「良心や理性といったものは、我々の社会生活上において不適当と想定されている人間の欲動の表出を抑えるため、我々自身の内に内在化された社会的な禁令であり、それが超自我と呼ばれている。我々が上記のような欲動に駆られた際、それを抑えようとする超自我とのコンフリクトを恐れ、この葛藤を解消するために不安という「危険信号」を自我が発することにより欲動が挫折させられる…ってウィキ様にフロスト先生の説として出てた。だから今のこれは外的要因による不安が多いってことで、まだ学生であるとかこんな慣れない場所でとか、そんな不安やタブーが抑圧を招いてるんだと思う。ただ確かにスピリチュアルを抑圧する状況ではあるけれど、それ以上に変則的であるにしてもある種の自己啓発に導く重要な段階であると思うんだ。考えてもみろよ、今ここは独立した排他的空間であることと見なし、中世日本の典型的な山村の思想と類似してる。貧しくて電気もなかった時代、太陽は神だ。太陽のある時間に全てを終わらせて、さあ光がなくなったらどうする?菜種油も限られてる、長々と蝋燭を灯す事も出来ない。やることはひとつじゃないか。夜這いが近世までまかり通っていたのは闇と閉鎖的空間からくる葛藤の欠如であって、今ここにタブーは存在しなくなるんだ。非道徳的に理性を開放してしまうのは自然の摂理であって、それに関して誰に咎められる事もねぇし逆に咎めた方がタブーを犯す事になるんじゃねえ?」
8月半ばリミッター解除
一気にそう言ってのけた京介は、止めににっこりと微笑んでみせる。その顔は火元から大きく外れてしまったクロウにはよく見えなかったが、いい加減京介の行動パターンに慣れてしまった今その笑顔は容易に想像する事が出来た。
だからといって、不安を取り除くことも覚悟を決める事も出来ないけれど。
「…お前本当に頭の回転と口の回りはいいよな、いざとなったときは」
「俺今だかつてないほど必死だし」
そうだろうな
頭の片隅で、クロウはそんな事を思う。
本当に人里離れた山奥。近隣の村(町じゃなく限界集落だ、恐ろしい事に)まで降りるにも車で30分。山ひとつが京介の財産であるから、容易に入ってくる事(山菜キノコの時期は別だが、それもまた山村ならではの暗黙の了解となっている)も出来ない。
京介の母親は、そんな寒村の元地主の家の出で。時代が時代ならば京介は、正統なご当主様というやつで。落ちぶれ果てたとはいえ、どの口が庶民か?!と言いたい、心から言いたい。襖を開いて全ての部屋を繋げたら、最高50畳になる大広間を持つ家。屋敷の敷地内に昔叔父が突き落とされた深い沼が丸々入り、土間に小川が流れているような家。今でも維持できているのはルドガーのおかげとしても、最低でも京介が5歳まで(母親が生きていた年数)鬼柳家が管理していた事になるではないか。
まあ3部屋ぶち抜きで逃亡したクロウとしては、無駄にただっ広い畳敷きのこの家は有難かったと言える。逃げ切れるとは、思ってはいないけれど。土地勘的にも、精神的にも。
文句を言いながらも、半分無理矢理京介の家族に送り出されたとしても。最終的に全力で逃げなかったのは、クロウの意思だ。
それをわからずこの頭の良い彼氏は、薀蓄を垂れるだけ垂れて時間を先延ばす。
やっぱり馬鹿だ、鬼柳京介というこの男は。
「…どうしても無理!って言うなら、俺も無理強いしないけど」
嗚呼馬鹿だ、本当に馬鹿だ最低だ。
どうせ眉を八の字にして、困りきったような寂しそうな顔をしている。クロウには見えないけれど、それがよくわかる。
お前わかってるのかここどこだお前のフィールドだ2人っきりになるってわかってて来た意味わかってんのか逃げようと思えば道があるんだから逃げるのは可能なんだでもそうしない意味かわってんのか逃げる範囲は室内までって覚悟して来た俺の涙ぐましい努力を実際3部屋分ぶち抜いて襖じゃない壁の隅の方で蹲っただけのこの努力を全部全部だ無駄にするのかお前
「…死ねっ」
もう言いたい事とか、自分の意地とか、意思や葛藤全部がごちゃ混ぜになってわけがわからない。その結果、搾り出した声は掠れる所か心底恨みがましくて。
そうだよキスもしてない以前にバイトでしか腕を組んだこともない向こうから触れてくる事なんて皆無だなのにその全部すっ飛ばして事に及ぼうとする馬鹿さ加減と切羽詰った感は残念ながら理解してるだからいい加減察しろ!!
