その神社の御神体は烏だ。八咫烏ではなく、ただの烏。
しかしただの、と言ったら語弊があるかもしれない。こざっぱりとした…と言えば聞こえはいいが、ただ小規模なだけの鎮守の杜が囲む境内。
手水舎の傍というなんとも中途半端な場所に、烏の像がある。
その像に願いを書いた形代を貼り付けると願いが叶う、実しやかに伝えられているらしく、何かと正月以外にも人が来る。烏の御利益とはどういうものか悩むところではあるけれど、人が絶えないということは何がしかの御利益もあるということか。
そんなことをうすぼんやりと考えているのは、鬼柳京介という名の青年で。一応立場的には、この烏神社(という名前ではないが誰も正式な名など呼ばないので)の神主だ。
神主といっても、神社の由来など知らないただの神社守。日給5,000円という極めて微妙な給料で24時間体制365日勤務を勤めるアルバイター。
仕事は箒で境内を掃く、そして形代を売る、以上。おみくじもお守りもない、ただ形代(人が両手を横に伸ばし着物の袖が垂れたような形のもの)を一枚100円で売るだけ。格好がつかないから袴を身に着けているというだけで、時たま神主さんと言われるだけ。
そもそも激しく引き篭もりだった鬼柳は、ある日突然神の啓示かの如く、追い出される寸前だったアパートを飛び出し徒歩5分のこの神社に駆け込んだ。するとどうだ、今まで守をしていた老婆(多分本職の巫女なのだろう)が倒れている。慌ててそのまま病院に連れて行けば、お礼がてらあれよあれよという間に守の仕事が回ってきたという次第。
当時をいくら思い返してみても、何故自分がそんな行動をとったのか鬼柳にはわからない。だから、これが烏の御利益なのかもしれないと思うようにしている。何故賽銭を入れたことすらない自分なのかは…神のみぞ知る、だ。
鬼柳はこの仕事が気に入っていた。日給5,000円も、365日体制も、全く苦ではない。
何故なら鬼柳は、絶賛引き篭もり中だから。家は神社の脇にある平屋(家賃なし)、食料は定期的に運ばれてくるし、老婆が溜め込んだ出前のチラシが大変役に立つ。
一切境内から出ない生活は、アパート暮らしのときとたいして変わらない。しかも、一応仕事をしているぞという満足感もある。
おかげさまで一年、鬼柳は着々と境内から出ない記録を更新していった。自分でも呆れるほど、神社にいついているし居心地もいい。
ただひとつ、この頃困ったことが出来た、以外は。





