まず最初に、歴史的事実を省みても絶対的な存在といえる大国を撃破。賠償金も手に入れ、国力を強化する。
次に、国際的にも確固たる地位を誇る大国との、かなり有利な同盟。一般市民すらここで世界に目が向き、列強に連なりたいという意思が強くなる。
そして、新たな戦争。最終的に賠償金が取れず、国力も低下。国民による暴動は起きたけれど…それがなんだ、国はその前に十分な金をばら撒いている。
「わかるでしょう?戦争がどれだけ儲かるか。軍事強化に関してこの国は金を惜しまなかった。それにもともと…この国は潜在的に、死に対する美学がありますから。最低でもそれを貫くだけの意地は、どの国にも負けないでしょう」
たかが十年で世界は変わる。大きく変わる。
世界が変わるのなら、人間ひとりくらいたかが半年で全てを入れ替えるくらいに変わってしまっても、おかしくはない。
言い聞かせるようにそう言って、子爵はうっすら笑った。
けして幸せそうな笑みではなかったけれど、滑らかに紡がれた日本語には、一切の動揺など乗せなかったから。クロウはひどく生真面目に、ひとつだけ頷いた。
軍馬産業というものが新しく始まった昨今。優良馬を生産するにあたり、目を向けられたのが海外。その先駆者とも言うべき一族が鬼柳家だった。
華族院に属する位は子爵。明治維直後真っ先に海外へ目を向けた先代が、語学文化政治的な観点から英国人女性を輿入れさせ。そうして産まれたのが、鬼柳京介。現在鬼柳家の当主であり、先代の地盤を使って事業を拡大したのも彼だ。
水の中をすいすい泳ぐ魚のように、明治という激動の時代をひらりひらりと渡り歩くクォーターの子爵は、どれほど国民の目にスマートに写ったことだろう。
優秀なサラブレットを多く所持し、馬具のコレクターでもあり、そして大の英国贔屓。普段着使いの洋装がまだ完全に浸透していない当時、常に英国風のスーツを着こなして。彼の所持する屋敷に勤める女中は全てメイドと呼ばれ、メイドと呼ぶに相応しい服を身に着けさせ、わざわざ英国からメイド長を取り寄せた。
取り寄せた…その言い方は陰口で使われた。鬼柳京介という男は、人間であろうが馬であろうが扱いは同じなのだと、貴族の間では実しやかに囁かれていたのだから。
それでもなお、彼自身に直接そう指摘する者はいない。階級的にはさほど高くないにも拘らずだ、子爵の力がどれ程のものか窺い知れるだろう。彼が一言声を発すれば、騎馬隊ひとつくらい簡単に潰れる。そのような種類の力を、彼は持っていたから。
さて、取り寄せられたメイド長。英国から船で渡ってきたにも拘らず、正確には英国人ではない。メイドとしての教育を受けてはいても、その女性は難民だった。
ラテン系ではないはず、名前と髪の色が違うから。そう主張するその女性の名はクロウ・ホーガン。もともとスペイン領に住んでいた一族が戦争でばらばらになり、クロウ自身はなんとか戦火から逃れ産業革命に沸くイギリスに入った。
近代化が進む中、上流階級どころか中流階級でもメイドが持て囃される時代。クロウはその仕事の完璧さで若くしてなんとかやっていけたし、外国人であってもメイドの斡旋協会に登録することが許されたのは幸いだった。しかし仕事はほぼ選べない状態で。
子爵がメイドをひとり日本に送ってくれ、そう通達があたっとしても、誰が行きたがるというだろう。本来貴族階級のなかった国、子爵といっても歴史は浅い。加えて船による長旅は、植民地であるインドに赴く以上の困難を要する。
クロウは確かに取り寄せられたのだ。高価な皿が送られるように、拒否権など全くなく。
しかし彼女は全く悲観しない。どうせ既に流れているのだから、折角ならもっと流されてみよう。そんな気持ちで渡った日本で、一番最初にぶち当たった壁は語学だった。
ヨーロッパ圏とは全く違う文法や言い回し、英語を話すことが出来るのは子爵自身だけ。思った以上に若かったクロウは、メイド長という身分を与えられながらも他のメイドに敬遠され。
結局最終的に言葉を教えてくれたのは子爵。
仕事にならないから
その一言で、鬼柳が在宅のときは必ず30分、何でもいいから話す事を義務付けられ。結果、彼女の日本語は敬語にのみ流暢になった。
鬼柳がゆっくりと、滑らかな声で紡ぐ言葉の全てが敬語だったから。
勿論メイドとしてそれはありがたいこと。鬼柳自身もそれは意識して話したようで、それが癖になってしまい、日本語を覚えた後もクロウに指示を出すときには敬語になってしまほど。
それくらい、クロウは鬼柳と話し続けた。戦争のこと、英国のこと、船旅のこと、仕事のこと。
そして、自分自身のこと。
クロウは覚えている。多分、いつまでも覚えているだろう。
初めて鬼柳と対面したときに感じた、冷たい恐怖。そして、それ以上に胸を突いた、底なし沼のように深い悲しみ。
陶磁器の人形のように冷たく、それでも熟練の職人が色をつけたかのように綺麗な子爵。
財産も地位も何もかも、彼の望むものは全て手に入る。
でも彼はきっと、何も望んではいないのだと。自分自身さえも疎かにしているのだと、そう感じ。
英語で全ての指示を淡々と述べた子爵に向かい、Yes,Sir 言った自分の声が少し震えていた。そのことを、クロウはいつまでも覚え続けているだろう。