ごちゃごちゃと頭の中の罵声が、塞き止められず溢れ出そうとしたその時。すると伸びてきた長い指が、頬をすっと掠める。
今まで一度もクロウの肌に触れる事のなかった指。
何故だろう、思う前にもう一度、今度は何かを掏り取るように。ここで漸くクロウも気付いた、自分は泣いている。
京介は見えているのだ、火元から遠く離れた暗闇で仄かに浮かぶクロウの顔。5歳まで暗闇に慣れ親しみ、ルドガーに引き取られた当初明るい夜に怯え目が痛いと泣きミスティを梃子摺らせた。それだけ、闇にこそ能力を発揮するレモンイエローの眼。
だから見えていた、無理強いしないと言った瞬間に零れ落ちた涙を。
「…蚊帳」
苦笑を含んだ声が、決定的な単語を紡ぎだす。
裏に沼があるから、この家は何処からでも蚊が湧いてくる。当然蚊帳は必需品で、今も布団の上に掛けてあった。
「絶対刺された。この辺の蚊そんなに威力ないからボンボンに腫れたりしねぇけど、半端なく刺されるぜ?とりあえずせめてもの保険で、蚊帳に入んねぇ?」
促すように手を引いた。初めて触れた、小さくて…でも働く人の頼もしく暖かい手。クロウもまた、長くて冷たくて、まるで見せるためにあるような手の感触に、ひくと肩を揺らして。
「…明かりあったら、意味ねぇもん」
ギリギリラインの譲歩。
そっぽを向いたクロウに、京介はまた小さく苦笑して。一瞬だけ頭を撫でて立ち上がり、クロウの逃亡ルートを辿って遠くに見える蚊帳に向かう。
クロウはその背が遠のいていくのをはっきりと見た。一つだけ点けられた行灯の光を正面に、くっきりと浮かび上がった背。多分何事かを悟り、この後自分を抱くだろう男の背。
好きなのだろうか?
随分と一方的に交際を宣言され…そうだ、一番初め。京介は手を掴んだ、そして言った。
結婚してください
初めて、じゃなかった。
一度は全力で振り払った手は、今だクロウの傍にある。ずっと触れてこなかった手が、今は戸惑うことなく伸びてくる。
猶予とか、臆病だからとか、クロウがまだ一度も答えを返していないからとか。それが今まで触れない理由だったのだとしたら、当然覚悟を決めたのはクロウだけじゃない。
好きなのだろうか?
この疑問は、本来ならば物凄く重要で、ちゃんと答えを出すべき事だ。
でもクロウは思った。
ふっと消えた行灯の火と、暗い暗い闇の中。畳のせいで足音はしないけれど、京介が足早に自分のところに戻ってくる。恐怖を感じるほどの暗闇の中、当然ながらこの手を引き上げてくれるのは京介だけだけれど。
京介だからこそ、意味がある。この瞬間そう思えることは、正確な答えなんて必要ないという事。
だってもう、答えは出てる。いい加減、認めなければならない答えが。
「クロウ」
告げられた名に、反射的に前方に伸びた両腕。前半の迷走はあったものの、後半驚くほど(多分泣かれた事で父性を遺憾なく刺激されたのだろう)察しのよくなった京介が、クロウの小さな身体を抱き上げる。文句はないので、伸ばされた腕はそのまま京介の背に回されて。
「…蚊帳なんて入った事ねぇから、入り方教えなかった責任取れ」
それでも可愛くない事を言う口に、一瞬。ほんの掠めるだけ触れた何かは、もしかしなくても京介の唇だろうか?