形代を貼られた烏の像。小ぶりの狛犬のような台に乗るそれは、大きく翼を広げて今にも飛び立ちそうな格好で。なかなか見事な石像…のはず。しかし鬼柳は、その全貌を見たことがない。形代がびっちりと貼られているからだ。
そもそも仕事の引継ぎに、貼られた形代の処理は含まれていなかった。鬼柳が仕事を引き継いだときは、広げた翼と胴体に少しずつ、くらいしかなかったので気にしていなかったのだけれど。
一年経てば当然ながら、形代は増える。いくら小さな神社といっても、週に数人は形代を求めにやってくるのだから。増えて増えて、今では石の部分すら探すのが困難だった。
ここに来て鬼柳も漸く焦りを感じ、前任の老婆に連絡を取ろうと(勿論電話で)した。したのだけれど、老婆は半年前にぽっくりお亡くなりになっていた。それもまあ、当然といえば当然だろう。出会いからして病院に担ぎ込むものだったのだから。
それでは他の人に…と、片っ端から神社関係者(名簿があったので)に連絡をとっても、この烏神社での形代の処理はわからないという。
本来ならば、ある程度溜まったら禊ぎをして焼く。祝詞をあげ、しかるべき処置をした後にだ。しかし残念ながら、鬼柳は祝詞など覚えてはいないし、しかるべき処置が何たるかも全くわからない。そうこうしているうちにも、どんどん形代は増えていく。神社唯一といっていいほどの収入源なので、売らないわけにいかない。
このような理由で、ある日鬼柳は意を決し形代を剥がしにかかった。とりあえず祝詞は神社関係者に教えてもらえばいい。まず形代を剥がしてひとつに纏めよう。
しかし珍しくも積極的な鬼柳の行動は、かなり初期の段階で挫折せざる終えなくなる。形代が剥がれなかったから。 どんなに爪を立てても、最後は水をかけるという暴挙に出ても、貼られた形代は一枚たりとて落ちる気配もなく。デッキブラシで擦ってみても、紙の繊維がぼそぼそになることもなく。
まるで石像と一体化してしまったようなその現象に、鬼柳は本気で困り果ててしまった。このままでは管理がなっていないと、時たま来る神社関係者にクビにされてしまうかもしれない。
それを考えると、鬼柳は鳥肌が立つほどに恐怖した。世間になど出たくないし、彼は一年のうちに、烏神社に並々ならぬ愛着を感じていたからだ。
特にめぼしい物のない神社、たまに町内の悪ガキ共が来てやんちゃするくらい。鬼柳はその対応も昔取ったなんとやらで回避できたし、何もない空間がこれほどまでに心安らぐものだと始めて知った。今にも飛び立ちたいけれど形代が邪魔で飛べない、そんな様子の烏の石像も毎日見ていれば可愛くなる。拝殿の奥に安置された御神体(箱に入っていて、開けたことがないのでわからないが、きっと烏だろう)も、季節を辛うじて感じさせてくれる鎮守の杜も。
「出たくねぇよ、俺」
ほとほと困り果て、石像の前でぽつりと呟いた鬼柳は。ふと思いたって、形代を一枚買った。ちゃんと賽銭箱に100円を入れて、社務所に常備してあるボールペンを使って。

形代 剥がれてください

なんとも情けない願い。
しかし貼ったときの鬼柳は、今まで願いを書きに来た誰よりも真剣だ。なるべく石肌の上に貼ろうと上から下まで検分した挙句、唯一確認できた腹の下あたりにぺたりと貼り付け、確り柏手も打った。
「本当にこれで願いが叶うなら、お願いだから叶ってくれ!」
悲痛な叫びまでおまけにつけて。
でも心のどこかでは、信じていなかったから。無理だろうな、思ってとぼとぼ平屋に帰って。
その女性が平屋に訪れたのは、その晩のことだった。










「お前は、アホか!!」
声もかけずに(平屋に呼び鈴はない)引き戸を盛大に引いて入ってきた女性の第一声。鬼柳は神主姿のまま籠に積んだみかんに手を伸ばした体勢で、ぽかんと口を開けてしまった。
言動ではなく、主に服装的な意味で。
そんな鬼柳も気にせずに、その女性はずかずかと部屋に入り込んできて、コタツにきゅきゅっと入り込んできた。どころか、籠から勝手にみかんをとって、ぱかりと半分に割っている。…何をしに来たのか、既に忘れていないだろうか?いや、違う。
「…うちの境内で、コスプレ撮影中に強姦未遂でもあったか?」
時たまあるのだ、これが。勿論強姦未遂ではなく、コスプレ撮影会なるものが。和な作品の野外撮影?というやつが。特に問題もないし、大抵早朝にこそこそやってすぐに消えていくので、鬼柳は気にしていないけれど。
女性は見るからにそんな格好だ。小袖の上に、黒の袖のない直着?を合わせ。帯には勾玉の帯留めがついていて。帯揚げだろうか?帯はどういう原理でか結びあげられていないので、そのまま帯留めにかぶさるようにふうわりと帯に巻きつけて、前に長く垂らしてある。今はコタツに入ってしまってわからないけれど。
多分、巫女的な服装なのだろう。少し悩むのは、その女性が巫女にしては短髪だったから。柔らかそうな布をヘアバンの要領で額に巻きつけ、右耳の上でまるで花のように結って端を長く垂らしている。その布が押さえる髪は、オレンジだ。ふわふわと上を向く、それでもなんだか柔らかそうな髪。
両耳に揺れる勾玉のピアスや、顔に描かれた不思議な模様。まるで猫のように大きな青灰色の瞳や、すぅと通った鼻筋。そして柔らかそうな唇…
「ばっ」
「あ?」
突然口元を手で覆った鬼柳に、みかんを頬張りながら、とても無防備にきょとんとした顔。
可愛い、文句なく可愛い。こんなに無防備なら、それはカメラ小僧だってうっかり発情するという話…と、ここで漸く鬼柳も、最も最優先すべき事柄を思い出した。
「袴…あんた、何もされてないか?!」
そう、鬼柳が真っ先にぽかんとした理由。女性は袴を穿いていなかった。彼女の下半身を隠すものは、直着からふくらはぎまで伸びた前垂れのみ。おかげで程よく肉のついた太ももやふくらはぎ、尻のラインまで生でくっきり…いやいやいや、そこまでガン見はしていない!…はず。
「ちょっと待ってろ、今袴と警察…」
鬼柳は急に居た堪れなくなり、慌ててコタツから出ようとし。しかし、立ち上がりかけた途端だ。まるで一瞬に筋肉がなくなったかのように、すとんとその場に座りなおしてしまった。何がなんだかわからずに顔を上げれば、みかんを頬張ったまま女性が人差し指を下に向けている。それから、ピンと空を弾く仕草。気付けば捲れ上がっていたコタツ布団が、ちゃんと元通りになっている。
「立つな寒い」
「そりゃそんな格好してたら寒いだろ!」
わりと怪奇現象だったはず。にも拘らず、鬼柳は女性の下半身にしか意識がなかったので、ツッコミ場所を間違えた。誰も気にする者はいなかったけれど。
「しょうがないだろ!こっちの姿の俺はいつもこの格好なんだから!」
これまた不思議な返しをした女性は、可愛い顔で俺?思っている鬼柳も気にせずずいと人差し指を突きつけて。
「全部お前が悪い!」
言い切った。