「Fuck this!」
叫んだ途端だ。頭上からかたりと音がして、見上げればバルコニーへ続くガラス戸が閉められたところだった。
クロウはさっと血の気が引くのを感じ、慌てて屋敷の裏に回って胸に手を当てる。
ひんやりとした日陰、自身が生まれ育った場所とは種類の違う風。思うように意思を伝えられず、確実に孤立していく環境。食べ慣れない食事と、不思議な雇い主。
クロウの雇い主、鬼柳子爵はとても不思議。感情が欠落しているのではと思うほどに表情の乏しい日本人の中でも、多分群を抜いて無表情。本当に西洋の血が混じっているのかと疑うほどに。
ここ日本ではある種のステータスだというのに、絶対に英語を話さない。最低でも、クロウの前以外では。クロウにも、第三者がいるときは絶対に使わない。そもそも第三者がいると、仕事の指示以外口を開くことがない。
馬具は一部屋潰す勢いで揃えているし、鞭に至っては私室にまで飾っているほど。なのに馬に乗らない。調教は、時たましているようだけれど。
彼の目には景色が映らない。景色に含まれた人物も、植物も空も建物も何もかも。きっと酷くつまらない世界で生きている。それをどう感じているのか、クロウにはわかるはずもない。
クロウにわかっていることは、ただひとつ。
鬼柳子爵は、クロウの口にするスラングが大嫌い。
最悪だ。絶対聞かれた最悪だ…
その時裏戸がキィと開き、古参のメイドが顔を出し。旦那様がお呼びだと、ひどく嬉しげな顔で言う。立場的にはクロウの方が上司、だけれどこういうときしか話し掛けてこない女性。
クロウが叱られる時にしか。
「…Slag!」
さっさと背を向け屋敷に入っていった彼女に向け、クロウは今度こそ誰にも聞かれぬよう小さな声で、はっきりと罵声を浴びせかけた。
「I am no longer prepared to put up with this situation.」
クロウがノックと共に鬼柳の部屋に入った瞬間だ。壁に飾られた鞭を眺めていた彼が、振り向きもせずそう言い放った。普段は声に強弱などつけないのに、随分とはっきりとわかりやすいように。
いつもそう。現状に耐えられないと、うっかり漏らしたスラングを。鬼柳はきっちり正しい言葉に置き換えて、真っ先に指摘した。
これで決定だ、鬼柳は先ほどクロウが吐き捨てた言葉を、その耳で拾っている。
「I’m…」
「日本語で」
「少々取り乱しました、大変申し訳ございません旦那様」
謝り、こちらの習慣でまだ慣れない頭を深々と下げた途端。窓際に飾られていた花が、花瓶ごと宙に舞った。
鬼柳の鞭捌きは完璧だと、いつも状況を忘れ見入ってしまうほどに正確な破壊活動。金額を考えなければ、きっとクロウも楽しめただろう。
砕け水が飛び散った花瓶の次は、デスクの上に並べられた書類ケースやペン立て。それから壁に飾られた絵画。鞭で壊せるものなら何でも。
オークでできた頑丈な椅子は壁に叩きつけられ、常に用意してある洋酒も見事に全部、クリスタルガラスの容器ごと落下。グラスも全て床に落ちた。
最低でもこの破壊行為、鞭で破壊可能なものだけが被害にあう。だから鬼柳の部屋を担当するクロウも、少しずつ小物を減らしつつ殺風景にならないようにと趣向を凝らしているのだけれど。鬼柳の鞭技術も同時に磨かれているため、あまり意味がない。鞭技術を上げるために調教だけはしているのかと思えば、ため息も出てくるというもの。
暫くして、漸く破壊音が収まったとき。鬼柳の私室はむっとした洋酒の匂い、四方八方に飛び散った破片、元は高価だったはずの装飾品が見る影もなく積みあがっていた。
悠々と部屋の中を動き回りながら鞭を振るった鬼柳自身は、何処か満足げに調教用の長鞭を壁に戻して。
「いくら時間がかかっても構わないので、部屋を復元してください。完璧に」
漸く真正面からクロウを見た鬼柳は、にこりとも笑っていなかった。ゆっくりと丁寧に、柔らかく敬語を話しているというのに。
「俺はこれから出かけます。帰りは夜になりますが、部屋の掃除が終わるまでは出ないように」
お見送りも、お迎えもするなという事。
一瞬口を開きかけたクロウに、鬼柳はするすると近づいてきて、指先でさらりと頬を撫でた。
撫でた。
そして耳元で囁かれた、艶のある声。
「夜までかかる…だろ?」
もう何も、言い返せない。
強いて名称をつけるとしたら、愛人とでもいうのだろう。本妻は今のところいないけれど。
英国までもごく一部では名の通った鬼柳が、メイドと結婚しましたなんて言ったら確実になめられる。国際的に制限がかかる恋愛など滅多にないから、それはそれで経験と割り切りクロウは愛人の座に収まっていた。
やっていることは、メイドだけれど。
そもそもクロウには、愛人とは何たるかを学ぶ機会がなかった。そういう対象になったこともなければ、余裕もなかったから。
今現在も別に余裕があるわけではないけれど…とりあえず、荒れ果てた部屋を見渡してため息をつくくらいのゆとりはある。
「旦那様は、ご乱心でございます」
呟くゆとりさえ。
そもそも部屋を出ないで、どうやって掃除道具を持ってくるのだという話。愛人であろうが、主人の私室に掃除用具スペースを作れるわけがない。
