「主要5教科合計」
「487点」
「勝った492点。きつねうどんでいいぜ」
「っっっっ!!!本っっっ当に!お前のその頭は無駄だな!!」
6月中間テスト、学年トップと2位の会話は殺伐としている。昼食がかかった男子高校生に、和やかさなど求めるべくもないのだが。
6月の再試験
「今回の勝敗はクロウのおかげだ」
うどんを啜りながらそんな事を言う京介は、別に嬉しそうには見えない。ジャックはその理由を知っていても、今だきつねうどん280円の出費に呻くのみ。自分が勝ったらA定食(350円)にコロッケ3つ(一個50円)をつけさせる気満々だったのにだ。
どう考えても釣り合いの取れない賭けでも、負けてしまえば釣り合いなどなくなってしまう。
「はっ!クロウは特待生だからな。成績を落とすことは出来ん!よってテスト前1ヶ月は勉強バイト勉強バイトのミルフィーユとなることなどわかりきっているだろう!」
「特待生だっつぅ情報を流さなかったのは何処のどいつだ…マジ暫く凹んだっつ〜」
メールしても返事はなく、電話しても出てくれず。日に日に落ち込んでいく京介を見ながら、特に何もいわなかったのは確かにジャック。しかしそもそも、ジャックにとってクロウが特待生だという情報は自分が知っていればいいだけのことで、聞かれてもいないのに京介に話す必要はない事だ。
まあそのおかげで、自棄になった京介にバイト勉強バイトバイトという微妙なミルフィーユを与え完食されてしまったのだが。
「土日バイトだけで20万稼いだお前に文句はないだろう。せいぜいクロウに餌付けでもするんだな」
一体何のバイトをしているのか。別に気にならないので聞いていないが、京介のバイトは待遇がすこぶるいい。まあその分、バイト明けの月曜は死んだ魚のような目をしていたので、相当きつい仕事であることは確か。
それでもクロウのデート資金と思えば、京介は晴れやかに笑って見せる。
「おう、そうさせてもらうぜ。見ろよこのメール、シュークリーム食べたい!って!やばいクロウ超可愛い結婚して」
ダース買いしてやんぜ!
言い切った京介は、彼のアホな叔父と同じ事をしていると、気付いているのだろうか。
「5教科合計475点で2位」
はむとシュークリームに噛み付きながら、クロウは疲れきった顔で解答用紙をずらっと並べた。
因みに場所は近所の巨大ショッピングモールのフードコーナー。シュークリーム専門店が入っている。
その横で遊星が、無言でシュークリームに噛り付いている。それも何故か京介の驕りだ。というか、遊星の自棄食いに付き合ったのがクロウで財布は京介、という構図。何かがおかしいとジャックは思うのだが、遊星がこれで甘いものに困らないなら問題はない。
そもそも遊星の自棄食いの時点で、いつにもまして無口になる理由はわかっていたから。
「遊星…解答用紙を出せ」
ひらと手を伸ばせば、あからさまに遊星の肩が震える。しかし無言の攻防は続かないと理解している彼女は、少し落ち込んだ様子で鞄から用紙を取り出した。
最初に数学、100点。化学100点、英語100点、日本史100点。
「は?凄くね遊星、フル満点始めてみた」
物珍しげに覗きこんでいた京介がそう呟き、クロウに脛を蹴られている。よくやったクロウ。
さて一番最後。国語。
………3点。
「………遊星ぃぃぃぃぃ!!!」
「国語、存在の意味がわからない…」
「それを言うなら数学も意味がわからんわ!実社会に出てルートがどれだけ必要だ?!最低でも漢字は必要だろう国語!何故漢字が全問不正解?!」
「だって、世の中数字があれば生きていける…」
「プログラミングな!それ電子の世界だからな!何でも0と1でどうにかしようとするな!」
唯一合っていた解答に、教員の物凄い葛藤を感じる。バツにしかけて三角。2点にしかけて3点。どれだけ気を使わせたというのだ。
「そもそも日本史だって暗記問題なのに、何故漢字くらい覚えられん!」
「象形文字とか…」
「ここは古代エジプトではない!!」
小学校からやり取りが変わらないのだ、実際のところ。
正直遊星は天才だ。今回もろくに勉強などしていないというのに、平気で100点を取る。にも関わらず、どうしてこうも国語だけ壊滅的なのか…。しかし遊星には、ちゃんと逃げ道がある。ジャックはそれもわかっていた。
「で、いつだ。再試験」
