山中にありし大沼の 袂に生えし大柳
今は昔 柳の俣から鬼産まれたり
その肌白く光り満ちたり その髪いと青く艶やかにて その眼金色の如くなり
角を持たぬ鬼 人と交われば 女人のみその色移すとて いとうつくし
世も世とて 政かしこくありし
角を持たぬ鬼 戦事に秀で 女人禁ず場に進みいで 数多の武勇を納めたり
時の大将 音に聞き 佳人見給えば これならむとおぼして 近く寄らせ給ふ

後に角を持たぬ鬼 山中に家かまえたり
屋号を鬼柳とす





8月後半大嘘つき





「要するに、大将専用の娼婦だったわけだ」
あるいは妾
社かと疑うほどに大きな墓…一族でその色を持つものしか入れないと言われる墓の前で、京介は盛大に喧嘩を売った。
「まあ全部が全部そうとも言えないが…そうだったんだろうな」
ふっかけた喧嘩に、ルドガーはやや慎重になりながらも肯定を示す。
大層な石碑を前にぽかんと口を開けたクロウを気遣っての発言なのだとしたら、随分と乱暴で。
「でも…数多の武勇?って書いてあるぜ?」
「戦場とは書いてないだろ?本陣だって女人禁制だろうよ。勘違いすんのは読んだやつの勝手ってやつだ。そもそも文章からして新しいぜ。戦国時代とか室町時代を想像しそうなもんだけどよ、明治以降に使われるようになった言葉だって入ってる…これは多分昭和以降誰かがうちの家系図や日記なんかを見て、ノンフィクションを織り交ぜつつそれっぽく作ったんだろ」
おかげでお盆時期は、色々な地域のテレビ局がわざわざ取材にくる。そう言って京介は、ルドガーと顔を見合わせて苦笑した。
あまりにもよくありすぎて、村の年寄り達は変にテレビ慣れしてしまったらしい。
だからこそ、先ほど老婆が言ったのだ。

『鬼子が戻ってきた』

と。
ばあちゃん、俺毎年戻ってきてるよ
いつもなら笑いながらそう言って、適当に世間話をして別れる。その後わらわらと集まってくる村人達に話題を提供しつつ、墓がでかいのでざっと周りを掃くだけに止まりとっとと帰るのがいつものコース。
だが今年、ちょっと真に受けて本気で怒った少女がひとり。
『言っていい事と悪い事があんだろうが!!』
盛大に啖呵をきって村人達を震え上がらせ、いい嫁さんもらったなぁと感心された。皆さん既に京介の年は覚えていない。
当然京介は上機嫌だ。ついでに褒められたルドガーも、しみじみと嬉しかった様子。





「まあ、頭良かったのは本当らしいけどな。だから軍議にもちょっとは口出したかもしれない。その辺の詳しい事は父さんに聞けばわかるぜ。なんせわざわざ話し聞きに来て、母さんにとっ捕まったんだから」
「いやまあ…遺伝の方面で少々、な。まさか自分で実践する事になるとは思わなかったが…」
それはもう見事に誕生。
「アルビノではなく白変種の一種のようだ、人間に表れるのは極めて稀…」
「その辺いっす、興味ないんで」
橙の髪で生まれてきたクロウには、アルビノだろうが白変だろうがどうでもいい。それより遊星の髪を究明しろできるもんならと言いたい。
それよりも、鬼。
角を持たない鬼と何度も何度も、そもそも何故角がないのに鬼とわかったのか。ただ外見からそう呼ばれ、そのまま意味もなく使っているのだとしたら。神秘性を差し置いても、子孫が迷惑をかぶると考えなかったのだろうか? ちろと京介を見る。
彼は鼻歌交じりに竹箒で周辺を掃いていた。その表情には、一切不の感情は見受けられない。
でも昨晩、彼は聞いた。
『怖い?』
以前言われた事があるの?
山中に閉じ込められ、闇に慣れ、弱視を起こすほどに光と無縁だった子供。日に焼けない肌、青白い髪、レモンイエローの眼。
ヴヴと、不鮮明な声が漏れた。
頭が良いということは、それだけで武器になる。美人ということも。そのふたつがあれば、財産を残すほどの権力を持つ事だって出来るけれど。残念ながら世界は、女性の価値を限りなく低くする。
きっと女性だからこそ、この奇怪な色は持てはやされた。女性にしか移らない色と書いていても、京介をみるとそれはなかったんじゃないだろうか。
女性が権力を持つからこそ、抹消されていった子供達はきっといる。そうしないと生き残る事の出来なかった一族…多分そういうこと。
孤児だけれど、小さい頃から幸せだと思えたクロウと。現代でも仕来りや規制に縛られて生きるしかなかった京介。どちらがいいか、なんて究極の問いかもしれないけれど。
とりあえず。
「おじさん、ありがとう」
京介を、暗闇から連れ出してくれて
こっそりと呟けば、ルドガーは一瞬驚いた顔をして、それからにっと笑った。
「まあ俺は、京介から解雇されたようだが」
これからはお前だ
やわやわと頭を撫でられて、クロウは複雑な気分になる。これを押し付けられたと受け取るか、引き受けてしまったと諦めるか。
どっちにしろ京介は残るけど。





箒をどこかに片付けてきた京介が、太陽の下ふんわりと笑う。
現代、角のない鬼は全てのしがらみから抜け出して、漸く花開いた…これは先祖の墓標の前で、きっと最高のご報告。
それなら、しょうがないな…
何代続いているかわからない先祖の、全員に見られてしまっては。
「京介、うち帰ろう」
伸ばした手を京介はきょとんとした顔で見たけれど。すぐに指を絡め、クロウの柔らかい頬に口付けをひとつ。
「クゥ、大好き」
ああもう、ご先祖様。おたくらの顔は鬼畜です、どんなに恥ずかしくても怒っても、なんだか一瞬でどうでも良いと…寧ろちょっとだけ幸せを感じる、全開の笑顔なんて!
「…馬鹿!」
文句を言ったって、怒った顔を作ったって。絡んだ指を、離せないじゃないか!!






























「ところでおじさん、何処で寝てるんですか?」
「…自然を満喫しているな」
「え、野宿ですか?!」
「いやしかし、快適だぞ?多分村の人だろうが、野菜やらご飯やらお供えのように置いていくし、うっかり外で転寝しても起きたら毛布がかかっていたりな。どなたがしてくれているのか…御礼くらいしたいのだが」
「………それって」
「父さんは強力な妖精さんが2人ほどついてるから、どこでも快適なんだ」
「はぁ、そう…変な家」



END




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