デートもろくにしないし、登下校もかなりの確立で別々。あまりメールの返事も返さない彼女って彼女の定義に含まれますか?
7月前半街角のスパイ
遊星はその日、あまり人にはわかってもらえないが相当慌てていた。無表情なので本当にわかってもらえないのが難だけど。
『いい加減引き篭もるなぁぁぁぁ!!たまには食事でも振舞わなければ、お前の大切なジャンクを溶解して鉄の塊にしてくれるわ!!』
とジャックに脅され、渋々買い物に出ただけなのに。何故ジャックはついてきてくれなかったのだろう。
遊星がへばりついているビルの壁。の、向こう側。恐る恐る覗き見れば、やはり信号待ちをしている京介の姿。
…ん、スーツ。なんか高そうなスーツ
高級感あふれたスーツに、髪型も前髪を上手に分けて大人っぽく。疎い遊星が見ても金のかかっていそうな大人の男になった京介。
一瞬京介の父親かとも思ったけれど、それにしては若すぎるし、先ほど取り出していた携帯は京介のものだった。
まあそれはいい、謎なバイト用の格好だと思えば納得できる。
問題は、京介に連れがいてしかも女性ということ。そしてその女性は、やんわりと京介の腕に手を絡めていて。それはもう、なんだか幸せそうで。
あれって噂に聞くホストの同伴ってやつ?
最低でも遊星にはそんな風に見えたし、遊星がそんな風に見えるってことはきっとかなり多くの女性もそんな風に見る。
しかし普通に考えて、遊星が見た光景は恋人同士のデート、だった。
…見ちゃいけないものを、見ちゃった………
「アキ、頼みがある」
学年主席の十六夜アキはその日、学校始まって以来の天才(国語の才能は皆無だが)と言われる不動遊星に深刻な顔でそう切り出された。因みに遊星とは同じクラス、クロウとは2つほどクラスが離れているが、遊星を通じて顔馴染みになっている。
遊星のお願いはまだ短い付き合いの中でも滅多にないが、あるとしたらクロウ関係だろうな…そう考えながら小さく首を傾げた途端、言われた言葉に少し驚いた。
「俺に、女の子の服を貸してくれ」
「……なんだかこの場で聞くにはとんでもないけれど、あなたが言うとしっくりしてしまうわね」
一応ここ、女子高。遊星、当然女子生徒。なのに女の子の服って、なんだかおかしい。しかしまあ、遊星の普段着(一度見た)を考えると、間違ってはいない。
アキは特に何も聞かなかった。ただいつ必要か、どのような服がいいかを簡素に聞いただけ。幼馴染達の中で一番人見知りが激しい(と自分では思っている)遊星が、数日でアキと友達になれたのは、この距離感が心地よかったからだろう。
「あと、もうひとつお願いが…」
「土日なら、どちらでも暇だけど」
第二北男子高等学校2年主席と桜花女子高等学校1年主席の大きな違いは、この合理的かつ行動的な頭脳の差だ。
クロウはこの頃言いよどむ。
何かを伝えようとはする。でもあと一歩、というところでいつも踏み出せない。そんな感じ。
今までずっと一緒にいたこの幼馴染は、言わないと決めたら言わない、言うと決めたら言うのどちらかだった。どちらでもないなんて行動は存在しなかった。
彼女には0か1しかなかったのに。
遊星はそれが少し寂しいと思いながらも、さほど気にしてはいなかったけれど。先日の京介と共に歩く女性の姿を思い出すにつけ、不安がこみ上げてきた。
もしかしたらクロウは、何かに気付いていたのかもしれない。だからこその躊躇いだったのかも。
「次の日も気になってこの辺うろうろしてたら、やっぱり同じ女の人と歩いてるの見かけたから…。出来るなら、ちゃんと現場を押さえて…問いただしたいんだ。だから最初はばれちゃ困る」
そこまで話して、遊星はほっと息を吐いた。
彼女は今、青から白へ変わるグラデーションのワンピースに身を包み、特徴的すぎる髪を柔らかい帽子の中に押し込んでいる。アキに施された薄化粧も相まって、とても可愛らしい。気に入っているブランドだからと買ったものの、箪笥の肥やしになっていたそのワンピースを活用できた事は、アキにとってこれから待ち受けているかもしれない修羅場よりも重要なことだった。深刻そうな遊星には悪いが、このままショッピングにでも連れ出したい気分だ。
「まあ、今日また会えるとは限らないし。駄目なら明日もあるのだから、ほどほどにしましょうね。何時間も外で待っているには、少し暑すぎるから」
アキにとって幸運な事に、京介を目撃したという交差点はよく雑誌などでも紹介されるお洒落な地域で、ショップや喫茶店なども多い。いったい遊星がこの地域にどんな食材を求めたのかは謎だが、好都合といえば好都合。
最初に喫茶店に入って、その後よくいくショップに連れて行って…などと、全然関係ない事を考え始めたアキは。ふと顔を上げた先、遊星が見張っている方向とは反対(要するに2人の背後だ)にいる京介を見つけた。
見つけてしまった。
しかも京介と一緒に歩く女性もばっちり見え……見え、て??