面倒。凄く面倒…だけれど、暫くしてクロウは呼び鈴を押した。メイドを呼び出す用のベル。
鬼柳がいないとわかっていて来るかどうかはわからない、けれど半日くらい鳴らせばいくらなんでも来るだろう。この際更に溝が深まろうが、もう知ったことではない。
クロウがやらなければならないことは、鬼柳が帰るまでに部屋を掃除し終えること。それ以上に重要な責務など、今のところはないのだから。
いつからだろう、鬼柳を怖いと思わなくなったのは。
鳴らしても鳴らしても来る気配のない同僚を待ちながら、ぼんやりとクロウはそんなことを考え出した。
半強制的に日本語の勉強を始めてから、二月くらいは経ったころだろうか。
毎日次から次に与えられる、鬼柳からの題目。話す内容の指示をしてしまえば、彼はもうほとんど口を開かない。ちゃんと聞いているというように、時たま頷いて見せるだけ。あとはもう、クロウがひたすら話し続けるのを耳で拾うだけ。何か言葉を発するとすれば、語彙の少ないクロウが詰まったときに的確な単語を最短で掲示する、それだけ。
なのにその日、鬼柳はかなり早い段階で口を挟んだ。
「…君は本当に、話せと指示をすれば何でも話すつもりですか?」
調度その時クロウが話していた内容は、とてもプライベートな事で。そのときまでに鬼柳は多分、クロウがいつ初潮を迎えたかまで知っていたはず。
クロウは、その質問の意味がわからなかった。全くわからなかった。日本語の意味がわからない、ではなく、その内容が。
「旦那が、どのようなことを私に問われたのかわかりません」
「わからない?」
「どのような気持ち…意図?で、その質問をなさったのかがわかりません」
クロウはひどく困惑げな顔で。鬼柳もそのときは、随分とあからさまに眉を潜めていた。
「君がわからないと思う理由を、話してください」
ああそれは、とても難しい。
クロウは危うく、エプロンを握り込んでしまうところだった。はしたないと、以前勤めていた家の女主人に窘められた行為。
「旦那様は…Gentleman」
「支配階級」
「ありがとうございます…旦那様は、支配階級、に属する紳士でございます。そして私は間違いなく労働者階級です。私は指示を受けることに慣れ、旦那様は指示をすることに慣れていらっしゃいます。ですから私は、話せと言われれば話さないわけにはいきません。…旦那様は、それをわかっておいでではなかったのですか?」
随分と不躾な事を聞いた…後になってクロウは、それを反省したけれど。そのときは、純粋な疑問として口から滑り落ちてしまった。
「私は現在…上級、使用人、としての地位を頂いておりますが、はっきり申しましてその資格はまだございません。ですから、基本的にNoと答える…術、を、私は持たないのです」
ハウスキーパーならば、その経験から一言意見することもあるかもしれない。しかしハウスメイドならば、それは無理だ。
でも
言葉を紡ぎながら、クロウは段々自分に自信が持てなくなってきた。問われたから答えるにしても、言いたくないことを全て洗いざらい話す必要はない。実際主人の知らないことを、メイドは多く知っている、それを全て話せばクビになってもおかしくないことまで。そのような事を、大抵のメイドは自分の胸に閉まっておき、仲間内で披露してはクツクツと笑い合っていた。
今クロウに、そんな他愛のないお喋りをしてくれる相手はいない。いるとすれば、何でも話していいと言う鬼柳だけで。
気付かぬうちに蓄積していった孤独のようなものが、無意識に鬼柳に向けられているとしたら。
声が震えるほどに怖いと感じた鬼柳に、一種の親近感を感じ思わぬところまで踏み込んでいるとすれば、きっとその理由は孤独以外の何物でもない。
自国にいようと、鬼柳は独りだ
それは、鬼柳が発した次の質問で如実になっていた。
「…客観的に見て、支配階級と労働者階級にはどのような差があると思いますか」
「………きゃっかん」
「object」
「戦争になったとき、支配、階級の方はまず死にません。何故ならもし捕まったとしても、人質交渉でお金が沢山動くからです」
言った途端だ。初めて鬼柳が、声を上げて笑った。あまりに唐突過ぎて、クロウの肩が跳ねるほど。しかし今の鬼柳に、そんなクロウの姿は些細なことだっただろう。
「ならば俺は死なない、金が沢山動くから!でもな、俺はジェントルと呼ばれる人種じゃない。こちらの言葉で言えば、武士ではなく商人…せいぜい資本家だ、でも爵位を持つ。何故かわかるか?この国では爵位を金で買うからだ」
根本が間違っている
言い切って、それでもまだクツクツと笑う鬼柳を。クロウは困惑げに見つめていた。考えてみれば鬼柳が声を上げて笑ったのも、クロウに向けて敬語を使わず話したのもこれが初めてだったから。
クツクツと一通り笑い終え、それでも楽しげな顔を崩さない鬼柳は。長く綺麗な人差し指を上げて見せた。
「そしてもうひとつ、その説には誤りがある。日本人はな、捕虜になったら交渉よりも死を選ぶ、潔く死ぬ事を美徳とする、大層頭の固い民族だ」
それを前提に話された、日清戦争、日英同盟、そして日露戦争の流れ。いつの間にか敬語に戻っていた鬼柳は、それでも言葉の節々に皮肉を織り交ぜていた。根本が間違っている…それはきっと、鬼柳が自国の風土に馴染めないことも含まれていたのだろう。