驚いて身を離しかけたクロウの行動を阻止するように走り出し、バサとかけられた網の感触。身体に添うように引かれ、いつもつけているバンダナが外れたけれど文句も言えない。本来ならば立ったまま蚊帳を捲るものではないと、なんとなくクロウも知っているから。
ぽんと放り出された布団は、ルドガーがわざわざ家から運んできたもの。こちらにもあるけれど、普段使われていないものよりはと持ってきた布団はふかふかで。しかしそれを堪能する間もクロウには与えられなかった。
またバサと、何かが脱ぎ捨てられる音…はきっと、京介のTシャツ。すぐに覆いかぶさってきた京介の上半身が裸だったから。咄嗟に突っぱねようと伸びた腕の力なんて無視するほど、想像以上に逞しかった身体。
布団に寝かされのしかかってきた高校生相手に、止めろと言う方が馬鹿だ
家を出る前に遊星がため息混じりに言った言葉が頭の隅を過ぎり、それもそうだと布団に投げ出された腕を合図に、今度こそちゃんと触れてきた唇は少しかさついていて。それでもちゃんと、暖かい。
こちらをファーストキスにしよう、さっきの何がなんだかわからないやつじゃなく
口付けを受けながらそんな事を思ったクロウは、なんだか楽しくなってしまって。耳の横にあった京介の腕に、そっと触れた。
驚いたのか、一瞬離れた唇は。少しの間を置いて、今度こそ噛み付くように吸い付いてきて。ちょっとだけ笑ってしまった顔を見られたのだと悟る。別に京介を笑ったわけではないけれど、するりと入り込んできた舌に指摘する余裕なんてなくなって。
「んぅ…」
漏れた声は、苦しかっただけで気持ちよくなんかない。意固地になってクロウが自分に言い聞かせている間に、Tシャツの中に潜り込んで来た手。それが胸に到達した瞬間、唐突に口付けは終わった。
「あれ?ある…」
咄嗟に漏れただろう京介の声が、確りと聞こえる。そこで京介の手が有り得ない(まあ本来は有り得ると理解していても)場所にあることに気付いたクロウが行動を起こす前に、易々とたくし上げられた裾と晒された胸。
「ちょっ…」
「あれ?」
疑問符を飛ばしながら、つけていたスポーツブラまで一瞬でたくし上げられて。しかも無遠慮に触られて。
「やっ…」
「すげ、ある!」
胸だ。胸の事を言われているのはわかった。
クロウは着やせするなと、遊星はよく言う。実際にはCカップくらいあるのだから、ちゃんとブラをしろとも。
でもこんな思わぬところで、『実はあるんです』に対する思わぬ反応が返ってくると誰が想像できよう。そしてこんなところでわからなくていいよ、スポーツブラの無防備さ。
「柔らか…クロウ凄い!」
「ゃんっ、まっ、ひゃああっ!」
別の意味で興奮した京介は、これまた別の意味で探究心に火がついたらしい。一応形だけ見せていた気遣いは一瞬で消え、それこそ無遠慮に吸い付いてきた唇がクロウの胸を舐め吸い上げる。反対側では、クロウの制止を物ともせず冷たい指がやわと揉んでは先端を指で擦って。
「やぁっ、痛っ」
あまりにも性急すぎるその動きに、初めてのクロウがついていけるはずもなく。快楽よりも苦痛を拾い上がった悲鳴に、ふと京介が顔を上げた。
見えるはずがないのに、レモンイエローの眼がすっと闇に光った気がして。
「…怖い?」
耳元で聞こえた、囁き声。それは吐息を感じるほどに近くで聞こえたはずなのに、何故だか遠い。
前髪がさらとかき上げられ、少しだけ暖かくなった指先がやんわり額に触れる。
耳たぶにかぷと噛みつかれ、痛みとは違う痺れが全身に走った。それでもクロウは、必死で意識をかき集め考える。
行為に対しての問いなのか、京介自身に対しての問いなのか。
行為に対しては…それは多少の恐怖が伴うのは仕方のないところ。しかし京介自身は…
「怖くね、よ」
多分頭へと手を伸ばす。さらと触れたそれは、思い通りに京介の髪で。さらさらと、何度も何度も撫でる。
「大丈夫、驚くほど怖くねぇ」
そう言わなければいけない気がした。
暗闇で何も見えないのも、初めての行為も、初めての場所も。全部少しずつ怖いけれど。京介だけは怖くない。
何度も何度も頭を撫でながら、空いた手でジーンズのベルトを外す。物凄く恥ずかしいし、物凄く勇気がいる事だけれど。
少しだけ京介が身を起こし、隙間を作る。そこまでするならあとはやれ…言いたいのをぐっと我慢して、全てを脱ぎ捨てすぐに京介を引き寄せた。一方的に全部を見られるのは、流石に抵抗があるから。