遊星は天才だ。桜花に入学した理由は一芸推薦があるからで、電子工学に関して既に世界的評価を受けている彼女は、当然ながら全学費を免除されている。いるだけで学校評価が上がる生徒、ということ。
だからクロウのように5位以内をキープする必要はない、のだが。この点数はない。しかも学校側は自分達の責任にされる事を恐れる。よって、他の生徒にはないだろう再試験が行われる。
「来週…なんだか、いつの間にか貧血ということに…」
全問一応埋めてるのに…
納得いかないらしい遊星だが、ここは有難がっておくべきだろう。通知表にオール5で国語だけ1はない。絶対にない。
「では来週まで、うちの学校の天才をお前につけるからな!馬鹿だが頭はすこぶる良い!」
決定事項として告げたジャックに、数秒後 へぁ? という変な声がした。
「そもそも国語ってのは、作者の気持ちになって〜…とかいうの有り得ないから。書き手が一番頭を悩ませるのは、いかに効果的な言葉を綴るかであって、本当のところそれとかあれに深い意味はない。って佐藤愛子も言ってる。国語の真髄は、いかにして教師の好みに沿う回答をするかにかぎるわけ」
この辺心理戦だから、鍛えておいたら結構使える
「だから国語の醍醐味は、教師とのガチ勝負!文句言うなこれでいいんだクソが!って押し切れるような回答しとけば間違いない」
京介は、全く先生に向いていなかった。ただクロウの(と遊星の)家に遊びにこれるよ?を餌にホイホイしてみたが、早い段階で追い出すことになりそうだ…それがジャックの見解だった。
しかしやはり、方向性は違っても天才は天才、通じ合うものがあるのだろう。今だかつてないほど理解を示した遊星に、少々面白くない。
ふと横を見ると、雑誌をぱらぱら捲りながらも、ちらちらと視線を上げては遊星と京介の姿を見て眉間に皺を寄せるクロウがいて。
1ヶ月完無視したにしては、いつの間にか京介の恋人という意識はあるのだと、なんとなくわかった。それが少し意外にも感じるけれど。
クロウは何処までも自立したがる。遊星とは違い天才なわけではないから、勉強をしなければ高得点は望めない。驚くほど応用は利くが新しいものを作る能力に欠ける、そんな少女。それを本人も理解しているのに、頼るという事を昔から嫌った。
今回だって京介に頼めばよかったのだ、馬鹿だが頭は良いのだから。それが無理ならジャックだって遊星だっている。それをわかっていて手段を絶つ事は、ジャックからすれば愚かとしか言えない。言えないのだが、それこそがクロウだとわかっているから、なかなか踏み込めないでいる。それがこの幼馴染3人の現状。
わかりすぎているということは、時に全てを拘束する。
「クロウ?」
そのとき唐突に、京介がクロウの名を呼んだ。あまりにも突然すぎて、クロウは酷く驚いたようで。話をぶった切ったのだろう、遊星も目を丸くしている。
京介はどの反応も気にせず、マジマジとクロウを見つめて。そしてふわりと笑った。
幸せを表す笑みを今、ジャックは見た。まるで子供が描いた落書きの中の、幸せそうな家族の顔。
「早く結婚出来るといいな」
全く何の脈略もなく、なんの取っ掛かりもなく。それでも妙に納得した、この場に相応しくない言葉。
こいつは本当に馬鹿だ
ジャックは心底そう感じて…それでもと思う。
鬼柳京介という人間は。きっと、傍にいる全員を幸せにする事は出来ない。彼の時に冷たい言動や態度は、多くの人を悲しませ苦しめる。
でもきっと、たったひとりを限りなく幸せに近づける事は出来るだろう。たとえ全てを切り捨てたとしても、ただひとりだけ。そう思う相手にだけは、きっと全てを与えようとする。
それはとても重くて、ときに潰されそうにもなるだろう。
でも変な話、クロウにはピッタリだ。全てを受け止めて、いらない物はきっぱり切り捨て、最後に手にしたものを大切にする事が出来るクロウには。
そう、認めてしまった。
不本意にも。
「ボケてないで早く続きをしろ」
認めてしまった事が何故か悔しくて、投げやりになってしまった言葉も。真っ赤な顔で雑誌を投げつけられた京介には気付かれない。
ただ遊星だけがふっと顔を上げ、どこか面白そうに小さく笑っただけ。
END
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