みかん5個、コタツの傍に鬼柳が越してきた頃からあった、老婆の形見のしけった煎餅8枚。冷蔵庫に入っていたはずなのに、いつの間にかコタツの上に出ていた2リットルのコーラ半分を経て、漸く名乗った女性の名はクロウ。
…烏?
「クロウ!烏じゃないクロウ!異人っぽくてかっこいいだろ?」
…異人?
物凄い自慢げな顔をしたクロウは、どうやら使う言葉が古風だ。そういうキャラ設定なのだろうか?
「だから、さっきから何度も言ってるけど!俺は、形代を貼られてるあの烏なんだって!」
やっぱり烏じゃないか。
「お前どうしてそう…頭ん中覗かれてるの、少しは疑問に思わねぇ?」
言われて漸く鬼柳も、ほとんど口に出して言っていなかったことに気がついた。基本的に自分の持つ常識を大きく外れたらスルーする、それが鬼柳のスタンスで。
「本当だ、すげぇなクロウ」
純粋に感心して告げれば、クロウは大きな目をぱちりと瞬いて、それから忙しなく耳から垂れた細い鎖の先の勾玉を弄る。どうやら照れているらしい。でもすぐに思い直したかのようにきっと睨んできたので、鬼柳はほのぼのとする機会を逃した。
「違う!そうじゃなく、問題はだな。お前が境内から出ないことなんだ!それに加えて、物凄ぇ怨念篭った形代貼りやがって!」



クロウの説明はこうだ。
クロウはあの、形代を貼られている烏の石像という前提で、話が進む。
本来形代は、境内に人がいなくなったところを見計らって、クロウが高天原に運ぶらしい。高天原で形代を落とし、それから戻ってくる。なのでいつの間にか形代は消えているし、今まで問題らしい問題はなかった。放っておけば消えているのだから、儀式や祝詞も必要ない。老婆が説明をしなかったのは、長年の習慣でそういうものだと思い込んでいたから。
しかし鬼柳が一切境内から出ない事によって、問題が発生した。
その時境内は、別の次元の空間と連結する。よって、生身の人間が入っていると非常に危険だ。だからクロウは、いつまでも形代を運べずにいた。
勿論クロウも、ただ黙って待っていたわけではない。鬼柳の周辺で怪奇現象を起こしたり、出した覚えのないキャンペーンで旅行が当たるように仕向けたりと、思いつく限りの事はした。でも鬼柳の引き篭もりっぷりがその上をいったのだからしょうがない。
挙句の果てに、強い願いを込めた形代まで貼る始末。
念の篭った形代は重い。一年の内にただでさえ念が込められたというのに、止めとばかりに貼られた執念。それがクロウの身体を拘束し、たとえ空間を作ったとしても飛べないほどになってしまった。形代を剥がせと願ったのに、これでは元も子もない。