「…遊星」
「ん」
「遊星ちょっと…」
「待って、今信号が…」
「あれ?なあ、十六夜アキさん?桜花の?」
背後も背後、5メートルも離れていなかったのだから、京介が不審人物に気付くのは当然の事。何故京介がアキを知っているかは…まあクロウ経由だろう。
アキの名で、遊星と京介の連れが同時に肩を震わせた。
同時に。
「…始めまして、鬼柳先輩。と、こんにちは、クロウ」
クロウは今、淡いオレンジのワンピースに身を包みちょこんと喫茶店の椅子に座っている。項に大きなリボンがあってとても可愛らしい。アクセサリーもなかなかセンスがある。きっと同ブランド…アキが遊星に着せたワンピースと、同じブランドのようだ。
「よく見たら遊星、姉ちゃんの店の服?それ去年モデルだよな、可愛いじゃん」
にかっと笑った京介に、アキはこっそりとため息をついた。なるほど、普段から聞かされる京介の低レベルな評価の意味が少しわかった。
この明らかに失敗したお見合いのような空気をまったく読まない。というか、読む気がないのか?
遊星とクロウは先ほどから、無言で見つめ合っている。しかも不思議そうな顔で互いを見ている。あまりにも普段とはかけ離れた姿に、戸惑いを隠せないのだろう。
暫くして沈黙に耐えかねたのか、クロウが口を開きかけた。しかし遊星の方が早く声を発する。
「クロウ、その格好…」
「こ、これは…バイト?」
「姉ちゃんの店、セールがないときはたまにやるんだよ、店の新作着てぶらぶらすんの。んでナンパとか逆ナンとかしてきたら営業」
クロウの言葉にかぶさって答えた京介は、でもクロウナンパされたくないから俺べったりだけど、言ってまた笑う。
それは営業になっていないのではないかと思うのだが、着る服はファッション誌で取り上げられたもので知名度があるし、京介とクロウが並んで歩けばかなりいい宣伝になる。
「ぶらぶらして適当に高そうな店でお茶するだけで日給8000円なんだ…でもなんか恥ずかしくてさ。ごめん、なかなか言い出せなくて」
しょんぼりと肩を落とすクロウに、遊星は慌てて首を振った。まさか京介が浮気してるかも…という相談なんじゃないかと勘繰っていましたなんて言えない。しかも京介の横にいた女性がクロウだと気付きませんでした、なんて。
「全然!その…似合ってる」
そのワンピース
言えばクロウは、困ったように…それでもふんわり笑う。先日見た、幸せそうな笑み。
ああ、なんだか
「十六夜さんてあれでしょ、姉ちゃんの店でオーダーしてくれるだろ?でもあんまりそういう人って多くないから、姉ちゃん不満らしくてさ。二番目は完璧センス違うし、俺は男だから面白くないとか言うし。だからポロッとクロウの特徴言ったら、翌週にはこのワンピース出来てんの」
ショップの新作だから一点物じゃないけれど、クロウのためのワンピース。
「クロウのために最初に作るオーダーメイドは、ウエディングドレスだって」
心底嬉しげににっこり笑う京介と、真っ赤になって京介を睨むクロウ。
それは、遊星が今まで見た事のない姿で。
うん、なんかいい
これでいい
妙に、納得した。
バイトという名目でしかデートをしない、意地っ張りなクロウが。それでもいい加減結婚結婚言っても手を出さなくなっていって。
やがて、お互いの気配に溶け込むように、すんなりと交わっていく。
幼馴染以上のそれは、少し寂しいけれど。でもこれこそが、あるべき姿。
「それは、楽しみだ」
まだまだ高校は長いけれど。遊星にはなんとなく、ウエディングドレスを着て少し困った顔のクロウの姿が見えた気がした。
「ところで遊星、その格好何」
「!!!!…………っジャックが!!」
「たまには可愛い格好しろって彼氏に言われたらしくて、私の着てない服貸してあげたの。それで今日は、このワンピースに合うアクセサリーを探しに、ね」
「ジャック、あいつ…」
「あ、アクセならショップ来る?割り引くよ〜」
ごめんジャック!ありがとうアキ!そして割り引かれても高い買い物はしません!!
END
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