょちょ!!」
「いいなそれ!うちの球技大会野球ないもんなぁ。俺やりたい!」
「え、ちょ、ちょ!」
「うむ、クロウならば安心だ。野球ならば過度な触れ合いもないしな」
「本気で!待って!」
「良かったな、これで解決だ」
「待てって!俺室内競技なんだけど!!」
秋晴れのその日。第二北の球技大会にて、新たな伝説が生まれた。
ひとつは野球。
2年4番打者として現れた桜花の体育委員長。その小柄な身体に躊躇し緩い球を投げてしまった野球部員が、見事掬われ大リーグ張りのホームランを打たれた事。
その後も、どうしても本調子が出ずガンガンヒットを打たれその俊敏な足でかき回されて。
「女だと思って馬鹿にすんな!男気出して来い!!」
最後にはバットを突きつけられての盛大な啖呵に、恋という名の迷宮に入り込んだとか。そのすぐ後体育委員長の彼氏に思い当たり、男泣きに泣いたとか。
ひとつはバレー。
「何もやるな」
生徒会副会長の本気。目指すは1回戦敗退。
「何もやるな」
最初に作戦を練る段階で、彼が言った事はその一点。
有言実行とばかりに、副会長はどのポジションに移動しても不動を付いた。潔いくらい微動だにしなかった。たとえベストポジションにボールが飛んできても、あえて避けた。
その理由はひとつ、野球みたいから
なのに桜花のチアリーダー達は口々に言うのだ。
「鬼柳京介可愛い〜っっ!!」
「球技苦手なんだって、身近って感じ〜っっ!!」
何でだ。顔か、顔なのか。
ひとつはサッカー。
金色の猪が突進している
誰もが思うほど直進に真っ直ぐにしか、生徒会会長は走らなかった。ボールを回された途端、それしかしなかった。
それでもなお、纏う気迫に誰も追いつく事は出来ない。目の前に立ちはだかっただけで、物凄い眼力と罵声に晒され身を引いてしまう。
「俺の前に立ちはだかっていいのは、不動遊星のみ!!」
ゴールを決めるたびに同じ台詞を繰り返し繰り返し宣言しては、満足げに笑う。
なのに桜花の以下略
「アトラス様素敵〜っっ!!」
「彼女大切にするってポイント高いよね〜っっ!!」
矢張り顔か、顔なのか。
最後に救急用テント。
色んな所で色んなアクシデントの多い男子校、当然大繁盛で。
そんな中、桜花の生徒会書記と会計がお手伝いをすると言い出して。結果。
膝の広範囲を剥いた男子生徒に対し、書記は言った。
「なんて…痛そう」
それはもう、恍惚とした表情で。
その横で突き指の生徒を任された会計は、カクンカクンと首を傾げて見せた後、とりあえずという様相でオキシドールをぶっ掛けた。
そしてまた、カクンと首を傾げ言ったのだ。
「治った?」
END
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