最後にひとつ頷いたクロウに向けて、鬼柳はまた口を開きかけ…それから、閉じた。
普段は指示以外にしか動かない口。外に出ても無口なことを、クロウは知っている。まるでクロウの感じた困惑に感化されたかのように、ひどく無防備な顔でゆるく首を傾げて見せ。
「…俺は戦争を通してこの国からあらゆる物を頂いている、でもこの国には属しきれていない。君はこんな最果てまで運ばれて、いつまでも馴染みきれない。侘しいですね」
ワビシイ
「侘、しい…孤独、ということでしょうか」
孤独
「もしその言葉を君が強く意識しているならば、それが正しい答えなのでしょう」
正しい答え
自分達は同じように孤独なのだと、鬼柳はそれを認めた。なるほど、そう考えるともう、クロウは鬼柳が怖くない。
たとえ階級が違ったって、同じ人間だ。思いが同じならば、怖がる必要はない。
「では、私は孤独です」
だから。すんなりと出てしまった言葉の意味に気がつくのに、クロウは少し遅れた。少し笑みを浮かべながらの言葉として、それは不適切であったことに。
暫く後、慌てて口を手で塞いだクロウに。鬼柳はやんわりと笑っていた。
陶器人形のように綺麗な鬼柳。そんな彼に一気に血が通い、人としての息を吹き返す。
ずっと座っていた籐の椅子。今までクロウが話しをするときに、立ち上がったことなどなかったのに。その時彼はすんなりと立ち上がり、クロウの目の前まで歩み寄って。
「君を慰めてもいいですか?」
囁かれた声は、随分と熱が篭っているように感じ。クロウはぱちと一度、目を瞬いて。それから困ったように、すると視線を外した。
慰める、という言葉。それには沢山の意味があることを知っていて、こちらの国では雰囲気でその意味を解かなければならないことも知っている。たかが二月語学の勉強をしたにしては、クロウは優秀だけれど。汲み取れといわれて簡単に汲み取れるほどには、まだ馴染んでいない…ということにしてくれないだろうか。そう考えている時点で、わかってしまってはいたけれど。
「…命令ですか」
「どちらかというと、要望です」
「では、命令にしてくださいますか」
簡単な言葉遊び。相手の気持ちを推し量るための、誰もがやるだろう些細な罠。
鬼柳は笑ってただ首を振った。
「俺はメイドを抱きたいんじゃない、クロウを抱きたいんだ」
多分このときから、クロウは鬼柳の使う素の言葉に抗えない。彼が敬語を捨てるときは、あまりにも無防備な本心であることを、この時点で知ってしまったから。
コンとドアがノックされた。そこでクロウは思考から遮断され、ぱちと一度瞬きをする。
「どうぞ」
答えれば、面倒くさそうな表情を崩しもしない若いメイド。クロウにも漸くこちらの国の表情が読めるようになったので、明らかに嫌気が差した顔をしてみせる。
鬼柳の顔を見続けていれば、表情の乏しい国民性だって可愛く感じるものだ。
「モップとバケツ、塵取りと箒、雑巾と紐を大至急持ってきてください。バケツには水を入れて、なるべく沢山」
若いメイド――といっても、きっと年はクロウより上――は、物珍しげに鬼柳の私室を眺め、話を聞いているのかいないのか。本当に、面倒くさい。
「早く用意していただけませんか?このままでは、私ではなく貴方達が旦那様に叱られると思いますよ?旦那様は、私に部屋から出るなとおっしゃいましたので」
本当は、怒鳴りつけてもいい場面。しかしこちらの言葉だけは、鬼柳のプライドを汚す可能性があるので綺麗に保ちたい。だからクロウは丁寧な言葉しか覚えないし、自然柔らかな言葉回しになる。
それでも旦那様効果、若いメイドはしぶしぶ出て行き、暫くしてから数人のメイドと用具を運び入れてきた。お湯なんて沸かす手間を省いたのか、5つ用意されたバケツは全て水だったけれど、これはもう予想範囲内。
滅多に入ることの出来ない部屋だ、メイド数人はぐずぐずと居残っては、物色したそうな顔で立っていたけれど。道具が用意されれば、これ以上用はないので。
「終わりましたらもう一度ベルを鳴らしますので、用具を取りに来てくださいね…Fuck off!!」
にっこり笑って最後に叫べば問題ない。基本的にクロウの罵声は彼女達の恐怖を煽るらしい、使えるものはいくら言われようと使う、そのスタンスをクロウは今のところ崩す気はない。
「What the fuck are you talking about? I’m fucking sick of you! You pissed me off!」
最後の最後まで罵声で終わった、何故なら古参のメイドが顔を出してきたからだ。最早彼女はクロウの天敵、罵声だって連発しないと対抗出来ない。それでも何処吹く風という顔をする彼女は最強だ。何を言っているかさっぱりわかりません、の態度が一切崩れないから。
ああもう、本当に本当に面倒くさい。
「何をやりたいのかは存じませんが、そろそろ旦那様がお帰りになられるのではないでしょうか?旦那様は私室に入られる事を嫌われます、あの方がご覧になられたら何と思うでしょうね」
言えるならば言いたい、日本語で先ほどの罵声をそのまま。
馬鹿なこと言ってんな、お前にはうんざりだよ!ほんと最悪!!