「…ちゃんとゴムつけろよ」
「ん」
「あと、先走るな」
「うん」
「じゃあ…なんかもうめちゃめちゃ恥ずかしいから、さっさとどうにかしろ!」
ぎゅうと抱きつけば、太腿を持ち上げられすぐに中心に指が添えられて。先走るな、言ったはず…なんて言う余裕があるわけもなく。
「ふぅっ」
くちゃと、聞きなれない音がする。異物が中に入り込んでくる感触が思ったよりもリアルで、それは温度差が激しいからだと理解してはいるけれど。
「きつ…」
囁いた京介の声は、どこか嬉しそうだ。何度か抜き差しを繰り返し、思い出したように今度は優しく胸に舌を這わせる。
「ふぁ…っ」
なんだか不思議だ。先ほどは痛みを伴うほどの快感だったのに、今はふわふわと心もとない。それでも、身体を捩りたいほどに熱がこみ上げて来て。
「んっんっ…っあ!」
徐々にわけがわからなくなる。
今中に何本指が入っているかとか、京介の舌の感触とか。
触れているはずの京介の肌が、よくわからない。それは互いの温度が限りなく近くなっているのだと、理解してはいるけれど。
少し、怖くなった。
「あんんっ、ゃ…、すけっ!きょ、すけ!」
視界を奪われることは、思った以上に怖い。抱きしめているはずなのに、何に縋っているのかわからず不安になる。それでも。
くぽと、何かが抜け出す音。ちゅっと啄ばむ様に触れた唇。かさこそと何かが擦れる音。
「大丈夫…離さねぇよ、クロウ。…クゥ」
そけだけでいい。それだけで、ほっと息をつける。
たとえその後、ちょっと痛い思いをしないといけないとわかっていても。
ひたと何かが押し当てられた。何か、なんて考えるまでもないけれど。
クロウは一瞬だけ身を震わせ、それでも確りと京介に抱きついてきゅっと眼を閉じる。
それが入り込んできたとき、裂けるような痛みはなかった。ばちんと音が鳴るなんて都市伝説も。ただあったのは、抉られるような衝撃と、じわっと広がる痛み。
「んんっ」
ぐいぐいと押し上げられて、もうこれ以上は…思ってもまだ続きがある。京介の腕に爪を立てても、止まってはくれない。
やがて、こつと何かにぶつかって。自分の中に行き止まりがあるなんて、入れられるまで知らなかった。でもこれで最後だ…思ったのは浅はかだった。何度かこつこつと当てられて、ひょいと腰を抱えられ。
「やっ!くるし…っ」
抉られるどころではない。無理矢理こじ開けられ、押し上げられる感触。今までよりもリアルに入り込んだ物の形がわかるのは、強く締め付けてしまったからだろう。
京介が何度か息を吐く。先端が半ばまで入り込んで、漸く最後。腹部をさわと触られて、少し強く押されて。
ああ、そこまで入ったんだと、なんだか感心してしまうほどに奥。京介は何度も、何度も何度もその部分を撫でた。
「クゥ…なあクゥ。俺、甘かった。絶対感動するとか思ってたけど、感動なんて感じる暇もねぇ」
死んでもいいって、本当に感じるもんなんだな
無邪気にそんな事を言う京介に、少しだけ気持ちはわかる…クロウは言わない。確りと抱きしめられて、何もかもピタリとくっついて。そうするだけで分かり合えることもあるから。
「…結婚したら、ここで俺の子産んで?」
結婚出来たらな…も、言わない。緩く腰を振られ、言う暇もなかったから。
こぷと音が鳴る。擦り上げられるたびに、その音は種類と大きさを増し、それにつれ少しずつ異物感がなくなっていく。
残ったのは、熱の塊と痺れ、そして突かれるたびに感じる意味のわからない高揚感。
「っっ…な、んっ…ああっ!ゃん!」
意味もなく声が出る初体験は、初めてにしては異常なほどで。
「やばっ…クゥ良すぎ!」
「あぅ、あっあん!ゃ、わかんなっ!」
かき回されて、ぐちゃぐちゃになって。いつの間にか絡んだ指と指が、どちらのものともわからない汗が。もうどちらのものでも構わないと思う。
「ひゃっ、あ…っなんか、なんか!」
「うん、俺ももう、無理」
「きょ、すけぇ…っ」
「クゥ、クゥ大好き…っ」
「あぅ…っあああぁぁ!」
どちらでも構わない。どちらかのものであると、わかっているなら。
翌日、朝日が入り込んだ部屋で目覚めたクロウが、裸で抱き合って寝ていた京介のソレを目撃し、そのサイズと長さに逆ギレしたのは別の話。
END
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