「ただでさえお前、昨今稀に見る霊感体質だろ?安部晴明とまではいかなくても、相当なもんだぜ。そんな奴が念を込めれば、そりゃ重くもなるってもんだ!」
そこで話を締め、またきっと睨んできたクロウに。しかし鬼柳はまたぽかんとした顔で。
「…ああ、俺やっぱ霊感あったんだ」
なんてどうでもいい感想!
コタツに突っ伏したクロウの向かいで、それでも鬼柳はうんうん頷く。鬼柳が引き篭もりになった理由を、漸く自分でも理解したのだからしょうがない。
そもそも鬼柳は、本来社交的な性格で。仕事だって確りこなしていたわけで。でも両親が早くに亡くなってから、身辺におかしなものが見えたり怪奇現象が起こるようになり。耐えて耐えて耐えて、それでもどうしようもなくなった結果が引き篭もり。
ただ鬼柳は基本的に超現実主義だったので、怪奇現象やちょっと身体的に崩れた人々は全て、完全に見なかったことにした。加えて自分でも気付かないうちに防御本能のようなものが働いていたらしく、鬼柳自身に害が降りかかったことはない。それでも、いくらスルーしていたって、疲れるものは疲れる。
だから、発狂寸前でアパートを飛び出した時。神社の周りだけが、何もなかった。まるで奇跡のように、ぽっかりとその場所だけが清潔で、清清しくて。
「…クロウが呼んでくれたんだな、ありがとう」
漸く1年前の謎が解けた。そんな思いを込めてふうわり笑った鬼柳に、クロウは一瞬呆けて。それから忙しなく、勾玉を弄って。
「そんなん、別に…俺の目が届く範囲で、一番ここの守に最適なのお前だったし…ばあちゃんやばかったし!」
頬までほんのりと赤くなったクロウは、視線を右から左へ忙しなく。これは完全に照れている。かわ…危ない、クロウは頭の中が読めるんだった。
「なら俺も、出来る限りクロウの力になるぜ!」
取り繕うように声を張り上げ、拳まで作った鬼柳に。クロウはパチパチと目を瞬いて。
「じゃあ、半刻…っと、1時間くらい外に出てくれるか?!…あああぁぁっ!無理だ!」
ぱあと嬉しそうな顔。でもすぐに奇声を発したのは、身体が重くて飛べないことを瞬時に思い出したからだろう。
「他に何か方法ないのか?」
これは居た堪れない。自分の貼った形代のせいでと考えると、居た堪れないにも程がある。しかも自力で剥がせないのは実証済み。困り果てた顔のクロウに、困り果てた顔の鬼柳が問う。といっても鬼柳は、祝詞すらあげられない。やれることなんて、そんなにないはずで。
「…一番手っ取り早いのは、奉納だよな」
奉納
「捧げる者が大切だったり、価値があると思うもの。それによって俺の気持ちが満たされたら、形代は剥がれると思う。ちなみにコーラで2枚剥がれた」
コーラで2枚…それはかなりお手軽だ。でも全体を考えると微々たる物。
「他に何を捧げればいい?」
「本来は…まあ一般的には金とか、食べ物とかだよな。でもお前が大切に思う物ではないよな?」
確かに、鬼柳にとっては金も食べ物も強いて魅力を感じない。感じるとすれば、この神社自体。でもそれでは、クロウにクロウのものを返すだけだ。
「後は…神楽とか、能とか…」
「そんなの、俺が出来ると…」
「あと、目合?」
がたんと鳴った大きな音。コタツに肘をついていた鬼柳のそれが、盛大に落ちた音。
「…は?!!」
「あ?…目って書いて、合わさるで、まぐわい…」
「いや誰も漢字は聞いてない!」
ちょっとした豆知識も、今はどうでもいい事。要するに性行為、だ。要するに。
「…クロウの気持ちが満たされたら…目合…ここで?」
「奉納するなら、拝殿のが望ましいよな。うちはちいさいから、本殿もないしなぁ」
でも相手何処だ〜?
あっけらかんと言ったクロウの手を掴み、とりあえず持っていたみかんは取り上げて。鬼柳は颯爽と立ち上がった。
残念ながら。本当に残念ながら。鬼柳の頭の中から、形代を落としたい、クロウを楽にしてやりたいという気持ちは綺麗に消えていたけれど。奉納したいという気持ちは物凄く強かったので、クロウも特に疑問には思わなかったらしい。