気持ちいいだろうなとも思うけれど。クロウはそんな言葉知らない。教えられていない。鬼柳が教えてくれるはずが…
「Don't piss her off.」
その声が聞こえた途端、部屋の温度が3度は下がった。クロウはそれを肌で感じていた。
古参のメイドもその他のメイドも、まさかこんなに早く鬼柳が帰ってくるとは思っていなかったのだろう。早くといっても、日が沈んだばかりだけれど。
週に一度クロウが油をさすドアは、素晴らしく音がしないことをこれで証明できた…と喜べる場面でないことは確かで。
「わからないよな、何を言ったか。当然だ、わかろうともしないから。兎に角、これ以上クロウの耳障りなスラングを俺の耳に入れないよう、全力でどうにかしろお前ら…できねぇなら一族郎党ひとり残らず叩き潰すぞ!!」
びりと窓ガラスが震えるほどの罵声だった。それはもう、クロウですらきゅっと喉が締まるほどの。普段聞き慣れていない者など、ひとたまりもない。
綺麗で物静かで、いつもひっそり淡々と指示を出す鬼柳は必要なことしか言わない。だとすれば、彼が言った言葉は基本的に本気だ。
いい加減にしないと、被害が及ぶのは自分だけではない
これは怖い。
「っ!お帰りなさいませ旦那様!私の力が及びませず、このような見苦しい場面をお見せしてしまい大変申し訳ございません!ですが本来ならばメイド達の処分は私の采配、その点はお任せ願えませんでしょうか!」
ああもう!本当に本当に、本当に面倒くさい!!
「メイド長を降ろしてください」
搾り出すような声で告げたクロウに、鬼柳はただ首を傾げるだけ。
「君に個室を与えるいい口実なのですが?」
ええもう、そういう理由だとは思っていました…
「でしたらいっそ、私一人で全て掃除が可能な家に移っていただきたく思います」
「それはできますが、クロウは畳の掃除が可能でしょうか」
くぅっ
悔しげな声が漏れたのを合図に、鬼柳はまた食事を再開した。といっても、摘んでいるのは少しだけ。見事にカットされたサンドイッチを頬張るのはほとんどがクロウだ。自棄食いの域までいってしまっているけれど。
勢いで作って勢いで運んで勢いで食べるのは全部クロウ。
存在する大きな食堂は、基本的に使わない。夜はひとりで食事をするならば、大抵クロウが簡単なものを作り鬼柳の私室に運ぶ。クロウがその後も暫く出てこないのは、給仕を務めているから…という名目の一緒にご飯。
もう鬼柳の横で食べ物を食べることにも慣れた。食べ物を食べる姿どころか、もっと失礼なことまで散々やっているので、その辺は開き直るしかない。
「では、日本語のスラングを教えてください」
「俺はクロウの綺麗な言葉を好ましく思っているのですが?」
…卑猥な言葉は散々教え込んだくせに?
お茶を注ぎながら、クロウは少し恨めしげな目で鬼柳を見た。
外に出るときは必ずかける黒縁眼鏡が、一層綺麗な顔を引き立たせてしまう男前。実はわりと適当な性格であることを知っていて、感情が顔に出ないのは面倒くさいからということも知っている。顔色ひとつで大事になるのが、とても面倒くさいから。
今回だって大事だ、物凄い大事。
「私は旦那様に、怒鳴って欲しくありません」
面倒くさいから
クロウも同じ事を思っていると、きっと鬼柳は知っている。別にクロウは、優しくもなければ献身的でもない。どこでも効率よく生活できるからメイドという職を極めただけで、本質は常に流浪している、そんな女性。
慎ましやかでもなければ、お上品でもない。そんなクロウが日本語だけは丁寧であるから、問題なわけで。
「…上手におねだりできたら、だ」
だから。本来お上品に振舞う必要のないクロウは、鬼柳の一言で嬉しげに歓声をあげ、ひょいと立ち上がった。
ふかふかのソファも鬼柳の横も安心するけれど、まず優先させるべきはメイドの仕事。
用意した食器を手際よく纏め、最後にクロウは片手でスカートを少し摘み退室の挨拶をした。英国式の、普段は絶対に出さない仕草。凄く可愛らしいから。
「食器を片付けて参ります。ですが、大変申し訳ありません旦那様、まだ寝室の準備が終わっておりませんので、もう一度戻って参ります」
最高に機嫌がいいときにしか出さないそれは、クロウが鬼柳の素の言葉に抗えないように、鬼柳を拘束する。
日本の絹は最上級。ストッキングなんて、イギリスではメイドが易々と手に取ることなどできなかったのに。鬼柳はいとも簡単に、メイド達に最上級の絹を与える。クロウに至っては、下着まで全て用意する徹底ぶりで。
するりとたくしあげられたスカートから覗く白いストッキングや、それを止める黒いガーター、ショーツに至るまで全部絹だ。特に艶やかな白いストッキングは鬼柳のお気に召すようで、クロウは黒よりも好んで着用している。
ベッドの端に座る鬼柳に見せ付けるため、ベッドの上に立ってスカートをたくし上げたクロウは、優艶に笑っていた。
「ご満足いただけるでしょうか、旦那様?」
すりと太腿を擦り合わせ、少しだけストッキングが捲れるように。スカートの端は胸元できゅっと抱きしめるように。
仕草の一つ一つで、絶対に鬼柳の視線を外させないよう。
仕付けられた通りに実践すれば、鬼柳は笑う。笑いながらベッドに両手をつき、まるで敬うように脛に口付けを。ストッキングの上からやんわり歯を立てられたって、早々破れないことはもうわかっている。
かぷりかぷりと、悪戯のように歯を立てて。鬼柳の視線がすいと上がったので、クロウは大人しくベッドに座り込んだ。
ベッドの上に投げ出された足、ストッキングに包まれたままのそれを片方抱き上げて、鬼柳が嬉しそうに唇を落としていく。ちゅっちゅっと、ストッキングの上から。
やがて足先まで到達した唇が、躊躇いもなく足の指を咥え込む。
「ふぁっ」
まるで儀式のように何度も何度もされて来たから、クロウはそうされると身体に痺れが走ってしまうけれど。
「駄目」
すぐに強い声が遮って。顔を上げれば、それでも鬼柳は笑っている。
「今日は随分と悪い言葉を使ったのだから、その分少し黙りなさい」
黙れ
声を上げるなという命令は滅多にない。寧ろクロウの声を楽しんでいる節がある鬼柳が、そんな命令をする理由はひとつだ。必死に堪えるクロウの、震える身体を楽しみたいから。
「…はい、旦那様」
告げて、きゅっと人差し指を食めば、鬼柳は満足げに笑いまた指先を口に含んだ。
「っ…」
鬼柳の舌は巧妙で、ストッキングの上からでも一本一本の指を探るように嘗め上げる。その度に声が漏れそうになるけれど、クロウは必死で声を殺した。でも指を噛みすぎてはいけない、傷つけたら鬼柳が悲しむから。
その調整が難しく、いつも途中で許しを乞うてしまうけれど。本日はどうやら、色よい答えは戻って来そうにない。
「ぅぅぅっ!」
それどころか、早い段階で煽るような事までしてくる。
もう既に垂直にまで抱え上げられた足。いまだクロウの指先を口に含みながら、鬼柳の膝がクロウの性器に触れ、ショーツの上から擦りあげてきた。
「旦那さ、まっ!スーツが汚れて…っ」
「黙れと、言いませんでしたか?」
冷たく降りかかった声。クロウは最早、目に涙を浮かべながら、それでもまた指を食む。
抱え上げられた足の指全てがしゃぶられ、でもそれで終わるわけもなく。次は反対の足。その間ずっと鬼柳の膝が、クロウの性器を緩く刺激して。不安定なベッドの上、たまにバランスを崩し強く擦りあげられる度、ショーツの中で開いてしまう襞からくちゅと音が鳴る。
絹のショーツは収縮性がないから、もどかしい刺激しか与えられていないというのに。
「ひぅっ」
遂に全ての指がしゃぶられた…思った途端ショーツの上から性器に触れてきた長い指。とうとう声を殺せず喉を震わせたクロウは、パンと叩かれた太腿にビクと肩を震わせた。
「鞭が必要ですか?」
随分と楽しげな声。鬼柳は絶対にクロウに向けてなど鞭をふるわないのに、あえて口にするのはじんわりとショーツが湿ったからだ。
鬼柳は、クロウの身体に鞭で力強く跡を残すよりも、掌で淡く赤く色付かせる方が好き。でもそれは、クロウが叩かれるたびに身を捩り、全身を震わせるから。鬼柳には、相手を傷つけて性的興奮を得る趣味はない。けれど叩かれている時のクロウは、ひどく魅力的だから。
「言い付けを守れなかった悪い子は、どうするんでしたっけ」
甘やかしてしまう。
告げれば、クロウはぱちぱちと数度目を瞬かせ、のろのろと身体を起こしうつ伏せになり、尻を高く上げた。
重力に従ってはらりと落ちたスカートをもう一度たくし上げ、後ろを振り向いて。
「申し訳ありません旦那様…悪い子のクロウに沢山お仕置き、してくださいませ」