深夜にも拘らず、拝殿の中は思った以上に明るい。雲ひとつなく月が綺麗に出ているからだろう。クロウは鳥目だなんだとブツブツ文句を言っているけれど、鬼柳自身は夜目が利くので問題なく。
今まで一度も開けたことがない、それでも埃だけは払っていた御神体の入る箱。注連縄のかかったそれを、外さないようにそっと開けてみれば。出てきたのは鏡だ。
「俺が上に行くとき使う神器だ、手荒に扱うなよ」
後ろでクロウがそんなことを言っていたけれど、とりあえず鬼柳は気にせず拝んだ。柏手と礼、一応その様式は守って。唯一鬼柳が出来るようになった、神社の作法なので。
くるりと振り向けば、クロウが寒そうに足をすり合わせている。
「寒いか?」
わかっているのに問えば、クロウがきっと睨んできた。
「どっかの馬鹿が水ぶっ掛けやがったからな」
…そういえばやった。ついでにデッキブラシで擦った。でもまさかあの烏が、こんなに可愛い雌だとは思わないではないか。
少し困り顔で緩く首を傾げ、鬼柳はゆっくりとクロウの手を取った。クロウは何?いうように目を瞬かせる。その姿が鏡に映っている事を確認し、それから。
なるべく怖がらせないように、ゆると引き寄せて。それでもまだよくわかっていないクロウの顔を覗き込めば、その大きな目に鬼柳の顔がうっすら映って。
凄く、悪い事考えてる顔
鬼柳はそれを、無視した。
「何もかも全部ひっくるめて、ちゃんと責任とるからな?」





ちゅっと触れた唇に、クロウの身体が強張る。漸く鬼柳が何をしようとしているか、気付いたようで。でもその前に、鬼柳はもう一度、今度は確りと唇を合わせていた。暴れ出したクロウの手を確りと握りこんで。
思った通りに柔らかい唇。ぺろりと嘗めれば、また身体が強張る。まるで今まで誰にも触れられた事がないような反応に気をよくして、うっすら目を開ければ。クロウの大きな目が間近で見開かれていた。これは予想外。
「…クロウ?目、閉じようか?」
「ふぇ?」
…OK、可愛いから問題ない。
「ぁ、ちょっ、止め…っっ」
文句は聞こえないことにする。もう一度合わさったのは唇だけではなく、舌まで。
舌を深く差し込み、裏側まで嘗め上げればまたクロウの身体が強張って。一瞬跳ねた肩を押さえるように、手を離し抱きしめてみた。クロウの神通力がどのようなものかはわからない、けれど集中を欠いた時にはそうそう出ないだろうと目論んで。
思ったとおり、クロウは鬼柳の着る白小袖を引っ張るだけで、特に変わった現象が起きることもなく。
調子に乗ってむき出しの尻を撫で上げれば、また肩が跳ねる。鷲掴みにしてその弾力を楽しんでも、嫌々と首を振ろうとするだけ。舌を甘噛みすれば、簡単に封じられる動き。
「ぁふっ…んぁ」
執拗に口内をかき回せば、少し鼻にかかったような吐息が漏れた。それと同時、うっすらとクロウの身体が発光して。
ばさり
唐突に広がった、黒い翼。驚いて唇を離せば、くたりと鬼柳の胸にしな垂れかかってきたクロウの身体。その背中に広がった翼には、数箇所形代が張り付いている以外見事なもので。
翼に張り付いた形代が一枚、鬼柳の目の前ではらりと落ち闇に消えた。
「…剥がれた」
実際に目にすると、昼の努力はなんだったんだろうと思うほど呆気ない。それでも一瞬でもクロウの気持ちが満たされた、思えば感動もするもので。
「でも、枚数少なくないか?」
全身くまなく貼り付けられていた形代。まさか今の口付けでほとんどが剥がれたとも思えず問えば、視点の合わない目が見上げてくる。
「念、強いやつじゃないと…こっちの身体、つかねぇから」
簡単な願いや子供が書いた微笑ましいものは、つかない
ということは、今剥がれた形代は、念が強く込められたもの?
「…そんなに良かった?」
ぺろとクロウの朱に染まった唇を嘗め聞けば、唇どころか頬まで朱に染まる。すいと下がった視線が、それでも少し困ったようにさ迷っているのがわかって。
「やっ」
もう一度尻を鷲掴み、耳に噛み付いてみる。そのまま首筋に沿って襟まで舌を這わせれば、またふると身体が揺れた。
「だっ…俺、こんなっ…こっちの身体で人間に触られたこと、なくてっ」
思ったより、暖かかったから…
最後はもう、囁きに近い声量で。でもそれを確りと聞き取ってしまった鬼柳に、先走るなと言う方が間違っている。だって彼は、神社と烏の石像が大好きなのだから。