うっすらと水の膜が出来た青灰の瞳は、けして怯えの色など乗せず。口元に拳をそっと当てているのは、緩みそうな口の端を隠すため。形のいい尻が小刻みに震えるのも、期待から来るもので。
「きゃうっ!!」
パンと、派手な音を立てて叩かれた尻。クロウはもう声を殺さず、ぎゅっと毛布を握りこむ。
「んんぁっ!いっ…!ぁ、旦那様っ、旦那様ぁ!!」
ショーツの染みはもう、全体に広がってぐちょぐちょで。叩かれるたびにビクリと震える身体は、歓喜に満ち溢れていて。
「…はしたない子だ」
最後に事の外強く叩いた後、鬼柳はそう吐き捨てた。
冷たい声、一切の感情が乗らない、色のない声。でも赤く腫れているだろう尻を撫でる手つきは、ひどく優しくて。
「もうし、わけ…っ!ああっ!」
「こんなにぐちゃぐちゃにして、申し訳ない?」
先ほど一瞬だけ触れた指が、随分と様変わりしてしまったショーツの表面を強く擦った。それだけで指に纏わりつく愛液に、クツと笑みが漏れる。
何度か湿ったショーツを行き来していた指が、すっと引く。
「下着を下ろして」
また囁かれた平坦な声に従い、クロウが同じ体勢のまま両手でゆっくりとショーツを下ろす。ひりひりとした尻を掠め、またビクリと身体を震わせながら。
太腿に差し掛かったところで、クロウは少し顔を顰めた。濡れすぎた性器が、ショーツを下ろすことによって大変なことになりそうだったから。しかし鬼柳はその様子を感じ、ぺたりと合わさった太腿を大きく開かせて。
「ゃ…」
「早く」
一瞬見せた抵抗も、一言で封じ。先を促すように尻を撫でれば、躊躇っていた両の手がまた恐る恐るというように動き出した。
太腿の半ばに差し掛かったところで、くぷと音が鳴る。そのすぐ後に、ショーツに付着した液が糸を引く感触があって。
「はしたない」
もう一度。
「ひゃうぅっ」
パンと尻を叩かれた途端、更に液が滴り落ちた。
「こんなに零して…折角の綺麗な太腿が、汚れてしまうでしょう?」
するりと降りた唇が、クロウの熱を持った尻に触れ。ガーターに沿ってするすると太腿に降りていく。
啄ばむように何度も唇を押し当てながら、膝まで下ろしたところで止まるクロウの手を片方掴み。
「だから…綺麗にしましょうね」
「!!旦那様、いけませっっ」
最後まで言う前に、襞を押し広げられ、鬼柳の舌が入り込んでいた。
「あああっん!!あっ、だ…っだめ、旦那様、だめぇ!」
咄嗟に逃れようと引きかけた身体は、捕まれた片手を強く握られることで阻止されて。指の跡が残りそうなほどに、太腿を確りと掴まれて。
「あっ、あっんんんっ!ゃ…わた…っご奉仕、します…からっ!旦那様、いけません…っ」
クロウが性器への口淫を嫌うことを、鬼柳は勿論知っている。メイド風情が、爵位を持つ主人に奉仕されるなど持っての外だと、そう考えていることも。
そう考えられるのが嫌だからするのだと、何度言っても理解しない。きっとクロウはもう、主従という関係に、根本からは抗えないのだろう。
どんどん素を見せているにも関わらず、決定的な部分が邪魔をする。
それが、少し苛立たしい。
「ふあぁぁっ!はげしっ…あんっあっっ!」
その苛立ちが、舌に伝わったのか。いつもならばすぐに引く舌が、襞を掻き分け奥まで入り込み、少しざらついた表面を肉壁に擦りつけ。
「ゃだっ、あぅ、ああああっ!」
「っ!」
ビクンとクロウの身体が大きく震えた。思った瞬間顔にかかった暖かい液に、鬼柳も驚き顔を離す。それでもまだ断続的にひくつく性器から、何度かに分け液が飛び散っていた。
「ぁ、ぁっ…旦那、さまぁ」
クロウの、今にも泣きそうな声。ふるふると震える腕を引き抱き起こせば、実際泣きそうなクロウの顔。鬼柳の顔を見た途端、くしゃりと顔を歪め、震える手が眼鏡を取り払った。
「綺麗なお顔を、汚してしまって…申し訳ございませんっ」
ああ、顔
ここに来て漸く鬼柳もクロウの動揺が理解できるほどには、彼自身動揺していたようで。
「別に…」
たいしたことでもない…言う前に、ぺろりと。クロウの舌が、鬼柳にかかった液を嘗め取る。ぺろりぺろりと、まるで子猫がミルクを嘗め取るように。
その仕草があまりにも幼くて、鬼柳はつい笑みを漏らしてしまう。
「クロウの方が綺麗なのだから、別に問題はないでしょう」
それはとてもおかしい理論。でも鬼柳は胸を張って言えるのだから、何もおかしくはない。でもクロウは、言われた途端目を見張った。
何処が!