「ふぁっ?!」
首筋に噛り付いた鬼柳に、驚いて上がったクロウの声。それも気にせず、やわやわと噛み付きながら合わせに手を伸ばす。帯を外す時間も惜しいとばかりにやや力任せに開けば、程よい大きさの胸が露になった。
の、だけれど。
「…誰だここに貼ったやつ!」
ご丁寧にも両胸に、乳首を覆うように貼られた形代。ひどい、これはひどい。
「あ、それ確か恋愛系の…っっちょ、揉むな!」
恋愛系…そういえば少し前、形代を随分熱心に貼り付け剥がれないように擦り続けていた男がいた。確かにその男は、形代を2枚買っていた。
「気安く触りやがって…」
「それはっ…やん、あぅ…っひっぱる、なぁ!」
クロウの膝がかくんと落ち、板張りの床に座り込んでしまっても。鬼柳は執拗過ぎるほど両胸を揉み、形代の下から少しだけ頭をもたげた突起に爪を立てた。大きく震える翼から、はらりはらりと形代が剥がれ落ち、全てが消えた瞬間背に戻っていったそれにも気付かずに。
「ああっ!ゃ、も…むね、くるし…っ」
いつの間にかクロウの背が板張りにつき、そのうえに覆いかぶさるように鬼柳が跨って。形代の上からでも気にせず歯を立てれば、クロウの腰がもぞと動く。
ああそうだ、下…
「ここもか!」
ぺろりと前垂れを捲り上げた鬼柳は、本気で泣きそうになった。
性器の上に、見事にべったりと貼られた形代。ひどすぎる!
「ぁ…それ、お前の」
「マジで?!」
マジで
とろんとした目で、それでも確りと頷いたクロウに。確かに胴体の下の方に貼った記憶のある鬼柳は、へこむなんてものじゃない。
「馬鹿…俺の馬鹿」
クロウに跨ったまま項垂れた鬼柳の額に、そのときふっと暖かいものが触れた。すぐあと、やんわりと首に絡まってくる腕。
驚いて顔を上げれば、クロウの潤んだ目が真っ直ぐ見上げていて。目尻を朱に染めていて。
「胸…もうちょっとで、剥がれる…」
言った。恥ずかしそうに、でもはっきりと。
「…クロウ、大好き」
言うしかないではないか。自分のありったけを込めて。