できることなら叫びたい。鬼柳は美的感覚がおかしいと、声を大にして言いたい。
でもそうなる前にいつも、鬼柳の指が邪魔をする。
ちゅっと触れるだけのキス。開きかけた口がそれで閉じられ、スカートの中に隠れてしまった太腿にさわと触れ。
「クロウ、可愛い」
「可愛くなど…」
「可愛いよ、ほら」
くいと手を引かれ、引きずるように枕まで連れて行き、ベッドヘッドに両の手をつかせ。その上から覆うように手を添えて。
「ほら」
促すように顎を掴まれ向けさせられた先は、大きな鏡。そこには高揚した頬と濡れた瞳をぱちと瞬かせた、自分の顔が映っていて。
どう、答えればいいのだろう。こんなに近くで見せられたところで、可愛いとは思えない…
「あっ」
そう、答えようか。
考えている間に、まだ足に引っかかっていたショーツが取り払われ、抱きかかえられる。立ち膝になった先、鬼柳がスカートをたくし上げている姿が確り映って。
「ここも、こんなに可愛い」
映し出された性器。ぬらぬらと濡れ、太腿にまで液を垂れ流したそれは、けして可愛い代物ではないのに。
「はうっ」
遠慮のない長い指が入り込んできた途端、そこはクロウにとって価値ある場所になった。
鬼柳を受け入れる場所。鬼柳が好んで触れる場所。
「あっあんっ!…っ旦那、さまの指っ、入って…!」
「ああ、凄く淫らで…可愛い」
つぷつぷと奥に指が入っていく。鏡にもよく映るように、背後から。
ぺろと、鬼柳が唇を嘗めた。その様子まで見えたクロウは、いつの間にかやんわりと微笑んでいた。
唇に触れる吐息が熱くて、自分のものではないようで。興奮しているのだと、そう感じる。
スカートの端がエプロンに押し込まれ、押えなくでも性器が晒されるようになり。いつの間にか降ろされた背中のファスナーの間から、手が入り込む。
「ああっ!」
きゅっと乳首が摘まれた。そのすぐ後に、揉み解すように激しく胸を揉まれて。
服の中での事なのに、鬼柳の手の形に蠢く様が服の上からでもわかる。鏡はそれを、確り映し出していた。
「あっあああっ!っっ…、旦那さまっ、気持ちい…」
膣と胸、同時に愛されるその光景はとても淫らで、可愛い。鬼柳の指に合わせ、ゆるゆると振られ始めた腰。指を抜けば、きゅっと締まった膣口をクロウの指が開いて。
「すご、く…気持ちいい、です。旦那様、も…っ私の身体で、楽しんでくださいっ」
誘うように揺れた腰。愛液で濡れた指を宛がえば、喜んでしゃぶりつく可愛い唇。後ろ手にチャックを下ろし、硬く勃起した性器を取り出す性急な手。
「いいよ…当てて」
告げれば、すぐに押し当てられる熱い襞。亀頭に感じた、膣口の感触。
「凄く淫らで、可愛い」
「んんんっっ…ぁああっ!入って、っ入ってきますぅっ」
ずぷずぷと膣の中に入り込んだ様子を、クロウは確りと見た。大きく押し広げられ、襞をも巻き込んで入り込んでいく、太くて長い雄。
「あああっ!ゃうっ、すご…っああ?!あ、りょうほ…っちくび、気持ちいいっ」
奥まで入り込んだと同時、残りの手も服の中に入り込み、抱きしめるように胸を揉まれて。
クロウは大きく軋むスプリングの音と揺れをやり過ごすかのように、その両腕に縋っていた。
「旦那様っっ、いい、いいのぉ!」
「俺も凄く、いいよ」
「うれし、っんんん!」
激しい突き上げが来るたびに、クロウの身体がふわりと浮く。そのたびにありえない場所まで入り込む熱が、子宮をいっぱいに広げ擦り上げて。
ふるふると雄の先端が震える。体内で今にもはち切れんばかりに。
「あん、あっ!も、だんなさま、きてっ!私の中、いっぱいだしてっ」
「ああ、孕むまで満たしてやるよ!」
「ふあっ…ああんんんん!!」
ぎゅうと膣が収縮する。それと同時に勢いをつけて吐き出された精液が、子宮を満たしていく。
何度か腰を振って、全て搾り出し。引き抜けば、こぽと音を立てて零れ落ちた精液が、クロウの液と混じり合い糸を引いた。
はふと、どちらとも取れない息が漏れる。
かくんと力を失ったクロウの身体は、しかしすぐによろと動き出し。ぬれぬれとした鬼柳の性器に唇を寄せる。
いつもそう。汚した分を、クロウは嘗め取る。どんなに激しく突き上げても。
これはもう、徹底しているから。鬼柳は苦笑のみで、さわとクロウの頭を撫で、それからヘッドドレスをそっと外した。
「クロウ、服を脱がせてください」
青灰の目がついと上を向く。
「まだ足りない」
「…はい、旦那様」
言えば、何処か嬉しげな声が返ってきて。するりと伸びた手が、スーツを脱がし出す。その合間に、鬼柳もクロウのメイド服を取り去って。ストッキングも、ガーターも。
丸裸になったクロウを、捲り上げた毛布の中に転がしたところで、鬼柳は笑った。
「なあ、服脱がせたから、もういいだろ?」
クロウは一瞬だけ考える素振りを見せる。でもそれは、見せ掛けだけということを知っていて。
「はい、京介様」
嬉しげに、名前を口にすることも。
「…I'm yours」
告げれば、本当に綺麗に笑う事も。
「つべこべ言うんじゃねぇ!ケツ蹴り上げるぞ!」
元気のいいクロウの罵声が、屋敷中に響く。
漸く習得した日本語の罵声が、彼女は甚く気に入っていた。
他のメイド達も、理解出来ない言葉で喚かれるよりは、理解できる言葉の方がいいらしい。震え上がる事に変わりはないけれど。
暫くしたら、この頃漸く多少付き合いがましになってきた気がしないでもない、年配のメイドが呼びに来る。クロウのよく通る声は、まだいるはず鬼柳の耳にも届くだろう。
相変わらず国際制限付のお付き合いではあるし、何かにつけて理由をつけないと、昼に顔を合わせることも会話をすることもないけれど。
日本語のスラングをクロウに教えたのは鬼柳だ。見た目ほどお上品でもなければ、高貴でもない。
だから全部面倒になったら、何処かにトンズラしよう
こっそりそう言い合っては笑い合っていることは、今のところ絶対に内緒。
END
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