「神社も、石像も、平屋も。全部大好きで、大切。なあ、これって要するにクロウが好きって事だ」
ちゅっとキスをして、何度も何度もキスをして。合間に囁けば、潤んだ目が少しきつくなる。でもそれはクロウのテレだと思うから、気にしない。
「アルバイト神主、ってかただの守だけど、この気持ちは歴代の守の誰にも負けねぇ。負けたくねぇよ」
「…こんなことする守なんざ、お前が初めてだ安心しろ」
少し視線を外しながら、クロウが呟いた。
「そんなこと言われるのも、初めてだ…」
ぽわりとクロウの身体が発光する。
慌てて身体を起こせば、ひらりと剥がれた胸の形代。一枚だけ、でももう一枚も、半分以上が剥がれていた。
「ああんっ!」
もう遠慮などない。最初からない気もするけれど、それ以上に。
「あっあ!や、両方はっ」
完全に剥がれ落ちた方に舌を這わせて乳首を甘噛みし、まだ辛うじて残る方は親指で押しつぶした。
しっとりと汗ばんだ肌が気持ちいい。柔らかい胸も、ぷくりと立ち上がった淡い桃色の乳首も。
「ふあぁっ、むね、すご…っぃんんっ」
クロウの爪が板張りをカリと引っかく。それを掴み、抱き上げて。鬼柳の膝の上に乗せられたクロウは、ごそと蠢いた下半身に視線を落とし、すぐに視線を外した。
「見てクロウ」
鬼柳がもどかしげに肌蹴た袴、白小袖の合間から立ち上がったペニスが、クロウの性器に当てられている。形代の上からでも熱が伝わるほどに熱く、大きく反り上がったそれ。
「見ろよ、すげぇ入りてぇの俺」
「ぁ…」
すりと腰が振られ、ペニスが形代の表面をなぞる。
「クロウの中に入って出したい…全部ぶち込んで、思い切りクロウを感じさせてやりてぇよ」
ひくりと、クロウの下半身が震えた。
とろとろと、形代の隙間から零れはじめた液。それを愛おしそうに指で掬い、ペニスに擦り付けて。割れ目に沿って何度も何度もなぞって。
「あっ…俺、も…」
震える腕が、もう一度鬼柳の首に絡まった。絡まって、ぎゅうと抱きついて。
呟いた瞬間だ、ぽわりとクロウの身体が発光して、ギリギリまで残っていた胸の形代がはらりと落ちた。そしてクロウが腰を少し上げて見せた先、性器にべったりと張り付いていたはずの形代が半分取れている。
「ひゃあっ」
無遠慮に指を突き入れれば、熱く蠢く肉壁が確りと銜え込んできた。
「ゃ…っ」
「クロウ、愛してる!」
「あああんっ!おっき…っおっきい!」
すぐに引き抜かれた指の変わりに入り込んだペニス。
「やば…すげぇ熱い」
ぐちゅぐちゅと入り込んだ狭い内壁を押し上げて、最奥まで一気に進んで。
ほぅとため息をついた鬼柳が、一瞬だけ目を瞑って、それからぱちりと開けて。
「すげぇ熱い」
もう一度、呟いた鬼柳の顔はふうわりと笑っていた。
ちゅっと一瞬だけ合わさった唇が、まるで鬼柳の心情全てを表しているかのようで。
「ふぁ…」
その瞬間だ。ぴらりと最後の一枚、クロウの性器に張り付いていた形代が剥がれた。どちらも、その事実には気付かなかったけれど。
「あっ!!ひゃあ!」
それどころではない。
激しく突き上げる鬼柳の動きに、クロウはついていくのがやっとで。別に巧妙なわけではないのに、何故かじくじくと奥から液が溢れ出してきて。
「なんっ…あっあっ!おかっっ…!!」
ぎゅうと、内壁が収縮する。軽く痙攣したクロウの身体を、それでも鬼柳は更に抱きこんで。
「ふああぁぁっ!!ふか、いっ…あっ、また、またっ…」
届くギリギリまで。亀頭がぐりと子宮の入り口を押し広げた途端に、またクロウの身体が大きく痙攣した。それに促されるように、一度大きく突いたペニスが大量の精子を吐き出して。
「クロっ」
「ひゃうっ…あああぁぁ!お腹!お腹あつ、っいぃ!」
搾り出すように何度か大きく揺さぶられたクロウの身体は、最後までびくりびくりと痙攣が止まらずに。ただ、確りと抱きついた鬼柳の背から、手が離れることはなかった。










翌日、烏の石像は綺麗になっていた。初めて見る全身像に、鬼柳は満足感と達成感をしみじみと感じる事が出来て。 でも。
引き篭もりは続行するにしても、もしかしたらまたクロウと出会えるのは一年後なのかと思うと、凄く切ない。気付けば腕の中にクロウはいなくて、ただ両手にクロウを強く抱きしめた感触だけが残っていて。それだけ。
「次会う約束くらい、してくれても良かったんじゃねぇ?」
少し恨みがましい声で呟きながら、大きく広げた翼を撫でる。撫でながら、ふと思い立ち胸元から形代を取り出して。

今日もしたい

書いた途端だ。ごすと頭の頂点に感じた激痛。叫び声も出ずその場に蹲り、暫くぷるぷる震えていた鬼柳は。ばっと顔を上げた先、一瞬だけ烏の像がこちらを見ていた気がした。
わりと簡単に、お願いは聞き届けてくれるのかもしれない。形代に書かなくても、ここで毎日毎日言い続けていれば。
それならば、簡単なこと。とりあえず言わなければならないこと。なんとか立ち上がり、苦笑を浮かべながら翼を撫でて。
「クロウ、大好き…でも石の嘴マジ痛いから手加減して?」
切実に、問いかけること。



数日後、形代を買いに来た参拝者は。輝く笑顔で形代の押し売りをする鬼柳の姿を見た。
今まで無愛想で、折角の見た目が台無しだ…囁かれていた彼の、驚異的な変化。さらに通い慣れた者なら気付いたかもしれない、烏の石像がどことなく疲れた顔をしていることに。

























◇おまけです◇





ヴヴとくぐもった声が先ほどから続いている。それでも鬼柳は気にせずに、寧ろ憎々しげにコタツの上を凝視していた。
みかんの入っていた籠に、大量に積みあがった大福の山。いつの間にかクロウが注文してしまった、鬼柳にとってはどうでもいい食べ物。
別に勝手に買うのはいいと思う。バイト代などほとんど使う当てもないのだから、クロウが欲しいと思うものは何だって買い与えてもいい。食べ物に至っては、クロウが出てくる口実を作っているのだと思えば可愛らしいとすら思う。
ただクロウは、現代の通貨に明るくなかった。大体これくらい、で注文してしまうため、眩暈がしそうなほど大量に送られてきたりする。
今回の大福も、ダンボール2箱分。いくら好物だといっても、これはない。
何度も何度も欲しいものは言えと言っているにも拘らず、これだ。最終的にキレた鬼柳が行ったのは、嘴にべったり形代を貼り付けること。それはもう、念を込めに込めた、ちょっとやそっとじゃ剥がれないほどのものを。
結果。目の前に好物があるのに口に貼られた形代のせいで食べられないクロウと、珍しくもセックスに協力的でない鬼柳が睨み合い。明らかに分の悪いクロウが珍しくも負け、現在に至る。



ヴヴヴとくぐもった声は、鬼柳の足元から聞こえてくる。しかし足元といっても、下ではない。鬼柳は畳の上に足を伸ばして座り、目の前でゆらゆら揺れる形のいい尻を眺めていた。
鬼柳の両膝を掴むクロウの腕が、程よく重さを伝えてきて。下半身は相変わらず剥き出しで、膣に深々と刺さっているペニスはクロウが自ら入れたもの。
鬼柳は一切動かない。クロウの身体の何処にも触れてこない。
ヴヴとまたくぐもった声。顔を上げれば、涙目のクロウがゆると振り向いていて。
尻がゆらゆらと促すように揺れる。動いてくれと、突き上げてくれというように。
それでもなお、鬼柳の意思は固かった。
「まだ駄目」
はっきりと言い放ち、軽く一度だけクロウの尻を叩く。途端にびくんと跳ねた身体はとても愛おしいけれど。
「お仕置き、だろ?」
言って、浮いてしまったクロウの臀部をまた下に押さえつけた鬼柳は笑っていた。
御神体を大切にしないにも程がある。けれど、ぎゅうと締まった膣内は、それもまたありなのだと無意識に伝えているようだった。



◇お仕置きです◇



END




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